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Posted by 諭吉セブン
 
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長野の旅 後編
明けて2日目の朝
左目の調子が悪いと思ったら
コンタクトレンズが目の中で
どこにいったかわからなくなって
「きっと落ちたんだろう」
そう思って予備のコンタクトを慌てて入れた。
激しい頭痛が目の奥から起こり、肩や首はカチカチ。
朝ごはんの用意が落ち着くと
一時間ほど我慢したけどもう一度目を確認したら
コンタクトが目の中で割れて半分だけ残っているのに
新しいレンズを上から入れて
レンズが二重になってたらしい、こわいこわい。

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シンプルだけど手のこんだ朝ごはん
私がコンタクトのことで洗面所から動けない間にも
早朝からかおりさんやゆうしさん達はてきぱきと動かれていた。

お昼のおむすび大会は子供達に大人気で
あんなにあった一回に三升は軽く炊いている
ごはんが全部なくなった。
100個の卵を割って卵焼きを作る。
卵を焼いていたのは
かおりさんと一緒に並んで何と私だった。
お料理が上手な人なんていっぱいいるのに
かおりさんと卵を焼けることが嬉しい。
きっと普通にボランティアとして参加したら
「誰か卵焼いて!」と言われても積極的になれないかも。
料理教室に通っているからこそ
「がんばろう」と思っているのかも知れない。
焼いても焼いても終わらない気はするけど
フライパンで白ゴマ油で焼く
ネギ入りとヒジキ入りの卵焼きは
とてもおいしく出来て
子供達もお母さんもたくさん食べてくれた。

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合間にいろんな方とも時間を惜しむようにお話し出来た。
たまたまお話しした方が
福島の社会福祉協議会の方で
避難所での生活や
避難所暮らしが長いと秩序が乱れていく現実や
避難所でも地震3日後から
理学療法士によるリハビリが開始されたり
近所の開業医が地震で患者さんが来ないからと
避難所に来て皆さんを診てくれた感動の話など。
昨日の夜、子供さんが熱を出された方や
私と偶然名前が一字違いの人
苗字が同じで“まゆみさん”
昨日写真を撮らせてもらった子供のお母さん
とにかくたくさんの方とお話しが出来た。
こういう時カメラをやっていて良かったな!
写真を送ってあげることも出来るし
話のきっかけもつかみやすい。
そしてそのうち福島に行くような気がする。
その時がきたら
何か私に出来ることを一つだけでいいから
やって来ようと思う。
帰る時間が迫ると子供の一人が
「帰りたくない」と言った。

お別れの時が近付き
キャンプのフィナーレには皆で輪になって手をつなぎ
子供も大人も一人ずつ感想を言う。
「ごはんおいしかったです、ありがとう」
大人も子供も何人もの方が言ってくれた言葉。
クッキーおいしかったとも言ってくれた。

雅子さんありがとう
(クッキー焼いてくれた職場の事務さん)
8年も一緒に暮らしたうさぎのふーちゃんが
死んでしまったばかりのつらい時に
知らずにクッキーを焼いてくれる!と待っていた私。
酷いなーと自責の念にかられたけど
こんな風に皆さんが喜んでいる姿を
見せてあげられなくてごめんね。
あの素朴なクッキーは懐かしい味で
本当においしかったから
あなたの優しさはちゃんと伝わっているからね。

昨晩子供さんが熱発した人は
感想が話せないくらい号泣していた。
子供が熱が出て皆で心配する
山の中で病院までも遠かったらしい。
それでもキャンプの主催者である高山さんや
ミッキー神父は必死になって動いていた。
誰かが困っていると皆で心配する。
そんな自然なこともきっと
震災の直後には出来なかったのかも知れない。
皆がしんどくて皆が限界だと
他人を思いやる余裕はない。
もともとは誰でもきっと優しいのに。

夜中に地震があってびくつく子もいたらしい。
穏やかな野尻湖の波を
「波が来た」というだけでびくつく子もいた。
みんなこんなにも傷ついていて
それでも必死でがんばってこられたいたんだ。
そしてボランティアの皆さんが
自腹でここまでかけつけて
私の友達や職場の仲間も併せて
たくさんの野菜や
食料品を提供してくれこともありがたくて
ちゃんと気持ちは届いている気がする。
人が人を思いやる自然な気持ち。
困っている人をどうにか助けたいと
勝手に身体が動いてしまう形。
その気持ちに素直に従って
早朝から深夜まで
無心にキャンプを支えた人達や
食事の準備をしていたかおりさんや皆さんなど
このキャンプを支えた一人ひとりのボランティアさん。
みんなみんなすごいなー。
そして子供たちの笑顔に元気をもらい
お母さん達のリラックスされた表情に
ボランティアの私達も
いっぱい力をいただいていた。
そんな中に自分が入っていること
同じ時間を過ごせたこと
それが何より嬉しい。

ミッキー神父が最後に贈った言葉は
「私達は指に小さな棘が刺さっても
 全身が痛かったりします。
 それと同じで皆繋がっているから
 誰かが傷ついたら皆悲しいし
 誰かが嬉しかったらみんな嬉しい。
 同じからだです。」

主催者の高山さんが言った言葉
「みんな一人ではないからね。手を繋いでね!
 そしていつでも頼ってね。
 (そういって何度も何度も手を繋ぎなおす)
 福島のこと、皆が心配しいつも思っています。
 三重でもどの場所でも
 いつでもみんなあなた達を歓迎します
 夢と希望を持って前に進みましょう」

そんな言葉の一つ一つにとても感動し
ただでさえ朝から目が痛くて涙が出るのに
さらに感動して泣いた。

震災で失ったものはいっぱいあって
多くの人の命や思い出なども無数で
残されていった傷跡もいっぱい。
大きな形あるものだけでなく
目には見えない小さな棘もある。
小さな小さな棘が
なかなか抜けなかったり
自分では抜けなかったり
毛抜きや五円玉?でしか抜けなかったりする。
棘だけでなくて
私の割れたコンタクトのかけらのように
ちょっとレンズが目の中で割れただけでも
ずーっと一日中、目が充血して
肩や首が痛いままだったりする。
でもそれは形あるもの。
時間が経てば痛みは消え
明日には目の充血も肩の痛みもとれるだろう。

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         真ん中の優しい笑顔の2人がゆうしさんとかおりさん

深く刺さった見えない棘や
頭の奥の理由がはっきりしない重さも
きっとなくなるまでに時間がかかるだろう。
私に何が出来るのかなんてわからないけど
いつも自分の小ささにぞっとするけど
クッキー一枚で泣くほど感動してもらえたり
「写真送りますねー」というと
「本当に?ありがとう、嬉しい!」と喜んでもらえたり
「ごはんおいしかった~」と言ってもらえたり
私自身もいっぱい「ありがとう」をいただいた。
きっとまだまだ出来ることは私にも
誰にでもいっぱい残っていて
気付かないだけかも知れない。
それは特別なことや
難しいことではないような気がした。
心を込めて作るごはんや
気遣い掛ける言葉
支えようとする手には
棘を抜く方法ばかり考えていたけど
棘を溶かしたりする力があるのかも知れない。
それに気付いたことと
多くの出逢いがこの旅の収穫かな。
                    
次回、番外編としてこの旅の出逢いについて
書いてみる予定です。
その前にちょっと休憩を

        ~つづく~

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