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Posted by 諭吉セブン
 
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大好きな人
明けましておめでとうございます。

諭吉セブンを読んで下さり
ありがとうございます。
皆さんにとって2014年
素敵な時間が訪れるますように。

年末に更新の予定が
年が明けてしまいました。
去年出会った素敵な女性の話を~

IMGP1820.jpg

悦子さんは一人で暮らしている
私が働いているデイサービスに
週一回通ってくれている高齢者さん。
“シロちゃん”と“クロちゃん”という
2匹の猫が彼女の家族で
結婚した子供さん達は別々に暮らしている。

40代前半にご主人を亡くし
ご主人は会社をやっていたので
経営できずに残った借金を背負った。
自分や子供達だけなら何とか食べていけても
その返済は大変だったらしい。
子供達はまだ小さかったが
いくつもの仕事を掛け持ちしながら
必死で働いてきた。
そんなお母さんを見て
小学校の間から自炊できるほど
子供達はしっかり家事をやってくれたらしい。

ご主人の話をする時は
まるでほんの少し前に亡くなったように
「おとうちゃんがね~」と
話をされることがよくある。
悦子さんの年からすると
ご主人はもう40年以上前に亡くなっている。
私も他の人もそれを不思議に思って
聞いてみたことがあるが
「だって今でも死んじゃったっていう実感がないの。
倒れて一日半でいなくなったから」
悦子さんは笑ってそう語る。

悦子さんはご主人が亡くなってから
ずっと同じアパートに住み続けている。
お風呂やトイレはあるものの
壁にはあちこち亀裂が入る
かなりのボロボロさで
周りの住人も怪しい。(ごめんなさい)
足の悪い悦子さんには
入口の段差もきつくて大変そうだ。
すぐ近くに私大があるが
今時の学生は入らないだろう。
なので不動産屋の入居者募集看板が
いくつもあることで空室が際立って目立つ気がする。

「広さもちょうどいいし、
猫も一緒にいられるし
私にはあのアパートがあっているの」
悦子さんは自分の住むアパートのことを
そう話してくれたことがある。
もっときれいで安全な所があるだろうし
家賃も公共の団地のほうが
安いと思うのだが
そんなことは私から言えない。

デイサービスに来られる方の貧富の差は
服装などの見た目でなく
送迎の時にわかることが多い。
利用者さん同志は乗り合いバスのような状態で
それぞれの家の前まで送迎するので
「こんな所に住んでるの」と
料亭の様な門構えの豪邸から
人が住んでいるとは思えないような家まで
一人一人送迎のたびに
絶句されたり感心したり、だ。

IMGP1826.jpg

もともと悦子さんは楽天的な人らしく
苦労を苦労とも思っていないと話し
とにかくずーっと楽しそうなのだ。
悦子さんはそんな自分の性格を
「私、パッパカパーンだから」と言う。
きっとパッパラパーとか
開けっぴろげという意味の言葉を
いいたいのだと思う。

IMGP1823.jpg

「京都に出てきて良かったわ。
おとうちゃんに会えたから」

はかり知れないほど苦労してきただろうに
今でもご主人のことが大好きで
楽しそうにそう話す悦子さんは
75歳まで働きづめだったようだ。

悦子さんはいつも笑っていて
デイサービスでも人気者だが
悦子さんの住むアパートを見た人は
帰り道で無言になるか
「みんな大変やけど頑張ってるんや」
と呟くかのどちらかになる。

しかし、他人からどう見られようが
悦子さんの人生はきっと
幸せなのだろうとも思う。

「私がもし作家にでもなったら
悦子さんの人生を書いてみますね」
と言ってみると
「キャー、私の人生なんてめちゃくちゃよ」
と涙が出るほど爆笑しながら言ってくれた。
「いい人生っていうか、面白かったわよ」
「いろんなことやったからね」

