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Posted by 諭吉セブン
 
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わすれもののつづき
ブログの更新がまたまた滞っていたのに
覗いて下さっていた方
ありがとうございます。

特別忙しかったわけでもないのに
更新できなかった理由の一つは
最近、あまり写真を撮れてなかったこともある。
写真ってわかりやすいくらい
よく撮っている時はそれなりに撮れ
あまり撮らないでいると
急激に下手になっていく。

IMGP2049.jpg

今日は久々に会ったのんちゃん
最近やたらと行っている信楽へ。

前回の記事“わすれもの”のコメントを
書いていた最中のこと。

2月の小雪が舞う寒い日に
今度は私が財布を忘れて
仕事に向かってしまった。
バスに乗ってから気付いたので
もうどうしようもない。
降りる前に運転手に事情を言って謝ると
バスの運転手さんは笑顔で
バスのドアを開けてその場で降ろしてくれた。
しかし、そこはバス停とバス停のちょうど間で
仕方なくそこから会社までテクテク歩いた。

IMGP2079.jpg

デイサービスの送迎も夕方からは必要だし
今日は初めての高齢者さんとの面談に車で出掛けるので
運転は不可欠だ。
免許証は財布に入っている。
自宅に帰るにも電車かバスか
何かに乗らないといけない。
誰かにお金を借りるのも悪い。
社有車で自宅に行けば速いのだけれど
デカデカと社名や会社のロゴが入っている車で恥しいし
そもそもそんなことに使ったことがバレたら大変だし
事故にでも遭遇したら
取り返しのつかないことになる。
しかし、私が財布を取りに戻る
最速の方法は他思いつかない。

悩む私を相談員のHさんは
迷うことなく送迎の続きに
自宅まで連れて帰ってくれた。
ドライブレコーダーはもちろん電源を抜いた。
(走った道が全て記録されるから)
おかげで私はあっという間に
財布を持って職場に戻って来れた。
何かあったら私と共犯になるのにと
優しいHさんに心から感謝した。

IMGP2054.jpg

その日の夕方、車送迎用のバックを覗くと
見たことのある財布があることを発見したが
気付いた時にはもう遅い。
それはHさんの財布だったが
満員電車に乗っているHさんは気づかない。
彼女は定期があるので家には帰れるが
きっと夕食の買い物の時にでも
財布がないことに気付くのだろう。
Hさんはこの一年で
実に3回も財布を忘れて家に帰っている。
記憶力もいいし、頭もいい
仕事もとても出来る人なんんだけど
それとこれとは違うらしい。

この話を今日、のんちゃんにしてみると
「似るのかな」と笑っていたけど
仕事でもプライベートでも
私の周りはこんな人ばっかりだなと
考えると笑えてくる。

IMGP2092.jpg

夕日をカメラにおさめようと
のんちゃんと一緒に眺める。
あの日、もし出逢えてなかったら
こんな時間は訪れなかったんだろうな。
何度シャッターを押しても
時間帯を変えて同じ場所で撮ってみても
奇跡の一枚はなかなか撮れるものではない。
それでも同じテーブルに座った偶然から
友達になったことは多分、奇跡みたいなもので
ずっと前から親しかったような気もするけど
あれからまだ三年しか経っていない。

今日は待ち合わせの時間に
なぜか?間違えて一時間も早く
到着してしまったのんちゃん。
そんな時も慌てなくていいように
休日も早起きしようと心に誓った。
一緒に過ごすと思い出したのは
写真を撮る楽しさや
もっと上手くなりたいという気持ち。
忘れそうになっていた気持ちを
思い出させてくれてありがとう。

*写真はすべて信楽にて。
昨夏の台風の影響で運休中の信楽鉄道は
ホームも線路も寂しそう。
大好きな信楽が
早く元気を取り戻せますように。

~お知らせ~
以前、こちらのブログで紹介したことのある
彫刻家のはしもとみおさん
テレビ出演されます!
3月22日(土)朝9時半 朝日放送にて
ライフ 夢のかたち
お時間があればぜひ見て下さい。
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Posted by 諭吉セブン
comment:2  
[diary
わすれもの
気功仲間で信楽(滋賀県)在住のよしこさんとは
何度もペアを組んでもらったことがある。
“てあて”ををしてもらうと
ドンピシャでこちらの体の疲れている所に
手を持っていってくれるからすごい。
彼女と話していて悩んでいたことの
答えが天から降りてくるように見えたり
迷っている時に背中を押してもらったこともある。

これは去年に信楽に遊びに行った時のこと。

IMGP1929.jpg

よしこさんは車の洗車をあまりしていない。
畑や田んぼも少しやっているので
あまり車のきれいさを気にしていない様子だ。
彼女の車に乗り
皆で信楽を走っている時
車中のワイワイと楽しい空気と真逆に
その日、天気はどんより雨模様だった。
フロントガラスは曇って前道が見えない。
ワイパーが激しく動いても
隙間から少ししか見えない。
そもそもワイパーはうまく動いてない感じで
かろうじて少し見える程度だった。
サイドガラスも後ろも完全に曇っていて
凍っているかのように周りが見えなかった。

フル稼働のワイパーは
あまり役に立っていなかったことがわかり
よしこさんの娘ちゃんがこう言った。
(6年生のしっかりした子なのです)
「おかあさん、ワイパーのゴム変えようよ」
「何年前に変えたかな?」と
のんびりした口調で答えるよしこさん。

よしこさんは曇ってほとんど見えないはずなのに
カーブが続く山道を普通に走っている。
私の車では、こんなことは考えられない。
車好きの夫は車のガラスにはすべて
ガラスコートをしているので
撥水効果があって見えやすい。
ワイパーのゴムは
半年に一回は新しくなっている。
夫いわく、
ワイパーのゴムは定期的に取り換えないと
ガラスに小さな傷がいくらしい。
細かすぎると思うのだが
確かに会社の車や友達の車に乗ると
その差ははっきりわかる。
愛車は雨の日も視界がくっきりしていて
「前が見えない」というストレスは
ほとんど感じたことがない。

その日、私は家に帰って夫に
よしこさんの車のガラスが
いかに曇っていて見えないか
危ないかを話した。
いつもは私の話などほとんど聞かない夫が
車の話になると眼を輝かせる。
そしていつもお世話になっているし
私の友達を突然連れて行った時も
分け隔てなく優しくもてなしてくれるので
洗車をしてガラスコートをかけてあげたい、と話した。
「人の車を勝手に洗車したりしていいのか」と
夫は聞いてきたが
よしこさんはそんなことで怒ったりする人ではない。
ただ、ご本人の性格上
娘ちゃんは気付いても
本人は気付かない可能性はあるが。

IMGP1938.jpg

「今度、よしこさんが京都に来た時に
うちの駐車場に車を入れてもらおう。
車の鍵を預かって洗車してガラスコートかけて
ついでにワイパーのゴムも変えとこう」
ご本人の了解なくやるのは問題だが
これはなかなかいいと思った。
(もちろん私はやらないのだけど)

よしこさんは月一のペースで
気功の学校に京都にやってくる。
気功の学校の会場は
我が家から歩いて行ける所にある。
「よかったら車、うちに置いてね。
 その日は出掛けるので駐車場が空いてるから」

私の言葉によしこさんは疑いもせず、
駐車場に車を停めてくれ
車の鍵も預けてくれた。
「出掛けるついでだから」と
駐車場から気功の学校の会場まで
歩ける距離なのに私の車で送迎もした。

夫は朝から大急ぎでよしこさんの車を
洗車してガラスコートをかけ
ワイパーを買いに走り
ぐたぐたになっていた。
何カ月も洗車していない車は
いつも洗っている車の洗車とはわけが違うらしい。
それでも彼はもっとやりたかったらしい。
ボディにワックスを丁寧にかけたかったと
悔しそうだった。

夕方、よしこさんは戻ってきて
車がピカピカになっていることに気付き
とても喜んでくれた。
ガラスコートまでしてあることに気付くのは
雨が降ってからだろうな。
ワイパーのゴムは
「よしこさんにお世話になったから」と
友達も一緒にお金を出してくれた。
何度もお礼を言われながら見送り
夫に電話をした。
「ちゃんと気付いて、喜んではったよ。
今から夕飯の買物につきあって」
電話しながら自分の車に乗ると
そこには見覚えのある、よしこさんの携帯が残され・・・

IMGP1908_20140131223831fa5.jpg

夫は近所のスーパーに行こうと駐車場にやってきたのだが
大急ぎで私と信楽に向かうことになった。

「君の友達はなんで忘れ物ばっかりするねん」

そう言いながらも夫はハンドルを握って
ちょっと嬉しそうだからよくわからない。
去年はなぜか3回も
私の車に友達の携帯が忘れてあり
そのたびに夫と忘れた友達の家まで持って行った。

そんなわけで最近友達が車に乗ると
必ず忘れ物をしていないか
シートの下を覗く癖がついた。
これは仕事にも生かされている?

夫は和歌山や神戸の友達の家くらいなら
忘れ物を届けにつきあってくれるらしい。
私の好きなお店には
10分でついても
コーヒー一杯でも付き合ってくれず
車か家で寝て待っているが。



Posted by 諭吉セブン
comment:10  
[diary
大好きな人
明けましておめでとうございます。

諭吉セブンを読んで下さり
ありがとうございます。
皆さんにとって2014年
素敵な時間が訪れるますように。

年末に更新の予定が
年が明けてしまいました。
去年出会った素敵な女性の話を~

IMGP1820.jpg

悦子さんは一人で暮らしている
私が働いているデイサービスに
週一回通ってくれている高齢者さん。
“シロちゃん”と“クロちゃん”という
2匹の猫が彼女の家族で
結婚した子供さん達は別々に暮らしている。

40代前半にご主人を亡くし
ご主人は会社をやっていたので
経営できずに残った借金を背負った。
自分や子供達だけなら何とか食べていけても
その返済は大変だったらしい。
子供達はまだ小さかったが
いくつもの仕事を掛け持ちしながら
必死で働いてきた。
そんなお母さんを見て
小学校の間から自炊できるほど
子供達はしっかり家事をやってくれたらしい。

ご主人の話をする時は
まるでほんの少し前に亡くなったように
「おとうちゃんがね~」と
話をされることがよくある。
悦子さんの年からすると
ご主人はもう40年以上前に亡くなっている。
私も他の人もそれを不思議に思って
聞いてみたことがあるが
「だって今でも死んじゃったっていう実感がないの。
倒れて一日半でいなくなったから」
悦子さんは笑ってそう語る。

悦子さんはご主人が亡くなってから
ずっと同じアパートに住み続けている。
お風呂やトイレはあるものの
壁にはあちこち亀裂が入る
かなりのボロボロさで
周りの住人も怪しい。(ごめんなさい)
足の悪い悦子さんには
入口の段差もきつくて大変そうだ。
すぐ近くに私大があるが
今時の学生は入らないだろう。
なので不動産屋の入居者募集看板が
いくつもあることで空室が際立って目立つ気がする。

「広さもちょうどいいし、
猫も一緒にいられるし
私にはあのアパートがあっているの」
悦子さんは自分の住むアパートのことを
そう話してくれたことがある。
もっときれいで安全な所があるだろうし
家賃も公共の団地のほうが
安いと思うのだが
そんなことは私から言えない。

デイサービスに来られる方の貧富の差は
服装などの見た目でなく
送迎の時にわかることが多い。
利用者さん同志は乗り合いバスのような状態で
それぞれの家の前まで送迎するので
「こんな所に住んでるの」と
料亭の様な門構えの豪邸から
人が住んでいるとは思えないような家まで
一人一人送迎のたびに
絶句されたり感心したり、だ。

IMGP1826.jpg

もともと悦子さんは楽天的な人らしく
苦労を苦労とも思っていないと話し
とにかくずーっと楽しそうなのだ。
悦子さんはそんな自分の性格を
「私、パッパカパーンだから」と言う。
きっとパッパラパーとか
開けっぴろげという意味の言葉を
いいたいのだと思う。

IMGP1823.jpg

「京都に出てきて良かったわ。
おとうちゃんに会えたから」

はかり知れないほど苦労してきただろうに
今でもご主人のことが大好きで
楽しそうにそう話す悦子さんは
75歳まで働きづめだったようだ。

悦子さんはいつも笑っていて
デイサービスでも人気者だが
悦子さんの住むアパートを見た人は
帰り道で無言になるか
「みんな大変やけど頑張ってるんや」
と呟くかのどちらかになる。

しかし、他人からどう見られようが
悦子さんの人生はきっと
幸せなのだろうとも思う。

「私がもし作家にでもなったら
悦子さんの人生を書いてみますね」
と言ってみると
「キャー、私の人生なんてめちゃくちゃよ」
と涙が出るほど爆笑しながら言ってくれた。
「いい人生っていうか、面白かったわよ」
「いろんなことやったからね」

2013年、うまくいったこと
うまくいかなかったこと。
夢と現実は違うことも多いけど
何があっても受け止めて
悦子さんのように
いつも前に向って進んでいきたいと思う。
「いい人生だった」と
振り返って笑顔で語れるように。
大好きな人は
何年経っても何があっても
ずっと大好きでいられるように。

IMGP1925.jpg

2013年の最後に
友人へ送った本(写真集)はこれ。
光を見失いかけながらも
今ここにある幸せに感謝して
歩き出した友人へ。
あなたの友達であることを
誇りに思います。
ありがとう。

表紙はシロクマが犬を食べているのでなく
抱きしめている写真。
大好きな写真家、タクマクニヒロ氏の
ブログで紹介されたもの。
HUG friend 小学館より
写真/丹葉暁弥氏
文/ひすいこたろう


*最後の写真以外は記事と写真は無関係です。
11月に訪れた出雲大社から




Posted by 諭吉セブン
comment:2  
[仕事のこと
わけあう~後編~
霧から抜けるように
何かを超えた気がしたのは
出雲大社から戻ってすぐだった。
それまで考えていた
自分の力ではどうしようもできないこと。
重なって起こる予想出来ないことは
自分自身と向き合うチャンスでもあり
今はその時間だと思っていた。
でも何かが違う。

目の前に起こることに
ただ流されているように見えても
一つ一つ乗り越えていくしかないし
自分を見つめたり向き合う時間が
もう私には必要ない。

IMGP1870.jpg
兵庫県三田市にある“うわのそらさん”
これはクリスマスだけ出るサンタらしい。


そんなことを思っていた直後
他事業所の開所式に呼ばれていったその席で
突然吉報が届いた。
社内のデイサービス部門で
私の働く職場は
“顧客満足度アンケート調査”で
何と全国第一位に選ばれたらしい。
お客さんが書いてくれたアンケートは
確かに恥しいくらい、いい内容だった。
新しい事業所でこれは異例のことで
奇跡の様なことだそう。
入社して8ヶ月、私を誉めた事のない上司が
初めて誉め言葉を口にした。
「何にしても一番ってことはすごいことやから」

口を聞いたことのない役員や
挨拶しかしていない、よその所長にも
「すごいな、おめでとう」と握手を求められたが
全く実感が持てなかった。
「社内の一位なんて、誉められるほどでもないわ」とか
「この会社、レベル低いのかも」と
素直に喜べない私がいた。

翌日、スタッフに報告すると
とても喜んでくれた。
後で知ったのだが
本社から表彰されて報酬金は5万円ももらえるらしい。
報酬金の使道は
スタッフで分けることも出来るのだけど
「デイサービスで出来るゲームとか運動機器を買おう」と
皆、目をキラキラさせて言ってくれた。

時間を置いて冷静に考えると
一位になるには確かな理由があると感じる。
TちゃんもMちゃんも
自信がないからこそ
いつも利用者さん(高齢者のお客さん)の気持ちを
真っ直ぐに考えて接してくれていたのだ。
はっきり言って要領のよくない分
スタッフは一生懸命接している。
無難にこなすことが出来ない分
いつも真剣だった。

「どうすれば利用者さんが喜んでくれるか」
「今日、楽しんで帰ってくれたかな」

そんなことばかり考えていたスタッフの気持ちを
利用者さんはちゃん感じてくれていたのだと思う。
その結果のアンケートだ。

IMGP1889.jpg

利用者さん達もこの“全国で一位”という結果を知り
驚くほどに喜んで下さった。
まるで自分が誉められたかのように
「よかった、よかった」と盛り上がる。
12月に入り、本社から賞状をもらってきてからは
毎日のように賞状を持って
記念撮影で更に盛り上がっている。

「来年もがんばろう!!」

そう言いながら張り切っているのは
スタッフでなく利用者さん達だ。
「それ、私達が言う事なんやけど」
心の中で思いながらもスタッフは全員嬉しそう。

最初はあまり喜んでいなかった私だが
スタッフも喜んでくれて
利用者さんも喜んでくれて
何度も記念写真に写り
日を追うごとに嬉しくなってきた。

小さな奇跡が起こって
それを分かち合えることの幸せを
私は数年振りに感じだまま
12月を過ごしている。
皆さん本当にありがとう。

IMGP1911.jpg
イロハベーカリーさんのシュトーレン。
今年は谷口真由美さんのイラストが包装紙になっていて
美味しい上に飛び切りのかわいさ!


