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Posted by 諭吉セブン
 
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ごちそうさま
少し離れた街に住む友達と
食事をすることになった休日。
さて、どこに行くか。

森田料理教室で知り合った人は
とにかく食べることが大好きで
美味しいものに目がない。
あそこのパンが、ケーキが美味しいらしいとか
新しい店が出来たとか
美味しいと聞いたとか
新しい京都のグルメ本が出たとか。
京都に住む私の何倍も詳しくて
いつも驚かされる。

IMGP1262.jpg

私の住む京都か
いやいっそのこと滋賀県か三重県まで行くか
友達の住む街がいいかと
さんざん迷って、電話やメールをやり取りし
結局、友達が自宅でランチを作ってくれることになった。

高速を飛ばして友達の家に到着する。
愛犬の“ココちゃん”は
車を停めている時から
大歓迎して興奮してくれ
落ち着いたら写真もいっぱい撮らせてもらう。

IMGP1243.jpg

彼女の住む町はお家もゆったりしていて
広くてきれいでびっくり。
何より驚いたのは
近所のおばさま達が
庭までどくだみを摘みに来たこと。
「庭のどくだみを摘んでもいい?」と聞かずに
他人の家の敷地に(友達の家)手袋をしたまま入ってきて
「どくだみ、もらおうと思って」と
笑顔で話しながらやってきた。
それを笑顔で躊躇なく
「どうぞどうぞ」と言える関係もすごい。
どくだみをホワイトリカーに漬けると
虫刺されに効くらしい。

IMGP1250.jpg

IMGP1251.jpg

楽しい時間はあっという間に過ぎた。
デザートのクッキーやケーキまで手作りの
彩りも器も素敵なランチ。
もう、誉める言葉も見つかりません。
言葉も少な目に次々と完食する。
本当に美味しかった~
ごちそうさまでした。

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いろんなことが毎日起こる。
私が知っているこの数年間でも
自分で乗り越えられること、乗り越えられないことや
悲しい別れも悔しい思いもいっぱいあった。
それでもこんなにキレイな料理を
さらっと作って
ゲラゲラ笑っている目の前の彼女は
やっぱり素敵だなと思う。
家のあちこちには小さな花が活けられ
素敵な器、家具やタイルに
土鍋やルクルーゼから雑貨や写真集まで
好きな物だけに囲まれて暮らす日々。
そして愛くるしいほどかわいい
ココちゃんや礼儀正しい息子さん達。
その中に数時間でもいられた私まで
とても満たされた気持ちになった。

IMGP1280.jpg

別名、永遠の二十歳??と言われる彼女は
人見知りを全くしない。
「人見知りって何?」と以前言ってたし
私の友人で変わった人のことを
ブログに書いたり話す度に
「会いたいわ。私、会いに行きたい!!」と言ってくる。
そんな彼女の愛犬ココちゃんも人懐こくって
とにかく人が好きで誰が来ても嬉しくて
どうしていいかわからず興奮するらしい。
そんなココちゃんは
私が彼女と長電話で話している時
いつも不機嫌そうに吠えている声が
電話の向こうから聞こえる。
(うちのななちゃんも吠えているが)
大好きなお母さんの長電話の相手が
目の前の客(私のこと)と気付かずに
ココちゃんがゴロゴロと
懐いてくれる間に早く帰らなきゃ。

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ごちそうさまでした。
心からの感謝を込めて、ありがとう。










Posted by 諭吉セブン
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[diary
カエデの先生
その写真集を見たのは
確か、今年の二月か三月頃だった。
そこには今までに見たことのない
多くの種類のかえでが沢山載っていた。
そもそも“かえで”と“もみじ”の
違いも知らない。
いろんな形や色
日本だけでなく世界中から集められたかえでは
百科事典並みの分厚い写真集になっていた。
その写真集を作ったのは
写真家の矢野さんという男性。
新聞社のカメラマンだった人なのだが
今は別名を
“カエデの先生”と言われている。

IMGP1130.jpg

写真集を私に見せてくれたHさんは
子供がまだ小さい頃に離婚し
その子は去年の春に大学に通いだした。
まだ40代と若いHさんは何度も
「もう私の仕事は終わった」と語る。
まるでもう何も思い残すことはない、と
いつ死んでもいいくらいの勢いで。