2013年、うまくいったこと
うまくいかなかったこと。
夢と現実は違うことも多いけど
何があっても受け止めて
悦子さんのように
いつも前に向って進んでいきたいと思う。
「いい人生だった」と
振り返って笑顔で語れるように。
大好きな人は
何年経っても何があっても
ずっと大好きでいられるように。

IMGP1925.jpg

2013年の最後に
友人へ送った本(写真集)はこれ。
光を見失いかけながらも
今ここにある幸せに感謝して
歩き出した友人へ。
あなたの友達であることを
誇りに思います。
ありがとう。

表紙はシロクマが犬を食べているのでなく
抱きしめている写真。
大好きな写真家、タクマクニヒロ氏の
ブログで紹介されたもの。
HUG friend 小学館より
写真/丹葉暁弥氏
文/ひすいこたろう


*最後の写真以外は記事と写真は無関係です。
11月に訪れた出雲大社から




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Posted by 諭吉セブン
comment:2  
[仕事のこと
わけあう~後編~
霧から抜けるように
何かを超えた気がしたのは
出雲大社から戻ってすぐだった。
それまで考えていた
自分の力ではどうしようもできないこと。
重なって起こる予想出来ないことは
自分自身と向き合うチャンスでもあり
今はその時間だと思っていた。
でも何かが違う。

目の前に起こることに
ただ流されているように見えても
一つ一つ乗り越えていくしかないし
自分を見つめたり向き合う時間が
もう私には必要ない。

IMGP1870.jpg
兵庫県三田市にある“うわのそらさん”
これはクリスマスだけ出るサンタらしい。


そんなことを思っていた直後
他事業所の開所式に呼ばれていったその席で
突然吉報が届いた。
社内のデイサービス部門で
私の働く職場は
“顧客満足度アンケート調査”で
何と全国第一位に選ばれたらしい。
お客さんが書いてくれたアンケートは
確かに恥しいくらい、いい内容だった。
新しい事業所でこれは異例のことで
奇跡の様なことだそう。
入社して8ヶ月、私を誉めた事のない上司が
初めて誉め言葉を口にした。
「何にしても一番ってことはすごいことやから」

口を聞いたことのない役員や
挨拶しかしていない、よその所長にも
「すごいな、おめでとう」と握手を求められたが
全く実感が持てなかった。
「社内の一位なんて、誉められるほどでもないわ」とか
「この会社、レベル低いのかも」と
素直に喜べない私がいた。

翌日、スタッフに報告すると
とても喜んでくれた。
後で知ったのだが
本社から表彰されて報酬金は5万円ももらえるらしい。
報酬金の使道は
スタッフで分けることも出来るのだけど
「デイサービスで出来るゲームとか運動機器を買おう」と
皆、目をキラキラさせて言ってくれた。

時間を置いて冷静に考えると
一位になるには確かな理由があると感じる。
TちゃんもMちゃんも
自信がないからこそ
いつも利用者さん(高齢者のお客さん)の気持ちを
真っ直ぐに考えて接してくれていたのだ。
はっきり言って要領のよくない分
スタッフは一生懸命接している。
無難にこなすことが出来ない分
いつも真剣だった。

「どうすれば利用者さんが喜んでくれるか」
「今日、楽しんで帰ってくれたかな」

そんなことばかり考えていたスタッフの気持ちを
利用者さんはちゃん感じてくれていたのだと思う。
その結果のアンケートだ。

IMGP1889.jpg

利用者さん達もこの“全国で一位”という結果を知り
驚くほどに喜んで下さった。
まるで自分が誉められたかのように
「よかった、よかった」と盛り上がる。
12月に入り、本社から賞状をもらってきてからは
毎日のように賞状を持って
記念撮影で更に盛り上がっている。

「来年もがんばろう!!」

そう言いながら張り切っているのは
スタッフでなく利用者さん達だ。
「それ、私達が言う事なんやけど」
心の中で思いながらもスタッフは全員嬉しそう。

最初はあまり喜んでいなかった私だが
スタッフも喜んでくれて
利用者さんも喜んでくれて
何度も記念写真に写り
日を追うごとに嬉しくなってきた。

小さな奇跡が起こって
それを分かち合えることの幸せを
私は数年振りに感じだまま
12月を過ごしている。
皆さん本当にありがとう。

IMGP1911.jpg
イロハベーカリーさんのシュトーレン。
今年は谷口真由美さんのイラストが包装紙になっていて
美味しい上に飛び切りのかわいさ!