そんなわけで
がっつり仕事のクリスマスも
楽しく過ごせそうな感じです。
個人的に苦手だったことも
いろんな人のおかげで
最近はちゃんと出来るようになってきたし。
(これは又、後日)

このブログを読んで下さっている方にも
素敵なクリスマスが訪れますように。
  メリークリスマス♪

*写真と記事は一切無関係です。






Posted by 諭吉セブン
comment:3  
[仕事のこと
わけあう ~前編~
嫌な事、苦手なことはやりたくない。
好きな事だけやって生きていたい。
それは誰でも思うこと。

IMGP1834.jpg

4月から働いているデイサービスで
入社したその日から「所長」と呼ばれた。
前職では長く老人ホームで働いてきたが
そことは書類が全然異なっている。
一括して各ホームの分をまとめ
本社でやってくれた介護保険関連の請求や
回収などの業務も
これからは各事業所で完結しなければならない。

立ち上げたばかりのデイサービスで
予想を超える手強さにプラスして
いろんなことが細かい。
ISOなどの知っている言葉から
QMSやEMSという初めて聞く言葉がいっぱいで
  QMS/品質マネジメントシステム
   EMS/環境マネジメントシステム

書類の数が恐ろしく多い。
本社は驚く細かさで
大雑把な私には苦手な業務が多すぎた。
何度も転職しているが
入社直後から
「社風が合わない」と
思うのは初めてだなと思った。

IMGP1840.jpg
IMGP1841.jpg

私は勘がいいはずなのに?
前に進めばいい時はスイスイと進めるし
上手くいかない時は必ずといっていいほど
何か理由があるはずだ。
そう思うことが日常に続いて起こるのは
気功を習い出してここ数年は
確信になってきているはずなのに。
「きっとここで働く意味があるはず」と
残業でくたくたになるたびに
何度も言い聞かしては帰路につく。
頼りにして慕ってくれるスタッフさんや
デイサービスにくることを
生きがいにしている高齢者さんを想うと
上がり切らない自分のモチベーションのまま
働いていることに後ろめたさを感じた。

そして、一緒に働くスタッフの
TちゃんとMちゃんの姿を見ていると
もう少しがんばらなきゃなと思う。

IMGP1837.jpg

Tちゃんは誰が見てもかわいい子で頭もいい。
毎朝、誰よりも早く出社して準備してくれる。
人より出来ていることがいっぱいあるのに
何をやっても自信がない。
一番苦手なことは
社員必須の車の運転だ。
狭路で対向車が来るとパニックになって走れない。
急発進、急ブレーキも多く
私は助手席にいて
何度も彼女と心中する所だった。

Mちゃんはだんなに暴力を振るわれて
他府県から子供と一緒にこの街に来た。
彼女はDV被害者用の母子シェルターに住んでいる。
コミュニケーション能力はすこぶる高いが
大きな声で怒鳴られると
だんなのことを思い出すのか
怖くて号泣してしまう。
認知症の高齢者さんが
大声を出すと怖がるし
お客様の送迎中に
乱暴なタクシーや
他府県ナンバーの車から怒鳴られては
戻ってきて事務所で泣いていた。
(車が渋滞していることが多い観光地に職場があるので)

しかしこの二人、不思議なことに逃げない。
Tちゃんは震えながらも
ハンドルを又、持とうとする。
人には適性ってものがあるし
運転は人の命を預かるものだから
Tちゃんはまだ一人では
ハンドルを握らないようにして
同乗で必ず誰かスタッフが乗るようにしている。
Tちゃんは自費でペーパードライバー教習を
2回も受けに行ったりもした。
(悲しいけどあまり成果はなかった)

IMGP1838.jpg

Mちゃんは怒鳴られて帰ってきても
涙を拭いて又、笑顔でフロアに戻っていく。
怒鳴られなくてもいい仕事は
きっと他にいくらでもあるのに。

この二人を見守りながら
私自身もここから逃げてはいけない、と思う。
何が起こっても
落ち着いてどーんと構えていよう。
仕事はMAXの気持ちで臨めなくてもいい。
そんな気持ちで毎日が過ぎた。

そして11月に念願だった
出雲大社に参拝した直後
突然、小さな奇跡が起こっていく。

 
                 <続く>

*写真と記事は全くの無関係です。
大阪の中崎町にて。
“うてな喫茶店”は店内も看板もトイレも
どこをとっても可愛い!
もちろんコーヒーも美味しかったです~

Posted by 諭吉セブン
comment:0  
[仕事のこと
おきみやげ
ブログを休んでいた4ケ月間に
いろんなことがあった。
少し仕事のことを書こうと思う。
ブログの再開にあたって
久々の長文をどうぞ。

これは数ケ月前に
糸井氏のサイトに
全文載せていただいたもの。
ブログでは緩く変えてみたけど
両方読んでくれている人がいたら
パクリに思われるかも?知れない。


デイサービスに通う誠さん(仮名)は
生活保護を受給している。
築40年以上の古いアパートに一人で暮らし
持病を持ちながらも家事をがんばっている。
楽しみといえば週末に娘さんの家に遊びにいくことと
週に一度だけ私の働くデイサービスに通うこと。
特に趣味もなく、地味で実直に過ごされている。

家はいつもきれいに片付いているし
服装も洗濯のしてある小奇麗なもの。
髭もきっちりと剃ってあって
単身で暮らす80代半ばの男性とは思えないほど
清潔感がある。

大工さんをされていた誠さんは
奥さんを数年前に失くされている。
それまでは家事もなにもやらなかったと
若い時から酒ばかり飲んで奥さんに迷惑をかけたらしい。

不器用だけど優しい人で
デイサービスでも認知症の人が困っていると
すぐにスタッフに教えてくれたり
トイレを失敗した人を
「わしもそんなこと、あるで」と励ましてくれる。
普段の生活でも
老夫婦が住むアパートの隣の部屋から
「助けて」と声が聞こえたので行ってみると
お婆さんがベットから落ち
それを助けようとしたお爺さんが尻餅をついていた所だった。
お婆さんをベットに抱き上げ
お爺さんを椅子に座らせ
自分も腰が悪いので更に腰が痛かったと
笑っていた。
又、ある時には
アパートの廊下で倒れている人がいて
救急車を呼んだものの
誰もついて行く人がいないので
家族に間違われて
救急車に乗せられたり。
困っている人をほっておけない性格らしい。

8月のお盆を過ぎた頃
役所から突然、通知が来た。
内容は
“そちらに通われている〇〇誠さんの
生活保護受給を取り消します”というもの。
デイサービスの事務所は騒然となった。
生活保護を受けているけど
生活ぶりが目に余るほど派手で
通報されるような感じでない。
若い時ならともかく、
80を過ぎた今から
誠さんが働くわけでもないだろう。

高齢になってから『取り消し』という利用者さんは
あまり聞いたことがない。
「何があったんやろう?」
「これからどうやって生活していくんやろう?」
皆で心配したが本人にはなかなか聞きづらくて
デイサービスではその話ばかりだった。

数日後、誠さんはデイサービスに来る車の中で
今回の経緯を話してくれた。

ばあさん(奥さん)が病気で死んでしまった当時
もうどうしていいかわからなかった。
家事も何もしたことがない。
お金のやりくりもしたことがない。
全部奥さんにまかせていた。
奥さんは税金の支払いを溜めるだけ溜めていて
その他にも何かあったようだ。
一人になって呆然としている誠さんの所へ
督促がバンバンきたが、それも到底払えない。
一人では何も出来ず
これからどう生きていったらいいのかもわからない。

とりあえず税金の納付書を全部持ち
役所に駆け込んだ。
すると係の人がテキパキと手続し
生活保護を受けることになった。
ずーっと働いてきたことを思うと抵抗がある。
娘に話すと嫌がられたが
目の前の生活を考えると
しばらくの間は(生活保護を受けて)お世話になろうと思った。

誠さんはそこから奮闘した。
80を過ぎてから
初めてご飯を炊いた。
初めて魚を焼き、初めて野菜を煮た。
もともと丁寧な仕事が自慢の大工だったから
やりだしたらきっちり何でもやった。
自炊が一番お金がかからないので
質素なおかずだけどがんばっているうちに
食べられるものが作れるようになって
すっかり自炊に慣れてきた。
部屋も散らからないように片付けて
髭もきちんと剃った。
奥さんのお墓参りの前には
毎回、散髪に行くのも習慣になった。

そして今年の夏の初めに
奥さんの3回目の命日を迎えた。
もういいだろう、何とかやっていけそうだと
役所に自ら出向き
「生活保護の申請を取り下げたい」と係の人に伝えた。
係の人はびっくりされ
「えっ、本当に大丈夫なんですね?」と
何度も聞かれたらしい。
「お世話になりました。ありがとう」
そう言って誠さんは区役所を出てきた。

「(墓前で)ばあさんにも報告もしてきたし
3年を目途に出来たらと思ってたからなぁ」
清々しい笑顔で話す誠さんの横顔には
曇りのない笑顔と達成感が見えた。

IMGP1848.jpg

奥さんの“おきみやげ”に
最初は絶望していた誠さん。
しかし、そのおかげで誠さんは
自立して生活を立て直した。
今まで疎遠だった娘さんは
そんなお父さんの姿を遠くから見守り
週末に家に呼ぶようになり
「一緒に暮らそう」と
最近では言い出してくれているらしい。

奥さんは今ごろ
あの世で喜んでいるだろう。
これはきっと残していく夫への
限りない愛情でもあり
決死の作戦だったのかも知れない。

*写真と文章は一切無関係です。
Posted by 諭吉セブン
comment:5  
[仕事のこと
再開
そろそろブログを再開します。

何度もこちらを覗いてくれた友達や
懐かしい人達へ
ご心配掛けました。
私はいたって元気です。
メールや電話を沢山いただき
ありがとうございました。

以前ほど頻繁には出来ないけど
又、ぼちぼち書いていきます。

IMGP1795_20131208205940ea1.jpg

この子達も変わらず元気です。
*体が大きく以前のように岩塩ランプにまたがれず
 体を寄せて暖まっている諭吉。
Posted by 諭吉セブン
comment:0  
[diary
不思議なこと
仕事に追われたここ数週間
やっと監査も終わり、やっと一段落しそう。

*いろんなことをお待たせしている方、
順番にやっていきます、ごめんなさい。

そんな日常の中で起こったことを少し。

仕事で80才の男性を送迎していて
お天気の話をしていた。
急に雨が降る日が続いて、台風もくるという予報に
その人はとても心配して呟いた。

「アナウンサーの辛〇さん大丈夫かな」
「太平洋でヨットがひっくり返らへんかな、心配やな」
その日、自宅に帰り
辛〇さんの乗ったヨットが太平洋で遭難し
無事助かったと聞いてびっくり。

IMGP1461.jpg

先週は80才の女性2人を送迎している時のこと。
通りに面した“信楽焼き”と書かれたお店の前で
最初は信楽の狸の話をしていたはずだった。
以下、その女性達の会話。

「そう言えば昔、信楽鉄道の事故があったな」
「そうそう、怖かった、怖かった」
 (*京都人はなぜか2回言うのが特徴)
「電車がひっくり返るってどういうことやろ」
「信楽鉄道ってどこから出てるの?」
 (ここだけ「草津です」と私が答える)
「のんびりした線でもたくさん死ぬ人が出るんやし
 新幹線とか特急やったら怖いわ」
「しばらく電車に乗ってないわ」
「私もそうやわ。乗ってない、乗ってない」
「車も怖いけど電車も怖いわ~」

そこで会話は終わった。
と言うかちょっと強引に話を変えさせてもらった。
(狸に戻した)

その日の夜、ニュースで
スペインの鉄道事故の映像を見た。
きっと今日話していた高齢者さんも
びっくりしていたに違いない。

日曜日に20数年振りに選挙に行った翌日
先週の月曜日本社で会議があり
帰りの電車に乗った。
私は電車に立ったまま乗ると
酔うことが多いので
10代のころから必死で席を確保することにしている。
今までに席を譲った数よりも
席を譲ってもらった数のほうが多いほど
青白くなったり、へたりこんだことがあるからだ。
なので必然的に
「次に降りそうな人」を見つけるのがうまくなる。
その日は大阪から
なぜか全然座れずに電車は動いていた。
寝不足だったので座ってゆっくり寝たいのにな。

その時、突然目の前に
子供の頃の友達が立っていた。
30数年ぶり?
学区が違う彼女とは
年賀状だけのやり取りが続いていた。
20代になってからも
彼女は毎年、年賀状を送ってくれた。
実家に送ってくれていたので
私の手元に届くのは遅れ
結局返信は出さないのに
ずっとずっと写真付きの年賀状を送ってくれていた。
なので私は彼女が
少女から大人の女性になっていく姿を
毎年見ていたわけだ。

彫りの深いエキゾチックな顔、意志の強い眼。
髪は半分以上白髪だったが
欧米人のアーティスト?
雑誌に出てくる思想家?みたいにも見え
老けたというだけではない。
すっぴんだったので年を重ねたとはいえ
子供の頃と顔が同じだ。

IMGP1643.jpg

思い切って話し掛けてみる。
えっと、私の旧姓はなんだったけ?
(何度も変わっているので一瞬考える)

間違いなかった。
結婚して小学生の息子さんがいて
幸せに過ごしているらしい。

電車の中で抱き合って喜んでくれたけど
よく思い出せない感じもある。
フルネームはお互いに覚えているのに
どう呼び合っていたのかが
お互いに思い出せない。
又、会う約束をして別れた。
夜、彼女からメールがくる。
「とても嬉しかった。今、記憶を辿っています」
私も記憶を辿っていた。
彼女も私と同じ業界で
働いていることが嬉しい。

“懐かしい友達との再会”
石井ゆかりさんの占いにもそう言えば
今月そんな予感があった。
それとも20年数年振りに選挙に行ったから
30数年振りに友達に会えたのだろうか。

あの時、席を確保して
寝ていなくて良かったと思った。

*写真は記事とは全く無関係です。
 久々の桃ちゃん。
 昨年に続きこの暑さの中でもこの子だけ
 夏バテ知らずで元気です。
 

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荷物
何年か前に職場で
Mさんが社員の定期健康診断関連の書類を整理中に
スタッフIさんの体重を見てしまった。
Iさんは中肉中背で決して太ってはいない。
それでも体重を見られたことで
Iさんは真顔で怒っていたらしい。
その時、Mさんは
「絶対に誰にも言いません。
墓場まで持って行きますから」と言った。
するとIさんも少し笑ってくれたので
ホッとしたらしい。
Mさんの「墓場まで」は
彼女独特の話し方やユーモアもあり
相手が「そんな大げさな」と思えて
笑って許せる感じもいい。

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きっちりとした会社というのは
些細なことでもミスは
報告するのが当たり前なことは解っている。
そしてそのミスは全国の社員にアナウンスされ
同じことを繰り返さないようにと
警告として発表される。
しかしミスを起こした(未遂も含む)本人が
脆くて繊細であったら
更に更に傷つくことになる。

数週間前に仕事上で
一つの事件が起こった。
私は直属の上司にだけ報告して相談し
その事件を起こした人の為に
表に出さないことにした。
もう十分反省し同じことはしないだろう。
何よりこれ以上落ち込ませたくない。

「何があっても責任は私が取りますから。
 今回の件は聞かなかったことにして下さい」
そう報告した私に
上司(課長)は緊迫感たっぷりに迫った。

「墓場まで持っていくつもりでないと
大変なことになる。
ほんまに持って行けるんやな、墓場まで!」

私は迷いもなく
「はい、大丈夫です。もちろん持っていけますよ」と
自信たっぷりに答えた。

しかしその後になってから
この“墓場まで持って行く”について考えた。
今まで生きてきて
いったいいくつの
見てはいけないものや
知ってはいけないことを
見たり知ったりしたのだろう。
そしてこれからも
死ぬまでの年月の中では
嘘や隠し事に秘密などの
荷物はどんどん増えていく。
墓場にはどれだけのものを持っていくのかな、と。
あんまり荷物が重いと
墓場まで辿りつけないなとか
墓場に荷物が溢れて埋められないなとか。
荷物だらけで私自身が入れなかったりして~
などと何度も考えたりしていた。

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今回起こったことは決して犯罪ではない。
時間が経ったら
笑い話になるレベルだ。(と思う)
しかし自分がおしゃべりなことや
そんなに口が堅くないことを
忘れてしまっていたことに気付き
いろいろ考えていたことが我ながらおかしい。