「子供が大学に入って一人暮らしを始め
私に何かあってももう一人で
生きていけると思うとほっとしたわ~」と
笑顔で語るHさん。
「まだまだ若いのに」と私は言いたかったが
Hさんが苦労人で
一人で必死でがんばってきたこと。
今、満ち足りた気持ちでいることを
解っているつもりなので
私は何も言わずに頷いた。

そんなHさんに今年の正月
矢野さんから年賀状が届いた。
そこには元気な字で
「77才、元気でがんばっております!!」と
書いてあったらしい。
80才近い矢野さんの“がんばっております!!”に
Hさんは衝撃を受け、身震いした。
「いくつになっても夢を追いかけ、叶えて
がんばっている人がいる。
生きている限り
落ち着いてしまわずに
まだまだがんばらなきゃ」
Hさんはそう思ったらしい。

矢野さんは奈良の山中に暮らしていて
自宅の庭は溢れんばかり?
荒れんばかり??のかえでが植えられていた。
日本・世界のカエデ自然種と園芸品種が
1200種 3000本。
車を持たない人なので
奈良の山奥で暮らすのは
どれだけ不自由だろうと
奥さんを亡くされてからは
一人でどれだけ寂しいだろうかと
昔からの知り合いであるHさんは
いつも心配していた。
ある時、矢野さんを尋ねたHさんは
数時間矢野さんの家に滞在した間に
訪ねてくる人が多くて驚いたらしい。
近所の人や友人知人が
入れ替わり立ち代わりやってくる。
「たくさん作ったから」と
おかずを持ってきてくれる近所の奥さん。
「街にいくから何か必要なものはないか」と
訪ねてくれる友人。
「近くを通ったから」と顔だけ見にきた人。
そうやって次から次へ人がやってきては
矢野さんを気に掛けてくれている。
決して裕福なわけでもなく
知識をひけらかしたりする人でもない。
どんな人にも親切でその人柄で
若い時から人が寄りつく
“豊かな人生”という言葉そのものだと
何も心配しなくていいと
Hさんは安心して帰路についた。
そして昔、Hさんの小さかった子供に
会うたびにたくさんの動物や自然の話を
矢野さんは語り聞かせてくれていたことを
思い出したりしていた。

IMGP1142.jpg

矢野さんは今から8年程前に
自宅の庭のかえでを
寄贈することにした。
元はといえばたった一本から始まったかえでから
全ては始まったらしい。
そして年月は流れて
“かえでの公園”を作る発起人になり
今年の春にオープンが決まっていた。⇒奈良新聞で

そのかえでの公園が奈良にオープンし
5月の連休に突然、行くことが出来た。
敷地に入ると“矢野さん”がどの人なのか
ぐるっと一周歩いてすぐにわかった。
愛でるようにカエデを見る優しい目の
男性が一人。
年齢が近い人は他にもいたが
多分、この人で間違いないなと
確信して話し掛けてみる。

私   「あの、突然すいません。矢野さんですよね?」
矢野さん「はい、矢野です??」
私   「Hさんから聞いて来ました!素敵な所ですね。
     かえでって秋しか知らなくて
     こんなに種類があることも
     今が見頃なことも知らなかったので」
矢野さん「そうですか。
     Hさんは元気ですか?どうしてるんかな?」       
私   「元気ですよ。
     いつも矢野さんのことを気にされています。
     近いうちにここに来られると思いますよ」
矢野さん「元気ですか、良かった~」     

たったそれだけの会話だが
優しい人柄は少し話しただけで十分に伝わってきた。

かえでの公園を作ることがゴールではなく
夢はどんどん広がっていく。
地球温暖化で変わっていく気候にも
耐えられる強いカエデを育てていくことや
杉、ヒノキばかりの山を自然の状態の
バランスの良い里山に戻したいというのも
矢野さんの夢の一つだとか。