そんなわけで
がっつり仕事のクリスマスも
楽しく過ごせそうな感じです。
個人的に苦手だったことも
いろんな人のおかげで
最近はちゃんと出来るようになってきたし。
(これは又、後日)

このブログを読んで下さっている方にも
素敵なクリスマスが訪れますように。
  メリークリスマス♪

*写真と記事は一切無関係です。






Posted by 諭吉セブン
comment:3  
[仕事のこと
わけあう ~前編~
嫌な事、苦手なことはやりたくない。
好きな事だけやって生きていたい。
それは誰でも思うこと。

IMGP1834.jpg

4月から働いているデイサービスで
入社したその日から「所長」と呼ばれた。
前職では長く老人ホームで働いてきたが
そことは書類が全然異なっている。
一括して各ホームの分をまとめ
本社でやってくれた介護保険関連の請求や
回収などの業務も
これからは各事業所で完結しなければならない。

立ち上げたばかりのデイサービスで
予想を超える手強さにプラスして
いろんなことが細かい。
ISOなどの知っている言葉から
QMSやEMSという初めて聞く言葉がいっぱいで
  QMS/品質マネジメントシステム
   EMS/環境マネジメントシステム

書類の数が恐ろしく多い。
本社は驚く細かさで
大雑把な私には苦手な業務が多すぎた。
何度も転職しているが
入社直後から
「社風が合わない」と
思うのは初めてだなと思った。

IMGP1840.jpg
IMGP1841.jpg

私は勘がいいはずなのに?
前に進めばいい時はスイスイと進めるし
上手くいかない時は必ずといっていいほど
何か理由があるはずだ。
そう思うことが日常に続いて起こるのは
気功を習い出してここ数年は
確信になってきているはずなのに。
「きっとここで働く意味があるはず」と
残業でくたくたになるたびに
何度も言い聞かしては帰路につく。
頼りにして慕ってくれるスタッフさんや
デイサービスにくることを
生きがいにしている高齢者さんを想うと
上がり切らない自分のモチベーションのまま
働いていることに後ろめたさを感じた。

そして、一緒に働くスタッフの
TちゃんとMちゃんの姿を見ていると
もう少しがんばらなきゃなと思う。

IMGP1837.jpg

Tちゃんは誰が見てもかわいい子で頭もいい。
毎朝、誰よりも早く出社して準備してくれる。
人より出来ていることがいっぱいあるのに
何をやっても自信がない。
一番苦手なことは
社員必須の車の運転だ。
狭路で対向車が来るとパニックになって走れない。
急発進、急ブレーキも多く
私は助手席にいて
何度も彼女と心中する所だった。

Mちゃんはだんなに暴力を振るわれて
他府県から子供と一緒にこの街に来た。
彼女はDV被害者用の母子シェルターに住んでいる。
コミュニケーション能力はすこぶる高いが
大きな声で怒鳴られると
だんなのことを思い出すのか
怖くて号泣してしまう。
認知症の高齢者さんが
大声を出すと怖がるし
お客様の送迎中に
乱暴なタクシーや
他府県ナンバーの車から怒鳴られては
戻ってきて事務所で泣いていた。
(車が渋滞していることが多い観光地に職場があるので)