案の定、この「墓場まで持っていくはずの話」は
起こってからわずか数日の間に
夫や友人など仕事と関係ない人に
がっつり話してしまった。
(課長、ごめんなさい)
何年か経ったら仕事関連の人にも
話せる日が来るだろう。
どちらにしても背中に何も背負わず
手には何も持たずに
生きて死んでいけたらいいなと思う。

*写真は記事と無関係です。
7月下旬の浄瑠璃寺。
まだ紫陽花が残っていました。










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ごちそうさま
少し離れた街に住む友達と
食事をすることになった休日。
さて、どこに行くか。

森田料理教室で知り合った人は
とにかく食べることが大好きで
美味しいものに目がない。
あそこのパンが、ケーキが美味しいらしいとか
新しい店が出来たとか
美味しいと聞いたとか
新しい京都のグルメ本が出たとか。
京都に住む私の何倍も詳しくて
いつも驚かされる。

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私の住む京都か
いやいっそのこと滋賀県か三重県まで行くか
友達の住む街がいいかと
さんざん迷って、電話やメールをやり取りし
結局、友達が自宅でランチを作ってくれることになった。

高速を飛ばして友達の家に到着する。
愛犬の“ココちゃん”は
車を停めている時から
大歓迎して興奮してくれ
落ち着いたら写真もいっぱい撮らせてもらう。

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彼女の住む町はお家もゆったりしていて
広くてきれいでびっくり。
何より驚いたのは
近所のおばさま達が
庭までどくだみを摘みに来たこと。
「庭のどくだみを摘んでもいい?」と聞かずに
他人の家の敷地に(友達の家)手袋をしたまま入ってきて
「どくだみ、もらおうと思って」と
笑顔で話しながらやってきた。
それを笑顔で躊躇なく
「どうぞどうぞ」と言える関係もすごい。
どくだみをホワイトリカーに漬けると
虫刺されに効くらしい。

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楽しい時間はあっという間に過ぎた。
デザートのクッキーやケーキまで手作りの
彩りも器も素敵なランチ。
もう、誉める言葉も見つかりません。
言葉も少な目に次々と完食する。
本当に美味しかった~
ごちそうさまでした。

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いろんなことが毎日起こる。
私が知っているこの数年間でも
自分で乗り越えられること、乗り越えられないことや
悲しい別れも悔しい思いもいっぱいあった。
それでもこんなにキレイな料理を
さらっと作って
ゲラゲラ笑っている目の前の彼女は
やっぱり素敵だなと思う。
家のあちこちには小さな花が活けられ
素敵な器、家具やタイルに
土鍋やルクルーゼから雑貨や写真集まで
好きな物だけに囲まれて暮らす日々。
そして愛くるしいほどかわいい
ココちゃんや礼儀正しい息子さん達。
その中に数時間でもいられた私まで
とても満たされた気持ちになった。

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別名、永遠の二十歳??と言われる彼女は
人見知りを全くしない。
「人見知りって何?」と以前言ってたし
私の友人で変わった人のことを
ブログに書いたり話す度に
「会いたいわ。私、会いに行きたい!!」と言ってくる。
そんな彼女の愛犬ココちゃんも人懐こくって
とにかく人が好きで誰が来ても嬉しくて
どうしていいかわからず興奮するらしい。
そんなココちゃんは
私が彼女と長電話で話している時
いつも不機嫌そうに吠えている声が
電話の向こうから聞こえる。
(うちのななちゃんも吠えているが)
大好きなお母さんの長電話の相手が
目の前の客(私のこと)と気付かずに
ココちゃんがゴロゴロと
懐いてくれる間に早く帰らなきゃ。

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ごちそうさまでした。
心からの感謝を込めて、ありがとう。










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カエデの先生
その写真集を見たのは
確か、今年の二月か三月頃だった。
そこには今までに見たことのない
多くの種類のかえでが沢山載っていた。
そもそも“かえで”と“もみじ”の
違いも知らない。
いろんな形や色
日本だけでなく世界中から集められたかえでは
百科事典並みの分厚い写真集になっていた。
その写真集を作ったのは
写真家の矢野さんという男性。
新聞社のカメラマンだった人なのだが
今は別名を
“カエデの先生”と言われている。

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写真集を私に見せてくれたHさんは
子供がまだ小さい頃に離婚し
その子は去年の春に大学に通いだした。
まだ40代と若いHさんは何度も
「もう私の仕事は終わった」と語る。
まるでもう何も思い残すことはない、と
いつ死んでもいいくらいの勢いで。

「子供が大学に入って一人暮らしを始め
私に何かあってももう一人で
生きていけると思うとほっとしたわ~」と
笑顔で語るHさん。
「まだまだ若いのに」と私は言いたかったが
Hさんが苦労人で
一人で必死でがんばってきたこと。
今、満ち足りた気持ちでいることを
解っているつもりなので
私は何も言わずに頷いた。

そんなHさんに今年の正月
矢野さんから年賀状が届いた。
そこには元気な字で
「77才、元気でがんばっております!!」と
書いてあったらしい。
80才近い矢野さんの“がんばっております!!”に
Hさんは衝撃を受け、身震いした。
「いくつになっても夢を追いかけ、叶えて
がんばっている人がいる。
生きている限り
落ち着いてしまわずに
まだまだがんばらなきゃ」
Hさんはそう思ったらしい。

矢野さんは奈良の山中に暮らしていて
自宅の庭は溢れんばかり?
荒れんばかり??のかえでが植えられていた。
日本・世界のカエデ自然種と園芸品種が
1200種 3000本。
車を持たない人なので
奈良の山奥で暮らすのは
どれだけ不自由だろうと
奥さんを亡くされてからは
一人でどれだけ寂しいだろうかと
昔からの知り合いであるHさんは
いつも心配していた。
ある時、矢野さんを尋ねたHさんは
数時間矢野さんの家に滞在した間に
訪ねてくる人が多くて驚いたらしい。
近所の人や友人知人が
入れ替わり立ち代わりやってくる。
「たくさん作ったから」と
おかずを持ってきてくれる近所の奥さん。
「街にいくから何か必要なものはないか」と
訪ねてくれる友人。
「近くを通ったから」と顔だけ見にきた人。
そうやって次から次へ人がやってきては
矢野さんを気に掛けてくれている。
決して裕福なわけでもなく
知識をひけらかしたりする人でもない。
どんな人にも親切でその人柄で
若い時から人が寄りつく
“豊かな人生”という言葉そのものだと
何も心配しなくていいと
Hさんは安心して帰路についた。
そして昔、Hさんの小さかった子供に
会うたびにたくさんの動物や自然の話を
矢野さんは語り聞かせてくれていたことを
思い出したりしていた。

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矢野さんは今から8年程前に
自宅の庭のかえでを
寄贈することにした。
元はといえばたった一本から始まったかえでから
全ては始まったらしい。
そして年月は流れて
“かえでの公園”を作る発起人になり
今年の春にオープンが決まっていた。⇒奈良新聞で

そのかえでの公園が奈良にオープンし
5月の連休に突然、行くことが出来た。
敷地に入ると“矢野さん”がどの人なのか
ぐるっと一周歩いてすぐにわかった。
愛でるようにカエデを見る優しい目の
男性が一人。
年齢が近い人は他にもいたが
多分、この人で間違いないなと
確信して話し掛けてみる。

私   「あの、突然すいません。矢野さんですよね?」
矢野さん「はい、矢野です??」
私   「Hさんから聞いて来ました!素敵な所ですね。
     かえでって秋しか知らなくて
     こんなに種類があることも
     今が見頃なことも知らなかったので」
矢野さん「そうですか。
     Hさんは元気ですか?どうしてるんかな?」       
私   「元気ですよ。
     いつも矢野さんのことを気にされています。
     近いうちにここに来られると思いますよ」
矢野さん「元気ですか、良かった~」     

たったそれだけの会話だが
優しい人柄は少し話しただけで十分に伝わってきた。

かえでの公園を作ることがゴールではなく
夢はどんどん広がっていく。
地球温暖化で変わっていく気候にも
耐えられる強いカエデを育てていくことや
杉、ヒノキばかりの山を自然の状態の
バランスの良い里山に戻したいというのも
矢野さんの夢の一つだとか。

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いくつになっても夢を叶えられることや
夢を追いかけられることの素敵さ。
Hさんだけでなく
私も身震いし
たくさんの元気をいただいた。
ありがとうございました。

まだまだ出来たばかりのかえでの公園には
小さな苗がいっぱい。
次に訪れた時には
どんな風に葉が繁っていくのか
次回はもう少し勉強してから
訪れたいと思った。











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[diary
最近のこと
なかなか更新できないブログを
覗いて下さっている方
ありがとうございます。
私の近況はというと・・・

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4月から新しい職場で働き出した。
考えて考えて出した結論で
思い通りに行ったようにも感じていたが
初出勤の日に用意されていた名刺は
まさかの“いきなり管理職”だった。

何度も転職しているので
仕事が決まることも落とされることも
多分、慣れている。
そしていつも思うのは
働くことになった所は全て
何か縁があったり、出会うべき人がいたりと
必ず吸収するものが
どこかにきっとあるはず。
そう言い聞かせながら働いているが
“組織に属する”ということが
昔から苦手な私にとって
新しい職場は組織としてかなり大きいだけでなく
やたらと細かく決め事が多い。
その細かさに私自身が
いったいどこまで耐えられるかはわからない。

新しい職場には
実にいろんな人がやってくる。
(お客さんというか利用者さん)
家の中に川が流れている
料亭のような豪邸にお家に住む人。
公的支援を受けている
ボロボロのアパートに住む人。
元クラブのママで
認知症になっても愛人が通ってくる人。
趣味が何一つない海外で働いていた元エンジニア。
見た目だけでは
誰がどんな環境に住んでいるのか
全くわからないけど
貧富の差だけでもあり過ぎる。
誰一人同じではない
それぞれの辿ってきた人生や
日々の暮らしがある。
そんな人達が介護やリハビリ、
社会交流などを目的に
同じ場所で同じ時間を過ごしていることが
とても不思議で興味深い。
まだまだ知らない世界はある。

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前職の老人ホームで働いている時は
いろんな家族に接している中で
“家族”というものを
まるでテーマの一つのように
常に自問自答しながら働いてきたように感じる。
新しい職場では
“幸せ”や“豊かさ”について
仕事中に何度も考えさせられる。
私の勝手な価値観や常識なんかは
新しい人と出逢うことで
何度も何度もぶっ潰されて壊れて
どう変わっていくのかもわからない。

年齢を重ねるごとに頑固になって
融通が利かなくなっていくのかと思っていたが
思っていた何倍も
案外自分が柔軟だなと驚いたりもする。

「年齢を追うごとに毎年毎年、
どんどん楽になっていく気がする」
私の車の助手席で
そう語っていた同じ星座の人が
この春、東の街へと旅立ったらしい。
きれいな花の前で微笑む彼女の写真は
“しあわせ”以外の何でもなかった。
私も彼女のように語れる
時間を過ごせたらいいなと思う。
どうぞお幸せに。

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少し前に真夜中の散歩中に
逃走したななちゃんは元気に過ごしている。
(いろんな方に心配を掛けましたが)
しばらくは私の遠出を控えて
休みの日はほとんど一緒に
車で出掛けているので
かなりご機嫌。
自分の気持ちを表現したり
存在を主張するには
こんな荒っぽい方法も必要なのかもと
あの心臓が飛び出しそうな
夜を思い出したりする。⇒

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諭吉は相変わらず寝ているか
いたずらしているか
こちらすこぶるご機嫌。
そんな感じです。
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吉野の旅 ~序章・典子さんのこと~
気功の学校に通い出してもう4年目になる。
通い出してと書いてみたが
自宅から歩いて10分なので
全国から飛行機やら新幹線、夜行バスで
通ってくる人には申し訳ないくらい。
この4年で全国のいろんな人と出逢って
皆さん、遠い人は一年間集中して通って
その後はたまに顔を出されるのだけど
毎回、いつ行っても会えた人であり
私の大好きな人でもある
“典子さん”のことを。

大山(鳥取)から通われている典子さんは
抜群にタイミングがいい人だ。
私自身も決してタイミングが悪いわけではない。
うまく運ばない出来事には
必ずと言っていいほど理由があったり
なかなか辿りつけない場所も
行かないほうがいいという意味があることを
随分と時間が経ってから知ることも多い。
気功をやり出してから
ますますそれは強くなってきた。

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「えっ‥」というタイミングで
いつも電話がかかってくるのが典子さん。
例えば今までバタバタしていて
落ち着いた瞬間とか。
その抜群なことに感動すらする。
大勢の人の前で話し終わり
解き放たれた瞬間の直後。
「時間がない」「間に合わない」と
心臓が破裂しそうなくらい集中して何かをやって
「間に合った」瞬間の直後。
何日も便秘が続いて
トイレでやっとすっきりした瞬間とか。
(汚くてごめんなさい)
ピンキリだけど
共通するのは緊張から解き放たれたすぐ後。
本人曰く
「誰にでもタイミングがいいって言われる」
「私自身もお風呂に入っている時に
電話が掛かってきたことなんかない」らしい。
少し前にここに書いたオタフクソースさんから
電話をいただいた直後に
「誰かに話したい」と思った瞬間に
電話をくれたのもこの人だった。
⇒オタフクソースさんはあの後
CDと一緒にお好み焼き粉とソースの
詰め合わせセットを送って下さいました!!
丁寧な宅急便の送り状の字やお手紙に
企業としての姿勢が素晴らしいと感動♪

典子さんの話し方は
決して流暢と言う感じではなく
倒置法ではないのだけど
主語と述語、形容詞などがバラバラで
先に感情を話されて
聞いている側が驚いてから
その理由を話されたりと
独特の雰囲気も楽しい。
去年は二度も一緒に泊まる機会があったので
たくさん面白い話を聞かせてくれた。
出生から思春期のエピソードなども
いくつも小説に書けそうなほど
聞き逃せなくてトイレに行く間も
お風呂の時間も惜しかったくらいだった。

典子さんと3月の末に
吉野(奈良)に行くことは半年前から決めた。
去年、大山に私が遊びに行った際
典子さんは素晴らしいナビゲートをしてくれた。
まるでパズルをはめていくように
あちこち連れて行ってもらい
足は?というと典子さんの友達やご主人が
入れ替わり立ち代わり来てくれては
一緒にご飯を食べたり
山に登ったり温泉に行ったり泊まったり
そしてメンバーはどんどん変わっていく。
その変わるがわるやって来る人達が
初めて会ったのに
驚くほど話しやすくて感じが良かった。
京都から一緒に行ったTさんが
すっかり舞い上がってしまい
「こんなにいい人ばかりなら
京都から引っ越して鳥取に住みたい
と言い出したほど。
私は「鳥取にもいじわるな人もいるし
京都にもいい人はいっぱいいるから」と
Tさんを諭したくらいだった。

そんな典子さんと奈良を散策するのに
今回、いつになくいろいろ調べたり
立ち寄る予定の場所の
リーフレットなども集めた。
旅の目的は吉野の金峯山寺と天川村。
でもその前に私の好きな場所にも
立ち寄ってもらうことになっていた。
感覚の鋭い彼女は
「ここが気がいい」とか
「ここはちょっと」とか
瞬間に解って教えてくれるのも楽しみ。

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奈良駅で待ち合わせて
いくつかの神社などに立ち寄ると
行っても行ってもそこでは
結婚式が行われていた。
祈祷してもらっている人がいる時に
神社に行くといいらしい。
会社で祈祷してもらっているとか結婚式とか
大勢の人がきて
お金がしっかり使われている時に
その場にいると色々と便乗できるらしい??