IMGP1153.jpg

いくつになっても夢を叶えられることや
夢を追いかけられることの素敵さ。
Hさんだけでなく
私も身震いし
たくさんの元気をいただいた。
ありがとうございました。

まだまだ出来たばかりのかえでの公園には
小さな苗がいっぱい。
次に訪れた時には
どんな風に葉が繁っていくのか
次回はもう少し勉強してから
訪れたいと思った。











Posted by 諭吉セブン
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[diary
最近のこと
なかなか更新できないブログを
覗いて下さっている方
ありがとうございます。
私の近況はというと・・・

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4月から新しい職場で働き出した。
考えて考えて出した結論で
思い通りに行ったようにも感じていたが
初出勤の日に用意されていた名刺は
まさかの“いきなり管理職”だった。

何度も転職しているので
仕事が決まることも落とされることも
多分、慣れている。
そしていつも思うのは
働くことになった所は全て
何か縁があったり、出会うべき人がいたりと
必ず吸収するものが
どこかにきっとあるはず。
そう言い聞かせながら働いているが
“組織に属する”ということが
昔から苦手な私にとって
新しい職場は組織としてかなり大きいだけでなく
やたらと細かく決め事が多い。
その細かさに私自身が
いったいどこまで耐えられるかはわからない。

新しい職場には
実にいろんな人がやってくる。
(お客さんというか利用者さん)
家の中に川が流れている
料亭のような豪邸にお家に住む人。
公的支援を受けている
ボロボロのアパートに住む人。
元クラブのママで
認知症になっても愛人が通ってくる人。
趣味が何一つない海外で働いていた元エンジニア。
見た目だけでは
誰がどんな環境に住んでいるのか
全くわからないけど
貧富の差だけでもあり過ぎる。
誰一人同じではない
それぞれの辿ってきた人生や
日々の暮らしがある。
そんな人達が介護やリハビリ、
社会交流などを目的に
同じ場所で同じ時間を過ごしていることが
とても不思議で興味深い。
まだまだ知らない世界はある。

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前職の老人ホームで働いている時は
いろんな家族に接している中で
“家族”というものを
まるでテーマの一つのように
常に自問自答しながら働いてきたように感じる。
新しい職場では
“幸せ”や“豊かさ”について
仕事中に何度も考えさせられる。
私の勝手な価値観や常識なんかは
新しい人と出逢うことで
何度も何度もぶっ潰されて壊れて
どう変わっていくのかもわからない。

年齢を重ねるごとに頑固になって
融通が利かなくなっていくのかと思っていたが
思っていた何倍も
案外自分が柔軟だなと驚いたりもする。

「年齢を追うごとに毎年毎年、
どんどん楽になっていく気がする」
私の車の助手席で
そう語っていた同じ星座の人が
この春、東の街へと旅立ったらしい。
きれいな花の前で微笑む彼女の写真は
“しあわせ”以外の何でもなかった。
私も彼女のように語れる
時間を過ごせたらいいなと思う。
どうぞお幸せに。

IMGP1231.jpg

少し前に真夜中の散歩中に
逃走したななちゃんは元気に過ごしている。
(いろんな方に心配を掛けましたが)
しばらくは私の遠出を控えて
休みの日はほとんど一緒に
車で出掛けているので
かなりご機嫌。
自分の気持ちを表現したり
存在を主張するには
こんな荒っぽい方法も必要なのかもと
あの心臓が飛び出しそうな
夜を思い出したりする。⇒

IMGP1177.jpg

諭吉は相変わらず寝ているか
いたずらしているか
こちらすこぶるご機嫌。
そんな感じです。
Posted by 諭吉セブン
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[diary
ウォーミングアップ
*3月の日記ですが
写真は4月中旬の宇治植物園の桜。
見頃は4月中旬から下旬にかけて。
写真と文章は全く無関係です。

4月から仕事を再開するので
3月は少しだけバイトをすることにした。
新しい仕事が決まったのに
又、すぐに忙しくなるんだし
ゆっくりしてたらいいのにと
いろんな人から言われたが
ちょっと働いておかないと。

失業保険もようやく切れて
体力的な自信もつけたいし
毎日のリズムも調整しておきたい。
何より管理職を何年もやって退職し
そのままゆっくりしていたせいで
中途半端についている
“自信”や“プライド”が残っていたら
新しい職場で苦しむのは自分自身だ。