しかしこの二人、不思議なことに逃げない。
Tちゃんは震えながらも
ハンドルを又、持とうとする。
人には適性ってものがあるし
運転は人の命を預かるものだから
Tちゃんはまだ一人では
ハンドルを握らないようにして
同乗で必ず誰かスタッフが乗るようにしている。
Tちゃんは自費でペーパードライバー教習を
2回も受けに行ったりもした。
(悲しいけどあまり成果はなかった)

IMGP1838.jpg

Mちゃんは怒鳴られて帰ってきても
涙を拭いて又、笑顔でフロアに戻っていく。
怒鳴られなくてもいい仕事は
きっと他にいくらでもあるのに。

この二人を見守りながら
私自身もここから逃げてはいけない、と思う。
何が起こっても
落ち着いてどーんと構えていよう。
仕事はMAXの気持ちで臨めなくてもいい。
そんな気持ちで毎日が過ぎた。

そして11月に念願だった
出雲大社に参拝した直後
突然、小さな奇跡が起こっていく。

 
                 <続く>

*写真と記事は全くの無関係です。
大阪の中崎町にて。
“うてな喫茶店”は店内も看板もトイレも
どこをとっても可愛い!
もちろんコーヒーも美味しかったです~

Posted by 諭吉セブン
comment:0  
[仕事のこと
おきみやげ
ブログを休んでいた4ケ月間に
いろんなことがあった。
少し仕事のことを書こうと思う。
ブログの再開にあたって
久々の長文をどうぞ。

これは数ケ月前に
糸井氏のサイトに
全文載せていただいたもの。
ブログでは緩く変えてみたけど
両方読んでくれている人がいたら
パクリに思われるかも?知れない。


デイサービスに通う誠さん(仮名)は
生活保護を受給している。
築40年以上の古いアパートに一人で暮らし
持病を持ちながらも家事をがんばっている。
楽しみといえば週末に娘さんの家に遊びにいくことと
週に一度だけ私の働くデイサービスに通うこと。
特に趣味もなく、地味で実直に過ごされている。

家はいつもきれいに片付いているし
服装も洗濯のしてある小奇麗なもの。
髭もきっちりと剃ってあって
単身で暮らす80代半ばの男性とは思えないほど
清潔感がある。

大工さんをされていた誠さんは
奥さんを数年前に失くされている。
それまでは家事もなにもやらなかったと
若い時から酒ばかり飲んで奥さんに迷惑をかけたらしい。

不器用だけど優しい人で
デイサービスでも認知症の人が困っていると
すぐにスタッフに教えてくれたり
トイレを失敗した人を
「わしもそんなこと、あるで」と励ましてくれる。
普段の生活でも
老夫婦が住むアパートの隣の部屋から
「助けて」と声が聞こえたので行ってみると
お婆さんがベットから落ち
それを助けようとしたお爺さんが尻餅をついていた所だった。
お婆さんをベットに抱き上げ
お爺さんを椅子に座らせ
自分も腰が悪いので更に腰が痛かったと
笑っていた。
又、ある時には
アパートの廊下で倒れている人がいて
救急車を呼んだものの
誰もついて行く人がいないので
家族に間違われて
救急車に乗せられたり。
困っている人をほっておけない性格らしい。

8月のお盆を過ぎた頃
役所から突然、通知が来た。
内容は
“そちらに通われている〇〇誠さんの
生活保護受給を取り消します”というもの。
デイサービスの事務所は騒然となった。
生活保護を受けているけど
生活ぶりが目に余るほど派手で
通報されるような感じでない。
若い時ならともかく、
80を過ぎた今から
誠さんが働くわけでもないだろう。

高齢になってから『取り消し』という利用者さんは
あまり聞いたことがない。
「何があったんやろう?」
「これからどうやって生活していくんやろう?」
皆で心配したが本人にはなかなか聞きづらくて
デイサービスではその話ばかりだった。