翌日の4月から新しい仕事を始める私と
典子さんはこの旅の間に
節目となる誕生日を迎えるらしい。
きっと2人にとって
とてもいい区切りになるだろう。

その旅の話は又、次回に続く。

*写真は夕暮れの天川村にて











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[気功
場を作る~西宮気功のひろば~
四年前に気功を始めてすぐに
tokikoさんとは出会った。
見るからに聡明で真っ直ぐな人。
天野先生に教わって気功を学んでいる人の中でも
ダントツにエネルギーが強そうだし
とても熱心な姿勢も
会った瞬間から感じた。
私のように何がなんだかわからないまま
感覚だけで(先生の写真を見て)
気功をやり始めた人間とは大違い。
最初の年は
彼女と挨拶程度しかしていなかったと思う。

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その年に仲良くなった人が
こんなことを言ってくれた。
「この場所で気功を学んでいる中に
エネルギーが強烈に強い人が三人いる。
その一人がtokikoさんであり
もう一人あの人と(誰だか男性だったけど忘れた)
そしてあなたかな。(私のこと)」
私はその頃、気功をやり出して数ヶ月経つのに
まだ何をやっているのかわからないままで
講座を受けにくるたびに日頃の疲れが緩むのか
恐ろしい眠気に襲われて
毎回毎回ぼーっとしていた。
その年の気功の講座には
何年も気功を学んでいる人も多かった。
日本だけでなく海外で
気功を教えることで生計を立てている人や
整体や鍼灸など東洋医学のプロだったり
見るからに霊感の強そうな人だったり。
そんな人がいる中で
なぜそのエレルギーの強い三人に
私が入ったのかが不思議。
言い出した人が仲良しだからきっと
ひいきで“その三人”に入れたのだろう。
でもエネルギーの強そうな
tokikoさんと同等に見られたことは
私にとって嬉しい要素にしかならない。
当時の私は仕事でクタクタで
何をやっているのかわからなかったが
内に秘めている力は
表には出なくてもあるのかも知れないと
考えることも出来たから。

tokikoさんと
「雰囲気が似ている」と言われたことも
この数年間に何度かあった。
最初はお互いに「えー似てるかな?」と
顔を見合わせたが
その後も忘れた頃に
「似ている」と言われたことがある。

彼女は三十代で大切なご主人を失くされて
小さな子供さんを立派に育てている人。
それでも抱えきれないほどの悲しみや孤独を
感じさせることはなかった。
華奢な体や繊細な気持ちを
かき消すくらいの真っ直ぐな気性や
どんな場所でもしっかりと通る声が
まるで彼女を武装してくれているかのように
大きく強く見せてくれているように思えた。
女性らしいというよりは
さっぱりした気性で行動力もあり
男っぽくてお酒も好きだし
豪快に笑っている姿がよく見られた。

tokikoさんがブログを始めた時期と
私がこのブログを始めた時期はほぼ同じ。
彼女はブログの開設と同時に
西宮で気功を教え出した。
その講座は毎月日曜日なのだが
あいにく前職の頃
私は日曜に休みをとるのが難しく
去年やっと一度だけ行くことが出来た。
いつもは同じ生徒側から
天野先生の気功を学んでいるが
tokikoさんは先生役になると
まるで違う人のようだった。
いつものパワフルな印象はなく
人を迎え入れる大きな温かさや
包み込むような優しさ。
そのいつもとの違いに驚いた。
私が勝手に感じていた彼女の印象なんて
ほんの一面だろうし
教えることも学ぶことも
全て自分の糧にして
毎日を歩いている気がした。

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その西宮での気功の講座が
四月末で最終回を迎えた。
「終わりは始まり」
「手放すことで新しいものが掴める」
そんな言葉を私は
tokikoさんから直接言ってもらったこともあるし
彼女のブログで見た気もする。
最終回のその日、どうしても行きたいと思ったが
どうも腹痛が治まらない。
おまけに今年は町内会の役員が回ってきて
この日は朝の七時過ぎに
近所の小学校に集合で
「ハンドボール大会」の準備の役に
当たってしまっていた。
ハンドボール大会の準備は
私の住むマンションの住人が参加していなかったので
準備だけで早々に終わった。
「これなら西宮に行けるかも」
そう思っても朝からかなり無理をして
校庭で立っていたせいで
どうやら痛みは酷くなっていった。

自宅に戻り横になって
「あぁ、西宮に行きたいな」と呟く。
すると夫が突然
「助手席で寝てたら西宮まで
勝手に着くんやから行ったらええやん」と言いだした。
もちろん夫が運転してくれる
という意味なのだが
この人が何を大切にしたいのか
よく分からない。
大切に続けてきた“最後の自分の講座”に
調子の悪い人がわざわざやってくるなんて
tokikoさんだけでなく周りの人にも
迷惑を掛けるかも知れないし
そもそも夫として妻の体が心配ではないのか。

しかし、助手席で寝ている間に
(結局、行ったので)
腹痛はほぼ治まって西宮に到着した。
会場の和室から見える新緑も眩しい。
この場で三年間、
tokikoさんは毎月がんばってきた。
何もないところから始めて
場を作ってきた。
去年、参加した時に
tokikoさんは先生役でなく
初の試みで他の生徒さんが先生役になり
リードを任せていた。
そして講座の後に
「今日は私がやってないから」と
皆さんから集まった受講料を
その日、リードを任された人に
渡そうとされていたことを
はっきりと覚えている。
そのお金でランチを食べに行っても
誰も怒らないだろうし
次回の会場費に使うとか
何かの時に残しておくとか
いくらでも使い道はあるのに。
でもそれこそが彼女そのもので
「教えたい」
「人の前に立ちたい」
そんな気持ちはどこにも持たずに
自分の住んでいる西宮という町で
“場を作る”ということに
徹しているんだなと思って
その光景を見ていた。

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“場”は講師だけでなく
集まる人達全員でで作られる。
それでも講師役が
安心して過ごせるように
皆が力を抜いて過ごせるように
最初に流れを作らないと
どれだけ素敵な人がたくさん集まっても
いい雰囲気になるとは限らない。
“西宮気功のひろば”は
とてもいい“場”だった。
ちょうどいい広さの和室には
緑が見えて風通しがよく
吹奏楽のBGMが聞こえる環境もいい。

あっと言う間に時間が来て
tokikoさんの講座は終わった。
「三年間お疲れ様でした~」と
私が勝手に言ってから
突然tokikoさんへの労いの拍手を周りの方に促すと
皆さん、一緒に拍手をして下さった。

この日は思いがけない
サプライズもあった。
tokikoさんに新しいパートナーが出来たらしく
その人も講座に参加していたので
最後に紹介していただいた。
嘘をつくのが苦手そうな
無骨そうな男性。

「一匹オオカミみたいで。
たった一人で戦っていて孤独な気がした」
その彼の口から出る
tokikoさんを語る言葉は
しっかり本質を見抜いていた。

籍を入れるとかでなくても
別に男性と女性でなくてもいい。
身を切るような悲しい別れを経験した人が
もう一度、一緒に生きていきたいと思える人と
又、めぐり逢えたことが
私はとても嬉しくて
ちょっとその場で泣いた。

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腹痛がおさまったので
帰りは走るように会場を後にした。
「お腹が痛かったけど、今日はいいことあったわ~
 来て良かった」」
目が潤んだまま車に乗り込み
はしゃぐ私に夫は言う。
「俺は今日、何一ついいことはない」
(↑こういう事を言わなければいい人なんだが)

穏やかで優しいあの場の空気感を
私はきっとこれからも
忘れないと思う。
波がおさまるように穏やかに最後を迎えた
“西宮気功のひろば”
たった2回参加しただけでも
そう思うくらいだから
今まで何度も足を運んだ人はそれぞれに
もっともっといろんなことを
心の中に感じておられるだろう。
又、大きな波やうねりはやってくる。
そんな未来を期待して
そしてもっともっと
tokikoさんが幸せになれますように。

お疲れ様でした。
そして心からの感謝を込めて
ありがとうございました。

*写真は4月の近所の花と植物園のチューリップ。
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[気功
ウォーミングアップ
*3月の日記ですが
写真は4月中旬の宇治植物園の桜。
見頃は4月中旬から下旬にかけて。
写真と文章は全く無関係です。

4月から仕事を再開するので
3月は少しだけバイトをすることにした。
新しい仕事が決まったのに
又、すぐに忙しくなるんだし
ゆっくりしてたらいいのにと
いろんな人から言われたが
ちょっと働いておかないと。

失業保険もようやく切れて
体力的な自信もつけたいし
毎日のリズムも調整しておきたい。
何より管理職を何年もやって退職し
そのままゆっくりしていたせいで
中途半端についている
“自信”や“プライド”が残っていたら
新しい職場で苦しむのは自分自身だ。

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結局、2週間だけ
京都駅近くの某有名ホテルで
メイドの仕事をすることになった。
10代からいろんな仕事やバイトをしてきたけど
ホテル業界は実は初めてなのでちょっと楽しみ。
しかし1日目から体力が続かないと思うほど
驚く超ハードさだった。
1日5時間くらい大丈夫と思っていたが
トイレに行く隙もなく
もちろん一瞬たりとも座れない。
5時間、動きっぱなしというか
走りっぱなしでクタクタで
初日から腰痛も出てきて
足も強烈に痛かった。
汗だくになるのだが
トイレだけでなく
水分補給の時間もないので
何度も意識が飛びそうになる。

同じ時期に同じホテルの
仕事を始めた他のパートさん達は
私のようにどこかで働くことを決めて
それまでの準備などではない。
この仕事を頑張って続けようと
仕事を始めた方がほとんどだった。
20代の大学生もいたが
50代以上の年上の人達が
体にムチ打って新しい仕事で
必死で頑張っている。
現場を仕切っているのは
これまた皆、パートさんばかりで
60代やもっと上??
腰の曲がっている人もいた。
そして皆さん驚くほど体は身軽で
鋭敏に動き続けられていた。

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たった2週間だけだから
頑張らなきゃと言う気持ちと
仕事を始める前に倒れたくないし
腰を痛めたら困るなという気持ちが起こる。
ここでしんどいと言えば
「だから最初から行くなって言ってたやろ」と言う
夫の声が聞こえるようで
初日から3日はとにかく必死だった。
何を頼まれても
いつも笑顔でいるようにし
明らかに私がやっていないことで注意されても
「すいません」と謝った。
忙し過ぎてホテルで働く人達は
全職種、職員同士の挨拶も
驚くほどなかった。
これは気持ちが悪いので
とりあえず自分が気分よく過ごせるように
返ってこなくても勝手に挨拶するようにした。
あほらしいと思ったらそこで終わる。
大丈夫、何でも出来るはず。
たった2週間だけの仕事だもの。
何度もそう言い聞かしてみる。
しんどくてどうしようもない時間は
以前一緒に働いていた
Yさんとの会話を思い出したりした。
今こんな短い期間の仕事でも
投げ出してしまえば
私も所詮「潰しの効かない人」になってしまう。

何度も転職した経験がある
Yさんも私も昨年同じ職場を退職したが
彼女は11年くらい? 私は7年。
今までの職歴を考えると
よく続いたなと思う。

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『潰しの効かない人になりたくない』
どこの会社にでもいる
「辞めたい、辞めたい」といいながら
会社を辞めない人。
今の安全な場所を去ることはないし
他の会社では通用しない人。
それが本当はわかっているから
ずっと安全な同じ場所にいる。
あんな風になりたくない。
いつまでも成長したいし
変わることを怖がりたくない。
何処に行ってもいくつになっても
通用する自分でいたい。

残業でヘロヘロになっている時
仕事が無意味に思えるほど打ちのめされた日に
そんなことをよく言い合っていたな。
あの会社だから通用したとか
そんな自分にはなりたくない。
どれだけ重い看板を背負わされても
大きな組織の中にいても
私は私以上でも以下でもない。
4月から働く所は又、
重い看板がついて回る
固い会社であるけど
何処で何をしても
それはきっと変わらない。

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ホテルの仕事は4日目から突然
壁を一つ越えたかのように
吹っ切れたように楽になった。
腰も足も痛いけれど
慣れというのはすごいものだ。
人の動きがしっかり見えてきたので
どう動けば最小の動きですむのか
相手も楽に気持ちよく動けるのかを
見る余裕が出てくるようになった。
そうなると汗の量も減るので
水を飲まなくても体は持ち堪える。
帰りにホテルの美味しいパンが
格安で買えるという楽しみも覚えた。

しかしかなりのハードワークなことは変わりなく
伸ばしていないはずの爪が
あちこち割れてヒビが入り
手のひらはガサガサで
シーツで簡単に手が切れたりする。
手足には知らない間に
ぶつけた痣がいくつも出来た。

初日に必死でシーツを張っている私に
その階のリーダーにあたる人が
私の掌の上にシーツをバンバン投げつけてきて驚いた。
慣れない新人と一緒に
べットメイクをするのは
確かにイライラするとしても
必死で仕事をしている人の手の上に
シーツを投げつけるなんてと思ったけど
これはホテルでペアを組んで
手早くシーツを張るには
当たり前のことらしい。
(早い人同士だとならない)
私の動きが遅くてタイミングが合わずに
顔面にもシーツは当てられた。
慣れれば相手との呼吸がすべて合ってきて
一つのベットを作るのに
ベットカバーとシーツ2枚が
わずか1分もかからずに仕上がる。
最初はわからなかったシーツの山と谷も
瞬時に判断できるようになって
動きはやたらと早くなり
サクサク動けるようになってきた。

徐々に仕事に慣れてきたことで
黙々と働きながらも
一人で考える時間も持てるようになってきた。
たった一泊だけなのに
なぜこんなに部屋によって匂いが違うんだろう。
香水、体臭、食べ物の匂い、煙草など
交じりあうと部屋の匂いは
扉を開けた瞬間、全く違う。
掃除機掛け、シーツ交換、換気に
空気清浄器を最大で回し
匂いのしない状態にしておいても
翌日には又、それぞれの部屋から
全く異なる匂いと空気が広がる。
驚いたのはそれだけでなく
ベットの乱れ方と浴衣の脱ぎ方だった。

特に躾のいい家に育ったわけでもないし
特に行儀のいい常識のある
友達ばかりがいるわけでもない。
それでもいろんな人と旅行に出掛けて
私の友達は今まで誰一人として
そのへんに服を脱ぎ散らかして
出掛けようとする人もいなかったし
布団も浴衣などの寝巻も
皆、何となく整えておくのが
最低限のマナーだと思っていた。

ところがチェックアウトされた部屋も
連泊予定の部屋も
強盗が入ったようなに散らかっていて
あと一口で食べ終える菓子パン。
ティッシュはゴミ箱でなく床。
浴衣はさなぎのように抜け殻のように
厚みまで残っている感じで脱いである。
まさか寝坊して大急ぎで
京都観光に行っているわけでもないし。
そんなことが当たり前の中で
毎日、数部屋だけは
布団をちょこっと直し
浴衣もちょこっと畳んでくれていて
ゴミもきれいにまとめてくれている所もあある。
こんな部屋に遭遇すると
どうせ浴衣もシーツも
全部まるめてすぐに洗いに出すのだけど
この部屋に泊まった人が
京都でいい思い出が出来るようにと
祈りたくなってくるものだ。
気をつけて帰ってね。
又、来てねと
自然に思えたりする。

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2週間のバイトが終わる前日
ホテルの担当の方から
お褒めの言葉をいただいた。
「どの階でも評判がいいよ。
残念やな。続けてくれたらいいのに
次は何の仕事をするの?」
と言われたので
「介護関連です」と答えると
「そんなしんどい仕事を??」と驚かれたが
ホテルの仕事は介護より楽だとは
決して思わないのだが。
介護の仕事はきつい時もあるが
目の前で喜んでもらって
直接お礼を言ってもらえることも多い。
ホテルの裏方は直接お客さんと
顔を合わすことがないので
「ありがとう」など言われることは少ない。
そんな環境でモチベーションを上げて
長年働き続ける人は
どんな気持ちでやっているのだろう。

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短い間だったけど
最初の3日で辞めなくて良かった。
ちっぽけなプライドも自信も
脂肪や垢などまで含めて
体中からたくさん落ちた気がする。
初日、一緒にベットを作って
私の手の上に何度もシーツをぶつけてきたリーダーさんは
初日のことなど覚えてもいないようで
バイトが終了する前日に
「又、一緒に働きたいわ」と
誉めちぎって下さった。
短期間だから出来ただけで
この仕事をずっとということなら
きっと難しかったと思う。
リーダーさんのように
長くは働けないだろうし
60をとっくに過ぎても
軽く飛ぶように動かれている姿には
尊敬すらしてしまう。

ホテルの裏側から見る人間観察は
お客さんも職員も面白くて
ここに短くは書き切れない。
それにしても京都には
観光客がこんなにも多いということを
ずーっと住んでおきながら改めて知った。
連日、ホテルは満室である。

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京都には世界中から
憧れ夢見て
訪れる人が溢れるほどいる。
その人達を迎えてくれるのは
有名な神社や仏閣や
古い伝統を大切に守る人だけではない。
黙々と裏方で働き続け
「ありがとう」と言われなくても
京都にやってくる人の疲れがとれるくらい
びしっときれいにシーツを張り
部屋を整えてくれる
ホテルのパートの女性達もだということも
忘れずにいたいと思う。

Posted by 諭吉セブン
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[diary
真夜中の散歩
もう生きている姿では
会えないかも知れないと思った“ななちゃん”
何もなかったかのようにご機嫌。

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出雲大社は今年、60年ぶりに
大遷宮がが行われているらしい。
伊勢神宮はまだ近いし次は20年後だから
きっと元気なら又行けるだろうけど
今から60年後はこの世にいないのは確実なので
今年の春にでも行こうと思っていた。
今年の私の吉報位は西で
ちょうどいいかも知れない。
夫に話すと嫌がりながらも
土曜の夜に出て
日曜日に日帰りで出雲に行って
戻ってくる予定を立ててくれた。
彼は車での遠出が大好きなので
「疲れる、いらんわ。
何で行かんなあかんねん」と
嫌がっているようでも楽しみらしい。

