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Posted by 諭吉セブン
 
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教える~最終日~
昨日、職場のサービスリーダーに
そして今朝から夫に
「ありがとう、おかげで1年通えました」と
御礼を言う。
色んな人に支えられてこの1年、
気功の学校に通った。
何だかとても嬉しくて
そして寂しい気もする。
また会えるけど、遠方からの人も多いので
同じメンバーでの受講はなかなか難しい。

朝から皆さんあちこちで
連絡先の交換をしていて
私もいっぱい書いていただいた。

去年、一番乗りでこの学校に申し込んだ。
とても張り切っていたけど
色々心配してくれる人がいた。
それが少し負担になったけど
第一回目の講座で天野先生とじゅんこさんが
満面の笑顔で迎えて下さって
私の気持ちも切り替わった。

それから一年、とにかく短い。
そしてとても濃くて
たくさんのご縁や
今まで知り合えなかった人とたくさん出会え
私自身もとても生きることが楽になった気がする。
何よりタイミングが以前にも増して
バチバチ合い出す。
もともといろんな勘が働くほうだったけど
更にそれが合いだして
自分が何となくいいと思うものを信じ
嫌だ、と思うことはしない。
「この人、何だか気になる」と思う人
「これ、やりたい」と思うこと
それもすべて当たる気がした。
何か私を突き動かす力とか
出会う人とか
色んなものにその度に感謝していると
歯車はおもしろいように動く。
うまくいかなかったことも
意味があることをわかり
それが一休みだったり
やり直しが必要だったりと
学びの多い一年だったな。

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最後のテーマは「愛」なんだろうか?
話は自己責任から始まる。
拘りや思い込み
色んな枠組みがある。
いくつもの枠を作ると
「こんな世界もあったんだ」と思う。
しかし枠も広がりすぎると疲れる。
所詮、枠は枠。
いくら枠を取り替えても。
最後に枠はいらない。
枠は自由に作れる、
何もかも自己責任。
誰かに言われたからではなくて
自分の意思で何でもしている。
自分の責任でこうなったからと悪いことを思うのは
枠で悪いことを作っているようなもの。
あらゆることが自己責任。
例えば最近、テレビをにぎわしている
海老○の事件でも
どちらが先に殴った、殴られたでは責任の回避で
争いがあるだけ。
責任を持つことで自由になる。
責任を自覚することで
思いは願いは叶っていく。

何だかとても難しいけど
途中で先生の質問があり
「自己責任でないことが起こった例は?」
に対して
「ガス屋さんのミスでガスが止まった」
と答えた人がいた。

ガスが止まり困ったけど
怒らず落ち着いてガス屋さんに連絡されたらしい。
天野先生に教えてもらったので
怒らず、ガスが止まった理由も探さず
「ガスが止まった」という事実を受け止め
色んなことを考えられたとか。
私はその時、考えた。
ここ2,3年私の勤務先の老人ホームで
老朽化するエレベーターが今年だけでも4回止まった。
数年前は閉じ込められた人もいた。
その度にエレベーター会社にギャーギャーと連絡し
スタッフさんと皆で必死で対応してきた。
これこそ私達スタッフにはなんの責任もない気がする。
しかし、ガスの話で気付いた。
“エレベーター停止”これ、とても意味がある。
火事の時、停電や地震の時も想定がしやすい。
いざとなった時も
冷静に動ける人、動揺する人
高齢者さん、スタッフさんも含め
この人はこう、あの人ならと
とても考えやすい。
冷静で認知症もないと思うような人が
エレベーターが止まったら
ご飯を食べに食堂へ降りるだけなのに
階段から落ちるかもしれない危険を冒してまで
無理に歩こうとされたり
お一人お一人の本当の姿も理解できた。
そうか、意味があったのか。
老人ホームでエレベーターが止まることなんて
ありえない設備やと思っていたけど。
うちのスタッフさんはきっと
地震で停電するようなことが起こっても
他の介護施設の職員より
きっと落ち着いて対応できるだろう。
そんなことに気付き一人で感動する。
IMGP2526_convert_20101220014901.jpg

前述のガスの話をされた方に
天野先生は一言
「天野先生に教わっただけ余分ですよ」とのこと。
“だれかに教えてもらったから”ではなく
先生は自然。
自然から学び、学び続ける。
自然は自分の中にあって
外側にはない。
無意識に任せる。

そんな話はとても深くて難しくて
今、まとめようとしても
何度メモを見ても
どうしようもないけど
ちょうど先日ヨガの帰りに
千絵さんと2人で
「人に決められたことでなくて
 自分で決めたことだからどうなっても楽しめて
 今の自分をありのまま受け止める」
という話をしたばかりなので
100は無理でもきっと70%くらいは
理解できていると思った。

責任を擦り付け合っての争いを
裏返すと愛になる。
その愛ってどれだけ深い愛なのかな。
それはどれだけ考えてもわからないけど
人に責任を擦り付けたり
人を恨んだりせずに
起こった経緯や原因を追求せずに
事象を受け入れて
気持ちを変換させていけばきっと
願いは叶いやすくなり
自分や他人を許せる愛があって
余計なストレスを持たずに過ごせるんだろう。
ちょっとだけでも悟った気分になった。

修了証書をいただいて
感動して泣くかとも思ったけど
落ち着いていた自分自身にびっくり。
又、皆に会えるし
だいたい来年もお休みする時期はあっても
通うつもりなので
きっとまだまだ始まったばかりなんだろう。
そして又、皆さんと会うつもりなので
お別れではないのだろう。
それがとても嬉しかった。
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気功の学校で教わった
手当ても友人や知人にたくさんさせていただいた。
夫は夏に私の手当てを嫌がって
「熱いのに何で熱いことするねん、地獄か!」
と怒っていたけど
それでもやらせてくれたので有難かった。
夏ごろから自分の変化を感じた。
こんなに楽になれるなら
私もいつか人に気功を伝えられるようになりたいなと
漠然とでも思えるほど
幸せな気持ちや温かさを感じられた。
皆さん本当にありがとうございました。
そして来年もきっと会えますね♪

こんな素敵な日だったのに
気合は十分入っていたが
靴下両足に4ヶ所も穴が開いていてびっくり!
近くの席の方、お見苦しかったと思います。
裏側だったので正座をするまで見えませんでした。








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