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結局、2週間だけ
京都駅近くの某有名ホテルで
メイドの仕事をすることになった。
10代からいろんな仕事やバイトをしてきたけど
ホテル業界は実は初めてなのでちょっと楽しみ。
しかし1日目から体力が続かないと思うほど
驚く超ハードさだった。
1日5時間くらい大丈夫と思っていたが
トイレに行く隙もなく
もちろん一瞬たりとも座れない。
5時間、動きっぱなしというか
走りっぱなしでクタクタで
初日から腰痛も出てきて
足も強烈に痛かった。
汗だくになるのだが
トイレだけでなく
水分補給の時間もないので
何度も意識が飛びそうになる。

同じ時期に同じホテルの
仕事を始めた他のパートさん達は
私のようにどこかで働くことを決めて
それまでの準備などではない。
この仕事を頑張って続けようと
仕事を始めた方がほとんどだった。
20代の大学生もいたが
50代以上の年上の人達が
体にムチ打って新しい仕事で
必死で頑張っている。
現場を仕切っているのは
これまた皆、パートさんばかりで
60代やもっと上??
腰の曲がっている人もいた。
そして皆さん驚くほど体は身軽で
鋭敏に動き続けられていた。

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たった2週間だけだから
頑張らなきゃと言う気持ちと
仕事を始める前に倒れたくないし
腰を痛めたら困るなという気持ちが起こる。
ここでしんどいと言えば
「だから最初から行くなって言ってたやろ」と言う
夫の声が聞こえるようで
初日から3日はとにかく必死だった。
何を頼まれても
いつも笑顔でいるようにし
明らかに私がやっていないことで注意されても
「すいません」と謝った。
忙し過ぎてホテルで働く人達は
全職種、職員同士の挨拶も
驚くほどなかった。
これは気持ちが悪いので
とりあえず自分が気分よく過ごせるように
返ってこなくても勝手に挨拶するようにした。
あほらしいと思ったらそこで終わる。
大丈夫、何でも出来るはず。
たった2週間だけの仕事だもの。
何度もそう言い聞かしてみる。
しんどくてどうしようもない時間は
以前一緒に働いていた
Yさんとの会話を思い出したりした。
今こんな短い期間の仕事でも
投げ出してしまえば
私も所詮「潰しの効かない人」になってしまう。

何度も転職した経験がある
Yさんも私も昨年同じ職場を退職したが
彼女は11年くらい? 私は7年。
今までの職歴を考えると
よく続いたなと思う。

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『潰しの効かない人になりたくない』
どこの会社にでもいる
「辞めたい、辞めたい」といいながら
会社を辞めない人。
今の安全な場所を去ることはないし
他の会社では通用しない人。
それが本当はわかっているから
ずっと安全な同じ場所にいる。
あんな風になりたくない。
いつまでも成長したいし
変わることを怖がりたくない。
何処に行ってもいくつになっても
通用する自分でいたい。

残業でヘロヘロになっている時
仕事が無意味に思えるほど打ちのめされた日に
そんなことをよく言い合っていたな。
あの会社だから通用したとか
そんな自分にはなりたくない。
どれだけ重い看板を背負わされても
大きな組織の中にいても
私は私以上でも以下でもない。
4月から働く所は又、
重い看板がついて回る
固い会社であるけど
何処で何をしても
それはきっと変わらない。

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ホテルの仕事は4日目から突然
壁を一つ越えたかのように
吹っ切れたように楽になった。
腰も足も痛いけれど
慣れというのはすごいものだ。
人の動きがしっかり見えてきたので
どう動けば最小の動きですむのか
相手も楽に気持ちよく動けるのかを
見る余裕が出てくるようになった。
そうなると汗の量も減るので
水を飲まなくても体は持ち堪える。
帰りにホテルの美味しいパンが
格安で買えるという楽しみも覚えた。

しかしかなりのハードワークなことは変わりなく
伸ばしていないはずの爪が
あちこち割れてヒビが入り
手のひらはガサガサで
シーツで簡単に手が切れたりする。
手足には知らない間に
ぶつけた痣がいくつも出来た。