数日前に夫の車の調子が悪くなったが
メーカーに持って行って
部品を買ってあっさり自分で直してしまった。
本人はすっかり「行く気」である。
私はどうも気が乗らない。
そもそも5月に出雲大社は大遷宮が終わるらしく
今月行っても『入れない場所』『見られない所』が
あるかも知れないと少し前に知ったからだ。
夫はすっかり行く気だったので
この話をしても
「俺がせっかく行く気になってんのに」と怒った。
なので予定通りに行くことにした。

4月に入って私は仕事を再開した。
働きながらやりたいことを
これからも続けていこうと思っていたけど
慣れない環境でクタクタになる毎日。
それでも最初が肝心なので
食事も家事もなるべく手を抜かず
ななちゃんの散歩も夫には頼まず
朝晩はしっかりしていたはずだった。
ところが週末の金曜日
つい、うたた寝をしてしまい
起きたら23時を回っていた。
「早く散歩に行かなきゃ」と
半分寝ぼけてななちゃんと散歩に出た時
少し歩いた後、首輪とリードが外れた。

ななちゃんは「あれ?」という顔をした後
リードに繋がっていないことに気付き
突然夜の住宅地をダッシュで走り出した。
今まで琵琶湖畔で淀川沿いで
何度も走って行ってしまったことはある。
広い所なのでとリードを長いのに代えると
駈けるように私を振り切って走ってしまい
たまに振り返っては
こちらが走ってついてきているかを確かめ
又、全力で走り続ける。
その度に私は必死で走ってついて行くしかない。
距離が縮まると又ななちゃんは走り出し
延々と走らされることになる。
ななちゃんにとってそれは楽しい遊びで
私と鬼ごっこをしているような
「早く、こっちこっち♪」と
挑発するような走り方でもある。
これには私の体力ももちろん
心臓も持たない。
もう帰ってこないのではないかと思うほど
全力で走る姿。
広い場所も通り過ぎれば
車などの危険は多い。
もう二度と私の傍に
戻って来ないのではないかと毎回思う。
この数年はそんなリスクを考えて
広い場所でも長いリードを使わないようにしたり
リードがちょっとでも怪しいと
新しいのにさっさと買い替えたりと
注意していたはずだった。

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ななちゃんは深夜の住宅街を走り抜け
街燈のない細い川沿いの道を走る。
私は必死で追いかけるが
ななちゃんの姿は暗闇に消えてしまい
何度も見えなくなる。
足や尻尾に白い毛があるので
住宅から漏れるわずかな光で
小さく白っぽい影が動くのを頼りに
真っ暗な中を必死で走った。
ななちゃんは多分、私の姿など振り返らず
振り返っても見えない程真っ暗な中で
楽しそうに黙々と走り続けていた。
延々と川沿いを走り抜けた後
わずかな住宅地を抜けて
ななちゃんは一号線の前で
通り過ぎるたくさんの車の前で立ち尽くす。
「ななちゃん、止めて。行かんといて」
叫び声も空しく車の音に
かき消される。
どれだけ叫んでも祈っても空しく
ななちゃんは一号線の車の中に突進した。

トラックや深夜バスとななちゃんが
重なった時に
もうだめかと思ったが
無事にというか奇跡的に
ひかれずにすんだようだった。
私も信号を無視して
トラックの合間を通り抜ける。
一号線を通り過ぎると
わずかな住宅があり
今度はそこから外環状線が広がり
ここも交通量がとても多い。
私の体力などもうとっくに限界を
超える程走っていたが
数百メートル先のななちゃんは
まだまだ楽しそうに走っている。
このあたりは田舎だけど
高速の入口や一号線に外環状線と
交通量が多い危険な場所なんだと
考える程に怖くなる。
足はガクガク震え心臓も飛び出る勢いだけど
とにかく何が起こっても見届けて
下を向かずにあの子の姿を
見失わないようにしなくては。

それからもななちゃんは走り続け
ようやくうんちのために止まって
やっと、やっと追いついた。
無事でいてくれて嬉しい気持ちと
もう二度とこんな怖いことを
しないで欲しいという気持ち。
抱きしめていいのか
しっかりと怒らないといけないのかが
判断できない。
いったい何時間、何キロ走り続けて
家に戻ったのかもわからない。
長い長い散歩はようやく終わった。

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自宅に戻って気持ちを静めようと
何もなかったように
お風呂に入り夫の弁当を作る。
もう4時を回っているようだった。

車の故障とななちゃんの逃走。
もう一つ何かあったら
やはり出雲大社は延期しよう。
そう思って布団に入った。
何も知らずにずっと寝ていた夫は
それから少し経って仕事に出掛けた。

明け方、夫が犯罪に巻き込まれる夢を見た。
そして「夫を守らないと」
という思いで目覚めた。
諭吉(猫)は深夜布団の中で一緒に寝ているのだが
明け方はなぜか
私の体の胸から首にかけての位置に
デーンと乗っかって寝るので
毎朝、胸が苦しく
悪夢で起きることは日常でもあった。

その直後にけたたましい
聞いたことのない音が携帯から鳴り
我が家はマンションの上の階だからか
かなりの揺れを感じた。
まだ夜の続きのななちゃんが車にひかれる
悪夢から覚めていないような気がした。

地震の後に夫から電話があったので
ここでやっと昨晩の話をする。
「何で俺に電話しいひんねん」
「だから夜中の散歩は止めろって言ってた」と
ギャーギャー怒るので途中で電話を切った。
もう出雲大社は延期だ。

しかし夫はどうしても行きたいらしい。
「ななが奇跡的に助かったんやから
その運を失くさないように行くべき」と
ある意味とても前向きな発言が飛び出した。
私がもう聞く耳を持たなかったので
夫の気持ちは届かなかったが。

ほとんど寝ないまま
誰かにお礼を言いたいと思った。
本当はあの時、ななちゃんをひかずに走ってくれた
国道の車やトラックやバス。
ななちゃんだけでなく
私もひかれていてもおかしくなかったわけで。
結局、ななちゃんが首から下げている
犬用のお守りを授かった
いつもの石上神宮に行くことにした。

石上神宮でのななちゃんは大人しい。
鳴きもせず、伏せをして
落ち着いている。
「かしこい犬」
「お利口さん」
「大人しい子」
「こんな犬やったら一緒に暮らしたい」
私がお賽銭を入れて祈ったり
ななちゃんのお守りを新しく買って
願い串を書いている間も
ななちゃんは知らない人から
次々に誉められて
頭を撫でられたりしてご機嫌だった。

「いやいやこの子、アホです。
昨日大変やってんから」
その人達皆に聞いて欲しいのを堪えた。

帰り道でいつも行く喫茶店に入った。
「犬はいいわ、かわいいわ。
家族はすぐにあそこの人はきれいやとか
どっかの家はいいとかいうけど
犬はどんな美人が前から歩いてきても
どんな素敵なものがあっても
真っ直ぐに私だけをいつも見てるもん」

カウンターで常連さんと話す店主さんの言葉を
聞いているだけで泣きそうになった。
ななちゃんはきっとこの二週間
私の生活や気持ちが変わっても
何も変わらずに私をしっかり見ていてくれて
いっぱい我慢をしていたのだと思う。
それに比べて私は
散歩もしているしちゃんと遊んでいたけど
どこかいつも上の空だった。
犬は敏感だから
自分に気持ちが届いていないことに
きっと気づいていたに違いない。
寂しいだけでなくストレスを
いっぱい掛けてしまっていたことに
改めて気付かされた。

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夜、夫はまだ出雲大社を
諦め切れていないようだった。

私「そもそも車の調子が悪かった時点で
 今回は止めたほうがいいと思った。
 私の勘は当たるから」

夫「何が勘や、人が行く気になってんのに。
 もう行かへんからな。
 君の車は君を裏切らへんけど
 俺の車は俺を裏切っただけや」

私「そんなことない。故障することで
 守ってくれたんやと思う」

その夜はずっとこんな会話ばかりが続いたが
神社は逃げないので
又、きっと次の機会はあるはずだ。

兵庫県に住む友達に
夜になってやっとメールをした。
揺れの割に被害は大きくなかったようだけど
怖かっただろうなぁ。
どうやら皆、落ち着かない一日だったらしい。
携帯を家族みんなが持っていたりすると
一斉に家中で緊急地震警報の音が鳴って
一日中ソワソワしたとか。
冷静になって
震源地、時間、震度などを考えると
嫌でもダブる阪神大震災。
早く落ち着いて寝られますように。

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翌日の日曜日、
朝からテレビで出雲大社付近の特集があり
夫はしつこく話をしてきたが
(どんだけ行きたいねん)
今日はななちゃんの首輪とリードを
新調して絶対に外れないように
金具を固定するのが彼の仕事だ。
ななちゃんは何もなかったように
変わらずに過ごしている。
無傷で帰って来てくれて
本当にありがとう。

*写真は全て石上神宮にて。
この日、怖くなってリード2本にした。
Posted by 諭吉セブン
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[ななちゃん
取扱説明書
 ~ちょっとお知らせ~
先日から雑誌クロワッサンのHP
クロワッサン倶楽部の『うちの子紹介します』コーナーに
1月に雑誌に載せてもらっていた諭吉の写真が
連絡もないまま掲載してもらっています。
こちらはカラーだけど写真の下が切れています。
見つけた時はびっくりでした!


兵庫県に住む友達が
写真教室の『無料体験講座』に行くと聞き
私も便乗することにした。
友達は通うことを真剣に考えているようだが
こちらはちょっと無料体験講座を
覗きに行きたかっただけで
他に目的があった。

海が近い写真教室のロケーションは
立地もギャラリーを併設する雰囲気も
どこを取っても申し分ない。
しかし先生との相性が合わないのか
最初の自己紹介ですでにカチンときた。
なぜ、今日来たのかを聞かれたので(参加者みんな)
「友達に誘われて」
「写真がうまくならなくても好きな街なので」
みたいな話をした。
「写真教室に通っていたけど通えなくなったし
一眼を持ってから三年になるけど
実は基本的なことがわかっていない。
カメラの取扱説明書が読めない」ということも
正直に話したが
それがいけなかったのかも知れない。
「(取説が読めないのは)文章が読めないんですか?」と聞かれ
日本人だし読めるんだけどなーと思いながら
「文章は読めますが説明書類は読むのが苦手で」と言った。
そんな女性はきっと沢山いると思った。
しかし、返ってきた言葉は
「性格を直したほうがいい。
ピアノを習いにきて違う楽器を弾いているのと一緒」

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先週、奈良の吉野山で丸2日過ごし
杉の木ばかりに囲まれてからなのか
現在、私はずーっとマスク着用の
花粉症か風邪ひきの人になっている。
マスクをしていると目しか出ていないので
こちらがいくら怒っていても
相手には伝わりにくい。
一人で参加していたらきっと
怒って帰っていたかも知れないが
友達と一緒だったので
何とか我慢することが出来た。

私にはそんな態度だったけど
先生は友達には優しかったし
他の参加者の写真には辛口のコメントもあった中
友達の写真はちゃんと誉めてくれていて
そこは素直に良かったと思えた。
控えめでいつも前には出ようとしなくても
センスと奥行きが感じられる友達の写真は
どうがんばっても私には撮れないものばかりだ。
すっかり見落としていたが
当日写真を持っていけば
講評をしてくれるとHPにはあった。

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去年の秋まで教わった先生といい
その前に2回だけ教えて下さった先生も
今思えば写真教室の先生は
それぞれ誉め上手で
優しかったなとしみじみ思い返した。
どちらの先生もどこかにいい所がないかと
必死で探して下さったし
写真教室に限らず大人になってから
学んだり通った場所では
いつも何処に行っても
それぞれの場所で
大切にしてもらっていたことを
今含めてしみじみと感じる。

体験教室でやったことは
知っていることばかりで
時間がやたら長く感じられた。
先生がデモに使っていた写真は
自分の子供の写真。
「プロだったら他人の子を可愛く撮れ」と
心の中で呟く。
私が自分家の諭吉(猫)やななちゃん(犬)を
撮っているのと変わらないやん。

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そんな気持ちが起こる度に
切り替えたように思いながらも
自分自身がかなり怒っていたことに気付く。
そしてそのたびに
気功の天野先生が以前言っていた
「感情的になると冷静な判断が出来ない。
怒るという感情からは何も生まれませんよ」
という言葉を何度も何度も体の中で
全身に行き届くように流す。

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その後、各駅停車にのんびり乗って
友達と垂水区まで行った。
すぐそこに明石大橋が広がる。
以前から友人のAちゃんが
「美味しいからぜひ行って」と
何度も猛烈に薦めてくれていたお店に
ランチに行く予定だった。
しかし、そのお店が
その日の天気予報が悪かったせいなのか??
あいにく臨時休業していた。
素晴らしいのはAちゃんが
その近くにある違うお店の情報まで
朝からメールで送ってくれていたことだ。
虫の知らせかな?
おかげで友達も私も土地勘がない街で
雨と強風の中を路頭に迷うことなく
お店を目指して歩き
素敵な空間に辿り着くことが出来た。
そうそう、私は写真教室でなく
友達に会いにやってきて
一緒にランチをするのが目的だったんだ。
落ち着いていく
自分の気持ちにほっとしながら
美味しいランチをいただく。
あーしあわせ。

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その夜、実に3年振りに
カメラの取扱説明書を開いた。
あの写真教室の先生に教わるくらいなら
これを読んだ方がいい。
初対面でロクに話していないのに
会って10分もしない間に
「性格を変えたほうがいい」と言われた今日。
それでも長年ずっと苦手としていた
取扱説明書を読めるようになれば
例え今日、不愉快な気分になったとしても
出会った意味はそこに
存在するのかも知れない。

*写真はすべてこの日立ち寄ったコッタポスさん
手打ち麺のパスタはもちもちで絶品。
前菜もパンも美味しく
デザートをつけてもかなりリーズナブルなランチ。
美味しいことはもちろん
2階建ての小さな空間はゆったりくつろげて
机や椅子もバラバラなのに
素敵な空間でした。
Posted by 諭吉セブン
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[diary
三日月とお賽銭~後編~
まさるさんと過ごした一日が過ぎ
楽しかったなと思うと同時に
どうしてもモヤモヤとしたことが一つあった。
あの日、私は待ち合わせの時間に遅れた。
そして奈良に行った時
車を停める為にUターンしていると
目の前で以前ここにも書いたことのある
“幻のラムネ”が売り切れた。
おじいさんがニコニコとラムネを買い占めて
お店から出る所を見て
慌てて行くともう一つも残っていなかった。
もう少し早く到着していれば
私が待ち合わせに遅れなければ確実に買えたのに。

まさるさんは別に
ラムネを欲しがっていたわけでもないし
奈良のレインボーラムネのことも知らなかったけど
せっかくの買えるチャンスを逃したのが
私が遅れたせいだったことが悔しかった。
後日、今度こそしっかりと手に入れて
北海道まで送ることにした。
潰れたら嫌なので箱を探したが
我が家には見事にお菓子を入れるのに
適した箱がない。
そんな時にふと、目に留まったのが
“入浴剤バブの箱”
そこにラムネを二袋入れて
厳重にプチプチに包むと
ぴったりの大きさになったので
そのままバブの箱で送ることにした。
驚かせるために何も言わずに送ろうと思ったが
入浴剤と間違えてお風呂に浮かべる心配も?ある。
念のために「食べ物です」とシールを貼って
「箱がなくてごめんね」と手紙に書いておいた。
このバブの箱が意外と丈夫なので
ちょっと遠方に住む
友達にも調子に乗って送ったくらいいい感じ。

この話をレインボーラムネを教えてくれた
奈良の友人Mさんに話した。
「皆、優しいわ~
 バブの箱に入ってるのに
 疑わないで食べてくれる!!」とか何とか。
そう話す私にMさんは
少し呆れながらもゆっくりと諭す。
「せっかくあげるのに
どうせ送るんなら
バブの箱でなくて100均でも何でもいいから
違うものにいれたらいいのに」

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別に箱代をケチったわけでなく
丈夫な箱に入れたかったのだけど
Mさんが言うのも最もだと思い
翌日には今後の為にと
立ち寄ったお店で箱探しなどしていた。

するとその日に
「家に帰ったら入浴剤が届いていました」で始まる
まさるさんのブログが掲載された。

「ラムネだし、入浴剤の箱に
シュワシュワ共通で入れてくれたみたい」とか
「さすが」とまで書いてくれていた。

何でも私が送ったラムネは
まさるさんが数日留守だったので
お母さんが代わってバブの箱を開封し
娘に電話で言われるままに食べてくれたらしい。
お母さんは恐る恐る食べた感想を
ラムネとはわからずに
「シュワシュワする落雁??」とおっしゃったらしい。
*お母さんは手紙を読んでいないので
ラムネだとわからなかったみたい。