数日後、誠さんはデイサービスに来る車の中で
今回の経緯を話してくれた。

ばあさん(奥さん)が病気で死んでしまった当時
もうどうしていいかわからなかった。
家事も何もしたことがない。
お金のやりくりもしたことがない。
全部奥さんにまかせていた。
奥さんは税金の支払いを溜めるだけ溜めていて
その他にも何かあったようだ。
一人になって呆然としている誠さんの所へ
督促がバンバンきたが、それも到底払えない。
一人では何も出来ず
これからどう生きていったらいいのかもわからない。

とりあえず税金の納付書を全部持ち
役所に駆け込んだ。
すると係の人がテキパキと手続し
生活保護を受けることになった。
ずーっと働いてきたことを思うと抵抗がある。
娘に話すと嫌がられたが
目の前の生活を考えると
しばらくの間は(生活保護を受けて)お世話になろうと思った。

誠さんはそこから奮闘した。
80を過ぎてから
初めてご飯を炊いた。
初めて魚を焼き、初めて野菜を煮た。
もともと丁寧な仕事が自慢の大工だったから
やりだしたらきっちり何でもやった。
自炊が一番お金がかからないので
質素なおかずだけどがんばっているうちに
食べられるものが作れるようになって
すっかり自炊に慣れてきた。
部屋も散らからないように片付けて
髭もきちんと剃った。
奥さんのお墓参りの前には
毎回、散髪に行くのも習慣になった。

そして今年の夏の初めに
奥さんの3回目の命日を迎えた。
もういいだろう、何とかやっていけそうだと
役所に自ら出向き
「生活保護の申請を取り下げたい」と係の人に伝えた。
係の人はびっくりされ
「えっ、本当に大丈夫なんですね?」と
何度も聞かれたらしい。
「お世話になりました。ありがとう」
そう言って誠さんは区役所を出てきた。

「(墓前で)ばあさんにも報告もしてきたし
3年を目途に出来たらと思ってたからなぁ」
清々しい笑顔で話す誠さんの横顔には
曇りのない笑顔と達成感が見えた。

IMGP1848.jpg

奥さんの“おきみやげ”に
最初は絶望していた誠さん。
しかし、そのおかげで誠さんは
自立して生活を立て直した。
今まで疎遠だった娘さんは
そんなお父さんの姿を遠くから見守り
週末に家に呼ぶようになり
「一緒に暮らそう」と
最近では言い出してくれているらしい。

奥さんは今ごろ
あの世で喜んでいるだろう。
これはきっと残していく夫への
限りない愛情でもあり
決死の作戦だったのかも知れない。

*写真と文章は一切無関係です。
Posted by 諭吉セブン
comment:5  
[仕事のこと
たえさんの思い出 ~その一~
百貨店の包装紙に入った箱が
ある日、我が家に届いた。
差出人を見て私の大好きだった
“たえさん(仮名)”が天国に逝ってから
もう49日が過ぎたことを知る。
今まで何度も老人ホームで
見送った人のことをこのブログにも
書いたことはあるが
たえさんは又、私にとって特別な存在だった。
いつか書こうと思っていたけど
かなりのパワーがいるので
今回はそのたえさんの話の“その一”を
また近いうちに続き“その二”を書く予定です。

介護スタッフの“Sさん”との面談の日は
いつも何を話していいのか悩んだ。
課題のあるスタッフさんだと
どう言えば真意が伝わるのか
どこまで言うのかなど
考えることは沢山ある。
ところがSさんにはこれと言って
課題が見つからない。
Sさんは良く出来た人だった。
大学卒業と同時に
相談業務なども出来る資格も持っていて
パートのヘルパーさんとして働いてもらうのは
申し訳ないくらいで
とにかく頭が良くて気が利き
明るくて前向き。
スタッフも入居者さんも皆、
Sさんが好きだったし
もちろん私も大好きなスタッフさんだった。
それでも面談で褒めちぎってばかりなのも
おだてて働いてもらっているみたいだし
自分の無能さを強調している気もした。