それを聞いてまさるさんは
先日、奈良で私が話していたラムネが
送られてきたことを知った。

あれから一ヶ月経った。
私が思い出す彼女の印象は
お寺で「ついてる」と言ってこけた姿でもなく
ラムネのエピソードでもない。
あの日、一緒に参拝した神社で
お賽銭箱にお金を入れる時の
彼女の姿だ。
あんなに丁寧にお金を入れる人を
私は見たことがなかった。

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長方形の賽銭箱の角の所から
すくうように置くように
お金を『そっ』と入れる。
ほとんどの人が手のひらを下にして
お金を投げたり落とすように入れると思うが
彼女は手のひらを空に向けて
何だかやりにくそうなくらい
賽銭箱の端からゆっくりと入れていた。

お賽銭の金額は人それぞれ違う。
お札を入れる人もいれば
小銭を入れる人もいる。
要は気持ちだと言うけど
お金を投げても特に怒られることはない。
初詣などは投げないと賽銭箱まで届かないし。
私が神様なら
まさるさんのお賽銭の入れ方は
かなり嬉しいと思う。
そして人と変わっているので目を引く。

手を合わせているだけで
私と同じで神社仏閣に行っても
何も願ったり祈ってないらしいけど
それでも神様や仏様からすれば
願いを叶えてあげたいとか
守ってあげようと思うに違いない。
その姿は日を追うごとに思い出されて
私も見習おうと思うほど
神様や仏様にだけでなく
賽銭箱に対しても優しかった。

そもそも神社仏閣に行くと
手を合わせたりお賽銭を投げることを
誰に教わったのかも忘れた。
わからなければ周りの人のやり方を見て
「それが普通だ、これが常識か」とやってみることもある。
でも自分の感謝の気持ちや
何かを表現する時は
周りの人を見て真似せずに
ちょっと変わっていてもおかしくても
心のままに素直にやろうと
彼女が手のひらを上向きにして
丁寧にお賽銭を入れる姿を思い出しながら思った。

あの日、まさるさんと別れた夜
深夜のななちゃん(柴犬)との散歩で初めて
空を見上げて今日が三日月だと知った。
夕方は見れなかったけど
きれいな三日月はくっきりとカーブを描き
まるでにっこり笑うように静かに
いつもの散歩道を照らしてくれた。
一日を通してまさるさんと過ごした
満ち足りた時間や気持ちを
もうひと押しししてくれるように。

夕方と夜で時間がずれて眺めた空は
どの時間でも繋がっている。
関西と北海道はちょっと遠いけど
又、きっと会えますように。

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まさるさんと過ごした日から一ヶ月経って
一緒にくぐった小さな鳥居や
大神神社の展望台から眺める大鳥居の前には
桜が舞うように咲いている。

まさるさんのラムネの話はこちらから⇒ま。さ。るのRAINBOW RANCHI






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三日月とお賽銭 ~前編~
札幌の気功仲間の“まさるさん”とは
ちょうど一年前に知り合った。
たまたま気功の講座で隣の席になって
私のスケジュール帳が
石井ゆかりの手帳だとわかり
まさるさんも石井ゆかりが好きだったので盛り上がった。
その後、皆で願い事を書く時間になった。

私:「この気功の学校の“新春の会”で願い事を書くと
   本当に願いが叶うよ。
   だって私、石井ゆかりさんに会えたし
   去年は佐藤初女さんにも会えたから」

まさるさん:「じゃぁ原田知世に会えましたって書こうかな」

私:「書いといたらきっと会えるよ」

それから数か月後
札幌の彼女が働くカフェたべるとくらしの研究所

何と、原田知世ご本人のライブが行われ
もちろんまさるさんの願いが叶って
会えた上に歌も聞けたらしい。

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去年の春、私は20年ぶりの友人との再会で
札幌に行ったけど
まさるさんには連絡しなかった。
又、いつか会えるだろうと思って。
それでもお店が気になったので
彼女がいないのを承知でお茶を飲みに行った。
その時の様子はこちら⇒☆この記事の後半に

再会したその翌々日
京都観光をする予定だったまさるさんに
今年は巳年なので絶対にここがお薦めだと
私の個人的な独断と偏見で
奈良の桜井市「大神神社」に
一緒に行くことになった。
大神神社(おおみわじんじゃ)は三輪山がご神体で
到着の寸前に気付いたのだが
彼女の名前“まさる”は呼び名で
本名は“みわこ”だから
もうこれは三輪山に呼ばれていたとしか思えないと
妙に本人よりテンションが上がったまま参拝する私。
まさるさん(本名はみわこさん)も静かに盛り上がったのか?
神社で鈴を買っていたのを見て
私もつい釣られ千円払って鈴を買ってしまった。
この鈴、結構大きいし
三つもついているから持ち歩くのもうるさいけどどうしよう?

三輪素麺など食べて
あちこち連れまわしてしまったのだけど
彼女は一日中ずっと隣で嬉しそうに笑ってくれていて
おかげで終日楽しい時間を過ごせた。
同じ日本でも北海道と関西では全然違う。
国道沿いに並ぶチェーン店も
冬の寒さも。
私が「寒い寒い」と言った所で
札幌で雪かきをしながら暮らしている彼女は
こんな寒さ屁とも思ってないように
背中を丸めたり肩をすぼめて歩く
ほとんどの参拝客とは正反対に
二月の山や新緑の空気をいっぱいに吸って
のびやかに楽しんでいるように見えた。
私立の小学校の男の子が
半ズボンで膝を出している風景も
まさるさんにはびっくりな光景らしい。
「膝が出てる!膝が出てる!膝が出てる!
何か3回も言っちゃった」と
膝を出して走っている男の子を見て
思わず声が出て
自分で言って自分で笑っていた。

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最後に立ち寄った“J寺”
しかし、私が5時まで拝観できると思っていたが
庭園は5時までだけど
本殿の拝観は4時までだったらしい。
到着したらすでに4時を過ぎていた。
仕方ないなとも思ったけど
なんせ北海道の人と来ているので
あつかましいのを承知でお願いしてみると
快く本殿を拝観させて下さった。
まさるさんはとても喜んで
「わー嬉しい。ついてる!!」と言いながら
ブーツを脱いでいたら突然、バーンと音がして
隣でこけてしまったのでびっくり。
「ついてる」って言いながらか言った直後にこける人なんて
面白いのか悲しいのかわからずに
私はただ笑っていた。

貸切の状態で本殿に入らせてもらう。
ここは山里で真夏や真冬は参拝客もぐっと減るので
勝手に瞑想したり座禅を組んだりも出来る。

「わー、よく来たねって言ってくれてる」
嬉しそうに一体一体の仏像を見ながら
まさるさんが言うのを聞いて
そらそうだろう、仏像も
「北海道からここまでよく来たね」と
言わんばかりに優しい目をしているように見える。
それに反して私に仏像が語っているなら
「何回も来てるんだから、もう少し時間配分を考えて
早く連れてきてあげたらもっとゆっくり出来るのに」
そんな言葉が今にも聞こえそうだった。

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本殿の中には小さな売店コーナーがあって
私達が参拝している間
お寺の方はそこにいらっしゃった。
「ありがとうございました」と
2人で丁寧にお礼を言って
ポストカードを買おうとした時
今度はお寺の方がこけた。
正確に言うとポストカードのことで
まさるさんが質問したので
お寺の方が教えてあげようと
売店の座卓のような低いテーブルをまたいだ時に
テーブルに足が引っ掛かったのだ。
そしてテーブルに置かれていた
木箱が引っくり返り
すごい音と共に木箱の中の御守りがばらまかれた。

その後、お寺の方と私とまさるさんの3人で
バタバタと御守りを拾い集めることとなる。
さすがにこれは笑えなかった。
「なんかお寺の人に申し訳なかったね」
といいながらJ寺を後にする。
「私がこけてそのバタバタ感が
(お寺の人に)伝わってこけたのかな」と
まさるさんが言うので
「そんなことないよ」と言いながらも
もしそうなら怖いと思った。
J寺の後、立ち寄ったお店の店主さんか
私のどちらかが今度はこけたら嫌やな。
私がこけるということは
帰りに運転できなくても困るし
車の事故に繋がるような気がして
変な緊張感が体を走った。

「わー月がきれい」と
京都に向かう助手席で
まさるさんは空を見て喜んでいる。
信号待ちでやっと私が空を見上げた時には
もう月は見えなくなっていた。

              〈後編へ続く〉

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お好み焼きソースのこと
夜の8時を過ぎてから
自宅の電話が鳴ったので
いつも夜間指定にしている通販の荷物が
届いたのかと思った。
「今から行かせてもらっていいですか?」と
男性ドライバーの声が聞こえると思っていたら
受話器の向こうからは
初めて耳にする女性の声が聞こえた。

「突然、夜分にすいません。
広島のオタフクソースです。
今から5年ほど前に
お好み焼きに関するエッセイに
応募して下さったのを覚えておられますか?
何年も経ったのですがぜひ
以前応募して下さったエッセイを
ラジオで紹介させて欲しいのですが」

驚いた!
確かに書いたが
もう何を書いたかも覚えていない。

「もう内容は覚えてないのですが
お好み焼きが大好きなので
応募したのは覚えています。
今週は2回も食べました
(↑別に聞かれていない)」

なぜ週に2回も食べたかというと
夫と派手に喧嘩をして
私が怒っていたので
素直に謝れない夫は
お詫びにお好み焼きを続けて作ってくれた。
なので夕食がひどく偏って
肌が荒れそうで嫌なのだが
夫のレパートリーは極端に少なく
お詫びとして彼なりに頑張っているので
拒否も出来ずに食べていた。

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こちらが「覚えていない」と言ったので
オタフクさんは
私のエッセイのあらすじを
ダイジェストで話そうとされたが
すぐにぼんやり思い出し
内容の恥しさに聞いていられなくなり
途中で止めてもらった。

そうそう、親友の美沙ちゃんと
お好み焼きを食べに行って
喧嘩になったあの日のことだ。

オタフクさんは話を続けていく。
「なかなかお好み焼きから
“世界の子供達の貧困”を考えるという
視点は珍しいのでぜひ。
(そうそう、こんな内容だった)
ご心配なら作品を読んでもらうことも
どうしても気になるとおっしゃるなら
少しくらいは訂正してもらっても」

オタフクさんは
一生懸命誉めて下さり
訂正も許して下さったが
「もうそのままでどうぞ」と快諾した。
今、訂正したらきっと
別物になってしまう気がする。
ラジオで読んでもらえる前提があれば
どう体裁を整えるかを考えて
完全に作ってしまいそうだ。
あの頃の
“入賞してオタフクソース詰め合わせをもらう”
それが楽しみで応募した純粋な?気持ちで
もう今は書けないかも知れない。

ご丁寧に放送したものは
CDにして後日送って下さるらしい。
「広島放送なので関西では放送されないんです。
ローカルですみません」と
何度も謝って下さったが
それがとても有難い。
突然自分の過去の恥しい文章や名前が
ラジオから流れるなんて
考えるだけでぞっとする。
知らない所で勝手に放送されるなら
気楽なものだ。

そう言えば一年以上前
東京まで通っていた文章力講座の最終日
「文学賞とかに応募したことないの?」と
言って誉めて下さった作家さんに
「賞金が食べ物の
懸賞に応募したことはあります。
お好み焼きソースとか」と言った。
それは照れというか
誉めてもらった恥しさからだった。
関西人でもいたらそこで突っ込んで
笑いに変えてくれるのに
作家さんを前に
「お好み焼きソースって??」
という雰囲気に
笑うに笑えず引き攣る人達の
唖然とした顔を
私は今でもしっかり覚えている。

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一本の電話で美沙ちゃんのこと
東京の講座での最終日のこと
思い出すと懐かしい。
電話を切ってすぐに
「結局、お好み焼きソースもらえんのかな?」
一人、呟いてみるが夫はドラマの最終回で
誰が犯人かを考えているので
「気が散るから静かにしてくれ」と言われた。

直後に私の携帯が鳴ったので
部屋を出ていく。
電話の相手は気功仲間の典子さん(鳥取在住)だった。
先日手紙を出したので
御礼を伝える為にわざわざ電話を下さったのだが
この人、本当にいいタイミングで電話をくれるなぁ。
今、誰かに聞いてもらいたかった瞬間だった。

「へー、面白いね。
そんなにお好み焼きが好きなの」と笑いながら
私の話を聞いてくれた後
典子さんは以前食べた
広島の牡蠣のお好み焼きについて語ってくれたので
しばらくの間お好み焼き談義に花が咲いた。

電話が終わって部屋に戻ると
ドラマを見終わった夫は
「そんなにお好み焼きが食べたいんか。
俺に作らせようと思っているやろ」と言うが
決して夫と一緒に食べたいわけではない。
本当にソースが送ってきたら
もちろん美沙ちゃんと食べようと思う。

*写真は記事と無関係です。
この冬、押入れにこもらずに
なぜかやたらそばにいてくれた桃ちゃん。

*ちなみに夫の見ていたドラマは“科捜研の女”です。













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背中
大阪市内のギャラリービー玉さん
友達の“みさをちゃん”が
合同展に出展することになった。

「自分のことが大嫌い」
「普通の人が出来ることが出来ない」
「不器用過ぎる」
「自信がない」
「話す時に主語がない」
「変なものを作る。気持ち悪いものとかも作る」

みさをちゃんは自分のことを語るのに
マイナスな言葉以外使わない。

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誰にでもコンプレックスはあるし
なりたい自分となれる自分は違ったり
上手くいかないことも沢山。
それでも彼女はいつも
自分を責めることはしても
他人のせいにはしないし
誰にも甘えず何にも依存せずに
この一、二年は追い込むくらいに
自分自身と向き合って
本当にやりたいこと見つけて
そして動き出した。

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今まで押し殺してきた感情をもって
表現するものは
歪みでもなく屈折でもなく
今にも動きそうな動物や
水の中をひゅるひゅると泳ぎそうな
イキイキとした魚達だった。
そして一つ一つや
置き方にも世界観やストーリーがあって
話を聞けば聞くほど面白い。

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みさをちゃんが自分のことを
今も変わらずに嫌いだとしても
遠方から何時間も掛けて
見に来てくれた友達が何人もいたり
突然やってきて
照れ臭いのか
すぐ帰ろうとするお父さん
温かい笑顔でずっと見ていたお母さん。
こんなにも周りは
優しい人で埋め尽くされている。
主語がなくても話は通じるし
普通の人が出来ることは
出来る人にやってもらえればいいのだし
普通の人が出来ないことを出来るほうが
よっぽどいい。
そしてそれは個性であり魅力になる。
自信も勝手についてくる。

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早速、作品を購入してくれた人や
これからのみさをちゃんの作品を
楽しみにしてくれている人
「作った作家さん本人と会えて良かった」と
喜んでくれている人もその場にいた。

ギャラリーのオーナーさんも
人柄がいいのがすぐわかる感じだったし
みさをちゃんだけでなく
若い他の作家さんのことも
応援して包み込むような
優しい雰囲気の人だった。

みさをちゃんは誉められると
嬉しいくせに照れくさくて
どうしていいかわからずに
ちょっと挙動不審になっていた。
落ち着かずにウロウロしていて
せっかく誉めてもらっているのに
誉めてくれている人でなく
私達のそばに立っていたりする。

この数年の間に
みさをちゃんのつらさや悲しさが伝わってきて
か弱く小さく感じた事もあった背中は
右へ左へ揺れ続けても
今は等身大にしっかりと見える。
もうどこにも隠れようがないし
背中を丸めて一人で泣く理由もない。
一つ一つ作ったり描いたイキモノたちを
愛して大切にしてくれる人や
一人の作家さんとして
ファンになって応援してくれる人が
これからどんどん増えていくことを
確信できる時間に胸が熱くなり
私までなぜか照れくさくなって
目の前に置いてあったお菓子を
ボリボリ食べたりしていた。

みさをちゃんの作品を見て
笑顔になったり癒される人がいるのならもう
「自分のことが嫌い」なんて
本人は言ってられなくなる。
そして案の定彼女は
自分の作品を気に入ってくれた初対面の人と話し
「私、不器用なので~」と言うので
「こんな絵が描けたり
 こんなものが作れるのに不器用っていわれたら
 私、どうしたらいいの?」と
ちょっと切れ気味な声が聞こえてきて
友達と一緒に「ほら、言われてるわ」と
私は笑いが抑えられなかった。

今年の夏には京都で
個展も開催の予定らしい。
ますますの活躍を
皆で応援しているからね。

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そんな彼女をギャラリーに残して
帰りに“喫茶星霜”へ立ち寄った。
美味しいコーヒーと噂のチーズケーキで
ゆったりと時間が過ぎる。
そして友達がもうすぐ夢を形に
できそうだと聞き
ますます時間を忘れて聞き入った。
もう一人の友達も
結婚や仕事など今の心境を話してくれた。
知り合った時期も
仲良くなった時期もそれぞれ違う。
取り巻く環境もどんどん変わっていく。
大きく前進している人もいるし
地味なくらいに一歩だけ
踏み出す人もいる。
それでも皆、確実に
前を向いて歩いているなと
ちょっと感動した。

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感傷に耽っていると
静かな特急電車の中で携帯が鳴る。
雑貨屋さんに立ち寄ってから帰ると
話していた友人の一人は
土地勘が全くない上に方角もわかっていない。
「大丈夫?帰れるの?」と私が心配しても
「大丈夫よ、それくら!!」と笑っていたが
予想通り、最寄駅に着いたものの
地下鉄の御堂筋線と合流するには
どこからどの線に乗るのか
わからないらしい。
駅員さんに聞いたほうが早いと思いながらも
一度、携帯を切り
乗換案内やら大阪地下鉄路線図を
調べてメールをするころには
「駅員さんに聞いたから大丈夫、ありがとう」
とメールが届いた。

電車の中で最後にバタバタしたが
今日もいい一日。
そう思ってもう一度
薄暗くなった街を車窓から眺めた。











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手紙
数カ月ぶりに会った友達の娘ちゃんの
Bちゃんが最近、元気がないことを知った。
「今、学校で一人でがんばっている」らしい。
多くを語らずに「一人でがんばっている」という言葉を
友達は母親として
どんな思いで口にしたのか
その言葉の深さを考えると
胸が締め付けられるように痛かった。
Bちゃんは私の携帯やカメラに笑顔でいたし
私の車に走って乗ってきて
いつも楽しそうにしていた。
仲間はずれにされているのか
クラスで馴染めなくなったのかは聞かなかった。
とにかく小さい女の子が集団の中で
“一人で”がんばっていることだけが
胸に響いた。
子供の問題だからと
母親である友達も先生も
今の所は見守っているしかないらしい。
ちょうどその前日
偶然、一冊の本を手に取った。

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近所の本屋の絵本コーナーは
スーパーの中にあるにしては充実している。
気になっていた絵本に
何度も出会ってびっくりしたことがある。
(読みたい雑誌や本はほとんと置いていないくせに)
暗い女の子の後姿のイラストが
一冊だけ飛び出して
その時、ちょこんと置いてあった。
作者が松谷みよ子だったので
迷わずページを捲った。

松谷みよ子さんの本は
子供の頃からたくさん読んだ。
大好きな『小さいモモちゃんシリーズ』や
表紙のイラストが今でも怖いけど
人が動物も自然も、
そして人を殺してしまうという
“公害”がテーマとなり
命の大切さなども描いた名作
『死の国からのバトン』
そして原爆を背景から描いた
『ふたりのイーダ』も忘れない。
感動したことと
こちらも表紙が怖かったのと
椅子が話すという設定が
今でも忘れられない本として残っている。

その日、私が手に取った絵本は
『わたしのいもうと』という
いじめがテーマのもので
道徳の教科書にも使われているらしい。
全編に漂う閉ざした心の暗さと重さを
私は受け止められないほど打ちのめされながら
夫を待たせていたので大慌てで
ページをめくった。
読み終わってどんより重たく落ち込み
この絵本に光を見つけることが出来なかったが
救いが一つあるとすれば
偕成社の〈絵本・平和のためにシリーズ〉に
この絵本が選ばれていることだった。
他の〈絵本・平和のために〉は
言葉の通り戦争の話だが
“人と違ったり差別から戦争は生まれる”という
解釈をされているらしく
松谷みよ子さん自身も最初は驚き
そして一人でも多くの人に
実話でもあるこの話を介して
問題提起できることを
喜んでおられたらしい。

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Bちゃんは一時間目から六時間目まで
小学校の長い授業の間にある
昼休みや休憩時間を
一人で過ごしているのだろうか。
楽しみな休み時間が
気が遠くなるほどの
長い長い時間になっているかも知れない。

思わず「手紙でも書くね~」と言ったら
「ありがとう、あの子喜ぶわ」と
友達は言ってくれた。
しかし、いったい何を書いたらいいのだろう。
急にお母さんの友達から手紙がきたら
Bちゃんは驚くだろう。
その“不自然さ”は怖いかも知れない。
そもそも小学校の何年で
どれくらい漢字を習うのかがわからない。
どこまで漢字で
どこまで平仮名で書けばいいのか。

私の話を書いたところで
面白くもないだろうし
Bちゃんは犬は苦手だけど
猫は好きらしいので
諭吉の変な顔の写真でも載せて
手紙を書いてみよう。
しかし本人的には必死で真面目にやったつもりが
出来上がったその手紙は
石田ゆりこ著『はなちゃんの夏休み』の
完全なパクリになった。
この本を好きで何度も読み過ぎたのだと
自分に言い訳をする。

これを読んでBちゃんはどう思うのかな。
手紙を書くのが大好きで
猫が大好きだから猫の手紙をくれたと
お母さんから説明してもらえばいいか。
内容の酷さは別として
Bちゃんのことを大切に思っている人間が
家族以外にもいるということが
形はどうあれ伝わればそれでいい。

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京都も三月に入って
急に暖かくなってきた。
毎日のように暗いニュースが続く日もあるけど
新学期が楽しみな子供や
明日を夢見て眠れる人達が
一人でも増えますように。






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[diary
2月22日
2月22日は猫の日であり
大好きなイロハベーカリーさん
3周年記念の日でもある。

去年は2周年ということで
職場の事務さんにお願いして
素敵なドールハウスを作ってもらった。
今年はどうするかとさんざん迷って
いろいろ考えて結局、お花にすることに。
アレンジをお願いしたのは
以前からとても気になっていた
甲子園(兵庫県)にあるハルキナさん。
店主さんに何度も電話で相談し
その度にきめ細かく対応して下さり
当日はかわいい素敵なお花が
ケーキのように届いたらしい。
あまり見たことのないような
小さな花達はみずみずしくてしなやかで
緑が多いアレンジも
3周年のお祝いにぴったりで感動した。
もちろんイロハベーカリーさんのご夫婦にも
とても喜んでいただけた。

R0017720[1]
*ハルキナさんからメールでいただいた写真

3周年の3は特別な数字に思えて
今回数字の『3』のお花を用意してもらった。
お経も3回だしヨガのマントラも3回。
三三七拍子とか、柏手も3回とか
おめでたい時にも『3』という数字は何かと使われて
区切りという意味でもきっと
いい数字だと個人的に勝手に思う。

私達が「美味しい」と言って
ペロッと食べてしまえるパンも
適当にパッパと作れるわけではない。
時間を変え、材料を変え
いくつも製法を分け
何十種類もパンを焼くパン屋さんという仕事は
パンの美味しさや柔らかさとは真逆かも知れない。
お花屋さんの仕事も
仕上がりしか見ていないけど
体力仕事だし手は冷たいし
きれいなものほど美味しいものほど
見えないところで皆さんがんばっている。
一日中一人でパンを焼いておられる
イロハベーカリーのご主人は
ボクシングで鍛えているとはいえ
かわいい奥さんが支えてくれているとはいえ
夕方にパンを買いに立ち寄ると
疲れてフラフラになっておられる時もあった。
体調を崩し仕事の合間に点滴に通われている時でも
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」と
レジで奥さんと話している私に
笑顔を向けてくれる姿は
オープン当時から何も変わらない。
美味しいパンを目指して
地に足をしっかりつけて
がんばっておられる姿はとても素敵だった。

奥さんは年に2回
「パンと暮らし展」という小さなイベントを
お店の片隅でやっている。
こちらも慎ましいくらい地味に
パン屋さんの一角に一時期だけ
雑貨やお菓子が並ぶ。
回を追うごとにディスプレイも
何もかもまとまってきて
小さくても続けることの大切さや
継続は力なんだということを
見せてもらっている感じ。
今回、友達のがなつみちゃん
去年に引き続きお菓子で
参加していることも嬉しい。

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うちの猫達は猫の日も関係なく
いつもと同じように過ごしている。
野良で助けられた諭吉も
ロシアンブルーだと言われて
段ボールに入れられていた桃ちゃんも
誕生日がわからないまま
年月は経っていく。

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それでも小さな命が生まれて
生きていることはおめでたいし
小さな町の小さなパン屋さんが
オープンした記念すべき2月22日も
毎年変わらずにおめでたい。

イロハベーカリーさん
3周年おめでとうございます。









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[ステキなお店
平城宮跡デビュー
何十回と近くを通っているのに
行ったことのなかった平城宮跡へ
ななちゃん(柴犬)と連れて行ってもらった。
案内してくれたのは
亀吉君とそのお母さん。

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ななちゃんには近所に一匹くらいしか
犬の友達がいない。
犬種だけの問題でもないと思うが
警戒心が強くて怖がりで
大きな犬は怖いから苦手で
小さな犬はうるさかったり
動きがちょこちょこして落ち着かないらしい。
どこでどんなわんこに会っても知らんぷりで
もちろん犬猫病院は最も嫌いな場所になる。
そんなななちゃんにとって
他のわんこと車に乗ることも“初”だし
一緒に歩くことも“初”。
なので途中、二回ほど吠えたけど
よーくがんばったと思う。

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亀吉君はななちゃんより一歳年上で
優しいわんこだった。
ななちゃんが落としたお菓子を取られると思って
急に吠えた時も
一瞬、後ろに回った亀吉君に
驚いて吠えた時も
向ってこないでちょっと困った顔だけして
吠えたり飛びかかる気配すらない。

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亀吉君の家族であるご夫婦から
溢れる愛情を全身で受け取り
どこからどうみても大切にされていて
見ているだけでこちらが癒されるような
毛並み、表情、しぐさ。
どれをとっても
“満たされている”“満ちている”感じ。
日々いろんなことはあるけど
優しい家族と美味しいご飯があれば
それだけで幸せになれるということを
亀吉君は全身で
教えてくれているような気がした。

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ななちゃんは亀吉くんの後をちょっとだけ
ついて歩くことも出来た。
自由に歩いたりちょっと離れて歩いたり
これだけでもななちゃんにとっては
大きな変化になる。
特にじゃれあうわけでもないけど
ななちゃんの表情は落ち着いていて嬉しそう。

ありがとう、亀吉君。
ずっとずっと元気でいてね。

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なのに、こんな写真でごめんなさい。
編集したら画質が荒くなってしまうので
結局そのまま載せました。

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[ななちゃん
壊れる
「この家は電化製品でも何でも
ほんまに物が壊れてばっかりや」
これは夫がぼやく言葉の一つだ。

深夜に聞いたことのないような音がしたと思ったら
ホットプレートが床に叩きつけられた。
ガラスの蓋がこなごなになり
ビーズの波のようになった。
残ったのは蓋の取っ手と輪っかだけなくらい
結晶のように割れたガラスは
大きな破片もない。
たまたまその日は
いつもは履かないスリッパを履いていたので
飛び散ったガラスは足の甲に
少し刺さったくらいですんだ。
大惨事になるくらいならと
夜中だけどすぐに掃除機をかけたので
猫達は寄ってきたけど傷もなかった。
大騒音のはずなのに
夫は爆睡、ななちゃん(犬)も泣かず。

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*突っ張りポールに乗っている諭吉の足を
 下のアングルから


飛び散ったガラスを片付けながら
前日に友達からもらった
メールのことを考えていた。
その人は文章を書くのもうまいけど
読むのもうまい。
なので私のメールに
暗さもネガティブさを表現せず
「一からやり直す」だの
「リセットする」という言葉で
こちらの今の心境を敏感に
読み取ってくれたらしい。

人が大きく生き方が変わる時
やるべきことが変わる時
いろんなものが手からこぼれ落ちて
すくってもすくっても拾えない。
何にも興味が持てなくて
自分をつまらない生き物のように感じる
頼りない時が続くものだと
自分の経験から思うから
きっと今が
その“変わる時”なんだと思うよ、とあった。

自分も他人も変わる時
その人がそのまま変わるような
大きくなったり縮んだりして
変化するような感覚を持っていた。
でも彼女がくれたメールを何度も読み
人は壊れないと
変わらないのかも知れないと
しみじみ思った。
皮膚のどこかが溶け出すような
内臓がねじれるような
楽しいだけではない
苦痛だったり孤独だったりする感覚。
何かしらの痛みも伴って
溶けたり壊れたりしながら
今までの自分を壊してしか
本当に変わっていけないのかも知れない。
この数ケ月間に私の心の中にあった
表現しにくい“どんより”とした気持ちの正体が
やっと解ってきた気がした。

気付かせてくれたその友人に
心から感謝した。
これはあくまでその友人に対してで
ホッとプレートを食器棚から蹴り落とした
諭吉(猫)には感謝していない。
諭吉は最近、食器棚の上から
一メートルほど前方にある
冷蔵庫の上に飛び移るのを
毎晩何度もやって楽しんでいる。
そのおかげでホットプレートは落下した。

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そしてもう一つ、最近のブームは
突っ張りポールの上を
綱渡りのように
段違い平行棒のようによろめきながら
歩くことらしい。
もちろん、手長猿のように
猫の手では突っ張りポールはつかめないので
何度も“落ちる”。
食器棚から冷蔵庫は
まだ落ちたことがないからと安心していたら
代わりに諭吉でなくホットプレートが落下した。
(少し前まで毎晩やっていた
 カーテンフック外しは終息した感じ)

その翌日になって
夫が靴ベラを折り
その翌日には更に
洗面所の脱衣カゴの
蓋まで割ってしまったことが発覚した。
脱衣カゴの上には
例の突っ張りポールがあるので
諭吉のせいだと思っていたのだが
どうやら夫らしい。
そして私に怒られるので
その割れた蓋は洗濯機の後ろに隠してあった。
問い詰めると
「諭吉は何を壊しても怒られへんけど
俺はどうせ怒られるから言わなかった」らしい。
確かに私はチビ達が危ない時は怒るけど
物を壊しても怒ったことがない。
怒っても壊れてしまったものは仕方がない。
しかし夫は違う。
車に関すること以外は
物の扱いがとにかく雑で乱暴なのだ。
なので何か夫が壊すと
「それみたことか」と怒ってきた。

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靴ベラは安いものなので
夫はこっそり自分のこずかいで買ってきた。
脱衣カゴは大きさも色も
苦労して探して探して買ったものだし
その代わりのものを
どうやって探してくるのか
いじわるな気持ちで様子を見ている。

「この家は物が壊れてばっかり」
この数日は私がその台詞を言っているが
夫は聞こえなかったように
今日もテレビを見て一人で笑っている。

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[diary
二月のある日、雪がハラハラ降る街中で
ばったりとYさんに会った。
特に親しいわけではないけど
何度も顔を合わせたり
少し話したことのある人だった。
寒い日だったので帽子を深めに被り
コロコロに着て巻いて防寒し
マスクまでしていた。
私から見えたのは両目だけで
眉毛すら見えない。
思わず声を掛けたら
その人はとても喜んでくれて
私まで幸せな気持ちになった。

IMGP0710.jpg

何年か前に短い期間に
続けて顔を合わせた人がいる。
私は一度で顔を覚えたが
その人が私の顔を覚えたのは
確か四度目か五度目だった。
「えっと、誰でしたか?」
もういいかげんに覚えただろうと挨拶すると
返ってくるそんな言葉に
毎回うんざりしながら
それでも声を掛ける懲りない自分が
おかしかったりした。
私は人の顔を覚えるのが得意だし
沖縄で会った人に
大阪でばったり会っても
わかったくらいの変な記憶力もある。
きっとこっちが覚え過ぎなんだろう。
それでも認知症のすぐ忘れる高齢者さんまでも
「覚えてるわよ」と言って
気を遣ってくれることもあるのに。

その人は正直と言えば正直なわけで
悪気は微塵もない。
しかし、どうがんばってもその人を
好きにはなれなかった。
言霊を意識して
悪口や汚い言葉を使いたくないと思えば思うほど
表現は湾曲して変な方向へ行き
その結果、どう表現しても「大嫌い」という言葉に繋がって
誰が聞いでもその人を私が嫌っていることは
明らかになってしまった。
それから何年にもなるが
やはりその人は嫌いなまま
年月は経っていく。

私にばったり会ってしまったYさんは
かわいくて感じのいい人だという
印象は以前から持っていたが
「声を掛けてくれてありがとう、嬉しかった」と
何度も笑顔で言ってくれたその日から
好きな人に変わった。
こんなに些細なことで
人は幸せな気分になるんだと思う。
この寒い冬を風邪などひかずに
暖かく過ごして欲しいと思った。
お腹に宿る小さな命があることを
きっと周りの人は気付かない。
冬は着込む人も多いので
周りの人に気付かれなくて
お腹にぶつかられたりしないかと
人混みに消える姿を見送りながら
勝手にヒヤヒヤ心配して
祈るように見つめていた。