IMGP0480.jpg

ある時、面談で一通り話し終わった頃
Sさんが口を開いた。
「あの、私の肌のことで
何かクレームは来ていませんか?
もしあったら気にせずに
正直に言って下さいね」
私は絶句した後
「何のクレームもきていないから
 安心して働いてね」と伝えた。
そう答えるのが精一杯だった。

Sさんはアレルギーがあって
顔や手が荒れていることがあった。
あまり目立たない時もあったけど
かなり痛そうというか辛そうな日もある。
介護の仕事はとにかく何度も手を洗う。
手を洗うたびに石鹸も使うので
あちこち手の指などから血が出て
いくつも絆創膏が貼ってある時は
手を洗うだけでも痛いだろう。
高齢者さんだけでなく
私達にもいつも優しく気を配っていた彼女が
おまけにそんなことまで気にして
働いていたのかと思うと
胸が締め付けられるように痛かった。

それから数ヶ月経った頃だろうか。
ある日の夕方、Sさんが事務所に飛び込んできた。
ご入居者さんの“たえさん”の話だった。
いつものように食事の前に
ベットに寝ているたえさんを起こしに行くと
こんな会話があったらしい。

たえさん:あんたの肌はほんまにきれいやな~

Sさん: どこがですか?きれいじゃないですよ!!

たえさん:そんなことあらへん。あんたはきれいや。

Sさん: だって、ほら。
     手も顔もボロボロで
     あちこち血が出ているんですよ。

たえさん:大丈夫。あんたはきれいや。
     私がきれいって言ってるんや!
     自分の肌、大事にしいや。
     大切にしいや。

絆創膏があちこち貼られたSさんの手を
たえさんは何度も撫でながら
そう言ったらしい。
そしてとても嬉しかったと
Sさんは語ってくれた。
「あんなこと言われたの初めて!
 自分の肌、大切にしよう。
 そう、大事にしようと思った」と。

IMGP0477.jpg

肌を気にしているであろう人に
わざわざ誰もその話をしなかったし
するのも酷だと思っていた。
でもたえさんは真正面から
言い切ってくれたのだ。
たえさんは認知症で日によってかなり
気持ちに波がある方だった。
ののしるほど口の悪い時もあったけど
ご機嫌な時はスタッフを
笑顔で誉めちぎってくれたりもした。
そうかと思うと本気で
真剣に気持ちを語ってくれることもあった。
ご家族に聞けば昔からとても情の深い
優しい人だったらしい。
自分に接してくれる優しいスタッフを見て
きっとお世辞でなく本気で
「きれい」と思ってくれたのだろう。
そもそもきれいな肌の基準が
決まっているわけでもない。
真っ白でシミ一つない若い肌も
シミやシワがいっぱいの高齢者さんの肌も
それぞれがきれいで
誰かと比べるものでもない。
そう思っていたとしても
私や他のスタッフが同じことを言うと
嫌味にしか聞こえないかも知れない。
それは、たえさんにしか言えない言葉で
たえさんの言葉だからSさんに響いた。

Sさんは私より数年早く職場を去った。
他の福祉や介護の世界も見てみたいと言う気持ちを
誰も止めることが出来なかった。
                                
大人になってから
自分の自信のない部分も丸ごと
全面的に受け止めてくれる人に出逢えたという事は
とても幸せなことだと思う。
私もたえさんに
大きな愛で包んでもらったことを
いつでも思い出せて
その度に温かい気持ちが溢れてくる。

IMGP0475.jpg

たえさんは私やSさんに
自分が優しい言葉を掛けたことも
翌日にはとっくに忘れていた。
たえさんが生きていた日も
そして天国に逝った今もきっと
「そんなこと言うたかいな」と
笑っているに違いない。
私にとってもSさんにとっても
たえさんの言葉は
色あせることなく
これからも心の支えになっている。

*写真と文は全く無関係です。
一月の長谷寺にて  








   
Posted by 諭吉セブン
comment:6  
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