IMGP0717.jpg

それから数日後の新月の日
朝日カルチャーの気功の講座で
一年振りに“まさるさん”と出逢った。
ちょうど一年前の気功の講座で
隣の席に座っていた彼女。
私が“石井ゆかりのスケジュール帳”を持っていたので
それがきっかけで話した北海道在住の人。
もちろん私が気付いて声を掛けたら
まさるさんもすぐに思い出して
私が彼女の顔を覚えていたことを
とても喜んでくれた。
話が弾んでその後、お茶を飲みに行き
数日後に丸一日
一緒に出掛けることになった。

高齢者と関わる仕事をしていると
初対面の高齢者さんに名乗る度に
「ごめんね、せっかく挨拶してくれても
名前も顔もすぐ忘れて覚えられないの」とよく言われた。
そんな時、私はいつも自信たっぷりに言っていたっけ。
「大丈夫です、私は覚えていますから」
すると高齢者さんは皆
安心したように笑顔を返してくれた。
それはきっと高齢者さんだけでなく
どんな年代の人でも同じなのかも知れない。
相手が忘れていても
こっちが覚えていればいいわけだし
相手が見つけられなくても
こっちが見つければいい。
余計な期待はしない。
そして覚えていた時や見つけられた時
相手が嬉しそうにしてくれたら
やっぱり見つけたり覚えていた
私もとても嬉しい。
いろんな人がいるけど
小さなことを喜べる人と
これからもつきあっていきたいし
些細なことで幸せを感じられる
自分を忘れたくないと思う。

IMGP0708.jpg

北海道のまさるさんは
京都の貴船や鞍馬に方面に行ったり
フタバの豆餅を食べたかったらしい。
(↑京都では有名)
が、私と再会したせいで
方角にして180度変わって
三輪素麺やら鹿のハンカチなど
細々とお土産を買って
帰ることになった。
もしあの時、声を掛けなければ
今頃北海道へ帰って
「フタバの豆餅って最高~」などと
言っていたかも知れないのに。
まぁ、それは次の機会にしてもらおう。
その日の話は
又、ゆっくり近日中に書く予定です。

*写真と文章は全くの無関係です。
寒いのでくっついて寝ている諭吉と桃ちゃん。

























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はなちゃんの夏休み
ほぼ日の夏と冬の連載でおなじみの
「はなちゃんの夏休み」が先日発売された。
ひらがなたっぷりの文章で
子供への読み聞かせにもいいかも知れないけど
大人にこそ読んで欲しい。
ボロボロに傷ついた時
支えてくれたり力をくれる本は
難しい本や有名な哲学書ではなく
限りなくシンプルで優しい言葉なんだと思う。
この連載を夏と冬に読みながら
何度笑って、何度泣いたかわからないくらい
はなちゃんの手紙は楽しくてかわいくて
石田ゆり子さんの間に入る文章は優しい。
「犬は愛。愛するために愛されるために」って
その言葉が初めて目に写った時
絶句してただ泣いた。

IMGP0671.jpg

書店でも置いてあるので
ぜひ覗いてみて下さい。
私は久々にちょっと気合を入れて
アマゾンのレビューを書いた。
あっ、でももちろん買ったのはほぼ日からで
予約特典の
『毎日が夏休みカレンダー』や
『はなちゃんからのメール』が欲しかったから。
送料は630円かかって
しっかりほぼ日の戦略にはまった感じ。
(アマゾンだと送料は無料らしい)
はなちゃんからメールが届いた日は飛び上がって喜んで
そこに私のフルネームが書いてあった時
昔々、ロンパールームで
名前を呼ばれた時の気持ちを
久々に思い出してワクワクした。
(渡辺真理さんも同じ表現でびっくり)
PVもかわいいのでぜひ♪⇒はなちゃんの夏休みPV


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たえさんの思い出 ~その一~
百貨店の包装紙に入った箱が
ある日、我が家に届いた。
差出人を見て私の大好きだった
“たえさん(仮名)”が天国に逝ってから
もう49日が過ぎたことを知る。
今まで何度も老人ホームで
見送った人のことをこのブログにも
書いたことはあるが
たえさんは又、私にとって特別な存在だった。
いつか書こうと思っていたけど
かなりのパワーがいるので
今回はそのたえさんの話の“その一”を
また近いうちに続き“その二”を書く予定です。

介護スタッフの“Sさん”との面談の日は
いつも何を話していいのか悩んだ。
課題のあるスタッフさんだと
どう言えば真意が伝わるのか
どこまで言うのかなど
考えることは沢山ある。
ところがSさんにはこれと言って
課題が見つからない。
Sさんは良く出来た人だった。
大学卒業と同時に
相談業務なども出来る資格も持っていて
パートのヘルパーさんとして働いてもらうのは
申し訳ないくらいで
とにかく頭が良くて気が利き
明るくて前向き。
スタッフも入居者さんも皆、
Sさんが好きだったし
もちろん私も大好きなスタッフさんだった。
それでも面談で褒めちぎってばかりなのも
おだてて働いてもらっているみたいだし
自分の無能さを強調している気もした。

IMGP0480.jpg

ある時、面談で一通り話し終わった頃
Sさんが口を開いた。
「あの、私の肌のことで
何かクレームは来ていませんか?
もしあったら気にせずに
正直に言って下さいね」
私は絶句した後
「何のクレームもきていないから
 安心して働いてね」と伝えた。
そう答えるのが精一杯だった。

Sさんはアレルギーがあって
顔や手が荒れていることがあった。
あまり目立たない時もあったけど
かなり痛そうというか辛そうな日もある。
介護の仕事はとにかく何度も手を洗う。
手を洗うたびに石鹸も使うので
あちこち手の指などから血が出て
いくつも絆創膏が貼ってある時は
手を洗うだけでも痛いだろう。
高齢者さんだけでなく
私達にもいつも優しく気を配っていた彼女が
おまけにそんなことまで気にして
働いていたのかと思うと
胸が締め付けられるように痛かった。

それから数ヶ月経った頃だろうか。
ある日の夕方、Sさんが事務所に飛び込んできた。
ご入居者さんの“たえさん”の話だった。
いつものように食事の前に
ベットに寝ているたえさんを起こしに行くと
こんな会話があったらしい。

たえさん:あんたの肌はほんまにきれいやな~

Sさん: どこがですか?きれいじゃないですよ!!

たえさん:そんなことあらへん。あんたはきれいや。

Sさん: だって、ほら。
     手も顔もボロボロで
     あちこち血が出ているんですよ。

たえさん:大丈夫。あんたはきれいや。
     私がきれいって言ってるんや!
     自分の肌、大事にしいや。
     大切にしいや。

絆創膏があちこち貼られたSさんの手を
たえさんは何度も撫でながら
そう言ったらしい。
そしてとても嬉しかったと
Sさんは語ってくれた。
「あんなこと言われたの初めて!
 自分の肌、大切にしよう。
 そう、大事にしようと思った」と。

IMGP0477.jpg

肌を気にしているであろう人に
わざわざ誰もその話をしなかったし
するのも酷だと思っていた。
でもたえさんは真正面から
言い切ってくれたのだ。
たえさんは認知症で日によってかなり
気持ちに波がある方だった。
ののしるほど口の悪い時もあったけど
ご機嫌な時はスタッフを
笑顔で誉めちぎってくれたりもした。
そうかと思うと本気で
真剣に気持ちを語ってくれることもあった。
ご家族に聞けば昔からとても情の深い
優しい人だったらしい。
自分に接してくれる優しいスタッフを見て
きっとお世辞でなく本気で
「きれい」と思ってくれたのだろう。
そもそもきれいな肌の基準が
決まっているわけでもない。
真っ白でシミ一つない若い肌も
シミやシワがいっぱいの高齢者さんの肌も
それぞれがきれいで
誰かと比べるものでもない。
そう思っていたとしても
私や他のスタッフが同じことを言うと
嫌味にしか聞こえないかも知れない。
それは、たえさんにしか言えない言葉で
たえさんの言葉だからSさんに響いた。

Sさんは私より数年早く職場を去った。
他の福祉や介護の世界も見てみたいと言う気持ちを
誰も止めることが出来なかった。
                                
大人になってから
自分の自信のない部分も丸ごと
全面的に受け止めてくれる人に出逢えたという事は
とても幸せなことだと思う。
私もたえさんに
大きな愛で包んでもらったことを
いつでも思い出せて
その度に温かい気持ちが溢れてくる。

IMGP0475.jpg

たえさんは私やSさんに
自分が優しい言葉を掛けたことも
翌日にはとっくに忘れていた。
たえさんが生きていた日も
そして天国に逝った今もきっと
「そんなこと言うたかいな」と
笑っているに違いない。
私にとってもSさんにとっても
たえさんの言葉は
色あせることなく
これからも心の支えになっている。

*写真と文は全く無関係です。
一月の長谷寺にて  








   
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[仕事のこと
人と人との間
去年の春からちょこちょこと遊びに行っている
ミシマ社さん
写真のことでイベントがあった。
カメラマンの青山さんがやってきて
ミシマ社さんの代表、三島さんに
カメラの撮り方のレクチャーなどもあるらしい。
青山さんと言えば、以前このブログでも紹介したが
芸能人の写真なども撮っておられるが
サラリーマンに空を飛ばして
ソラリーマンなどでも有名なカメラマン。
以前からミシマ社さんに行きたいと
言ってくれていた友人達を誘って
四人で参加した。

IMGP0623.jpg

実は初参加だったミシマ社さんイベントだったが
とてもいい雰囲気だった。
日が暮れて次々に集まる人で
広い部屋が狭く埋まっていく。
青山さんが現れて
三島さんが写真を撮る為に
「誰か会場からモデルを選んで」と
ボランティアの学生さんに言うと
その彼はわざわざモデルさんを会場に呼んでいるのに
参加した一般の方を二回も続けて選び
笑いが起こり(演出ではないらしい)
会場は和やかな空気になる。
だって私も一緒に行った友人も
その彼と目が合うと
本気でその日のモデルに
指名されそうな気がしたくらいだった。

モデルの今中さんは透き通るような肌の
とってもかわいい人だった。
(青山さんの写真集のモデルさんでもあり
女優さんを目指している学生さんらしい)
スクリーンに映し出された
三島さんが撮ったばかりの写真は
ピンボケ写真も多かったが
青山さんのアドバイスももらって
どんどん自然で柔らかい表情になっていった。

花や自然はあまり撮らずに
人を撮る理由は
人は動いて予想できない。
こちらの思い通りには出来ないので
あきらめるしかない。
そして加工やCGに頼らないで
何もない所から生まれる個性というものを
強いて言うなら自分の個性だと思っている。
そして短時間でも枚数はかなり撮るらしい。
特に芸能人などの場合は
自分だけでなくモデル本人や事務所からのOKも必要だから
とにかく時間が短くても
相当な枚数を撮っている。

*メモを取っていなかったので
表現が微妙に違ったらすいません。

IMGP0464.jpg
   ↑モデルの今中さんを連写する三島さん

そんな青山さんのお話も
感動し、胸にしっかりと響いた。
私自身が花や自然を撮るより
どれだけブレてもボケても
人や動物など動くものを撮る方が
断然好きだからだと思う。
そして青山さん曰く
人と人の間にカメラがあるだけで
会話する中に写真がある。
写真用に構えた表情ではなく
会話の中でモデルとなる被写体が
自分に向けてくれる笑顔だったり
何かを思いながら考えたり想像し
話す自然な姿を撮る。
するとモデルさんが本来持つ素敵な表情が
引き出せるのかも知れないと思った。

IMGP0465.jpg

話は変わるがミシマ社さんの代表三島さんの奥さんである
“あきこさん”はとても可愛い人である。
私が連れて行った友人は皆、
その可愛さにびっくりし
「かわいい、素敵!!」と会った瞬間に叫ぶ人や
帰り道は「奥さんがかわいい」という話で盛り上がり
延々とその話ばかり続いたりもする。
三島さんより奥さんの方が
ミシマ社の前面というか
表舞台に出た方がいいとか
ああいう素敵な人ほど
あまり表には立たないのかもとか。
そういう所が又、いいとか
(好きなことを言ってすいません)
この日も私が一緒に行った友人達は
あきこさんを見て軽い興奮状態になった。
中には私があきこさんを紹介して
挨拶した直後から
あきこさんに向かってシャッターを押す人も。
カメラを手に持っている時に
目の前で素敵な笑顔の人が
自分に向かって笑ってくれたら
写真を撮らない方が不自然な気さえした。

このイベントで青山さんの話を聞いてから
私自身が人を撮る時、変わってきた。
今までならこっち(カメラ側)を向いてもらっていたが
“その人と話しながら自然に撮る”
“誰かと話している所を横から撮る”などして
なるべく構えてもらわずに
何度もシャッターを押す。
そんな風にやっていると
何枚も何十枚も撮れば
奇跡のような写真はきっと
誰にでも撮れるような気がした。

ミシマ社さんとは全然関係ないが
こちらの写真は先日撮ったばかりのもの。
ここ数か月、毎日のように一緒に過ごした人達。
(SさんとYさんも)
私の写真が急に上手くなったのではなく
モデルがいいだけだけど
この写真、かなり気に入った!(←自己満足)

彼女たちの優しさや
一緒に過ごした二度と戻らない柔らかな時間を
きっとこれからも私は
写真を見る度に思い出すのだと思う。

IMGP0575 (2)
IMGP0582 (2)
   ~出逢えた奇跡と心からの感謝を込めて~


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[カメラ
掲載のそのあと
一月、とっても忙しくて
書きたいことがたくさんある割に
なかなか更新出来なかった。
そんな中でも覗いて下さった皆さんごめんなさい。
来月は少し余裕があるので
ゆっくり書いていけたらいいなと思っています。

まずは最近の諭吉の事を。

IMGP0564.jpg
   ガスファンヒーターの温風を全身で受けている

雑誌“クロワッサン”に諭吉の写真が載って
二週間が過ぎた。
嬉しかったのは写真が載ったことだけでなく
友人からの優しいメールや電話だった。
このブログで見慣れているであろう
“岩塩ランプに乗った諭吉”の小さな写真なのに
クロワッサンをわざわざ買ってくれたり
写真に撮って送ってくれたり
私の文章や名前が印刷されて
載っているということを
とても感動して喜んで下さる人もいて
嬉しい限り。
本当にありがとうございました。

_IGP9469.jpg
 諭吉のカーテンはずし ①最初は少しだけ遠慮がちに

_IGP9445.jpg
   ②そして~どんどん大胆に

そんな諭吉は最近
ことごとく私の邪魔をして過ごしている。
PCを触っているとキーボードに飛び乗って
そこからジャンプしてカーテンをはずそうとする。
おかげで今までに何度も
書き込んだメールや文章がぶっ飛んだ。
先日からこたつの上にいっぱいに広げて
あれこれ勉強していると
そのノートや本の上に乗っかってきて
ジャンプして部屋の照明を消そうとしたり。
どれだけバタバタしていても知らんふりで
本を読んだり勉強していると
膝の上で突然吐いたり。
そんな子だけど夜は布団に入ってきて
丸まって寝ている姿はいつになってもかわいくて
結局どれだけ怒っていても
一日の終わりには許してしまうのが
私の当たり前の日常の一つである。

現在、発売されている雑誌の“通販生活”は
籠に入ったり頭に何か乗せられても落ち着いている
有名な“かご猫ちゃん”が載っている。

catalog_l[1]

この通販生活は猫漫画のページがあって
ここに写真が採用されれば
3000円の図書券がもらえるらしい。
クロワッサンに載ったことで調子にのった私は
そのことをテレビを見ている夫に話した。
その時、ガスファンヒーターの前で、
ぼーっとしていた諭吉が横にいたので
諭吉の頭にも何か乗せてみようかということなり
雑誌何冊かを乗せてみたが
暑さでぼーっとしているのか
全く嫌がらずに本を乗せたままで寝ていた。

その夜、私は友達と電話をしていた。
話に夢中になって電話を切った時
そこにはさっき諭吉の頭に乗せていた
雑誌が三冊あった。
諭吉が載ったクロワッサン
かご猫が表紙の通販生活
そしてもう一冊、定期購読している雑誌。
気のせいか嫌な匂いがするなと思ったら
通販生活の雑誌にだけ
諭吉はたっぷりおしっこをしていて
持ち上げると滴り落ちて
ホットカーペットまで広がり大騒ぎ。
これは諭吉なりの意思表示なのか。

とりあえず目先の何かに目が眩んで
諭吉の写真を送るのは
止めておこうと思った。



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[諭吉
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