初日に必死でシーツを張っている私に
その階のリーダーにあたる人が
私の掌の上にシーツをバンバン投げつけてきて驚いた。
慣れない新人と一緒に
べットメイクをするのは
確かにイライラするとしても
必死で仕事をしている人の手の上に
シーツを投げつけるなんてと思ったけど
これはホテルでペアを組んで
手早くシーツを張るには
当たり前のことらしい。
(早い人同士だとならない)
私の動きが遅くてタイミングが合わずに
顔面にもシーツは当てられた。
慣れれば相手との呼吸がすべて合ってきて
一つのベットを作るのに
ベットカバーとシーツ2枚が
わずか1分もかからずに仕上がる。
最初はわからなかったシーツの山と谷も
瞬時に判断できるようになって
動きはやたらと早くなり
サクサク動けるようになってきた。

徐々に仕事に慣れてきたことで
黙々と働きながらも
一人で考える時間も持てるようになってきた。
たった一泊だけなのに
なぜこんなに部屋によって匂いが違うんだろう。
香水、体臭、食べ物の匂い、煙草など
交じりあうと部屋の匂いは
扉を開けた瞬間、全く違う。
掃除機掛け、シーツ交換、換気に
空気清浄器を最大で回し
匂いのしない状態にしておいても
翌日には又、それぞれの部屋から
全く異なる匂いと空気が広がる。
驚いたのはそれだけでなく
ベットの乱れ方と浴衣の脱ぎ方だった。

特に躾のいい家に育ったわけでもないし
特に行儀のいい常識のある
友達ばかりがいるわけでもない。
それでもいろんな人と旅行に出掛けて
私の友達は今まで誰一人として
そのへんに服を脱ぎ散らかして
出掛けようとする人もいなかったし
布団も浴衣などの寝巻も
皆、何となく整えておくのが
最低限のマナーだと思っていた。

ところがチェックアウトされた部屋も
連泊予定の部屋も
強盗が入ったようなに散らかっていて
あと一口で食べ終える菓子パン。
ティッシュはゴミ箱でなく床。
浴衣はさなぎのように抜け殻のように
厚みまで残っている感じで脱いである。
まさか寝坊して大急ぎで
京都観光に行っているわけでもないし。
そんなことが当たり前の中で
毎日、数部屋だけは
布団をちょこっと直し
浴衣もちょこっと畳んでくれていて
ゴミもきれいにまとめてくれている所もあある。
こんな部屋に遭遇すると
どうせ浴衣もシーツも
全部まるめてすぐに洗いに出すのだけど
この部屋に泊まった人が
京都でいい思い出が出来るようにと
祈りたくなってくるものだ。
気をつけて帰ってね。
又、来てねと
自然に思えたりする。

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2週間のバイトが終わる前日
ホテルの担当の方から
お褒めの言葉をいただいた。
「どの階でも評判がいいよ。
残念やな。続けてくれたらいいのに
次は何の仕事をするの?」
と言われたので
「介護関連です」と答えると
「そんなしんどい仕事を??」と驚かれたが
ホテルの仕事は介護より楽だとは
決して思わないのだが。
介護の仕事はきつい時もあるが
目の前で喜んでもらって
直接お礼を言ってもらえることも多い。
ホテルの裏方は直接お客さんと
顔を合わすことがないので
「ありがとう」など言われることは少ない。
そんな環境でモチベーションを上げて
長年働き続ける人は
どんな気持ちでやっているのだろう。

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短い間だったけど
最初の3日で辞めなくて良かった。
ちっぽけなプライドも自信も
脂肪や垢などまで含めて
体中からたくさん落ちた気がする。
初日、一緒にベットを作って
私の手の上に何度もシーツをぶつけてきたリーダーさんは
初日のことなど覚えてもいないようで
バイトが終了する前日に
「又、一緒に働きたいわ」と
誉めちぎって下さった。
短期間だから出来ただけで
この仕事をずっとということなら
きっと難しかったと思う。
リーダーさんのように
長くは働けないだろうし
60をとっくに過ぎても
軽く飛ぶように動かれている姿には
尊敬すらしてしまう。

ホテルの裏側から見る人間観察は
お客さんも職員も面白くて
ここに短くは書き切れない。
それにしても京都には
観光客がこんなにも多いということを
ずーっと住んでおきながら改めて知った。
連日、ホテルは満室である。

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京都には世界中から
憧れ夢見て
訪れる人が溢れるほどいる。
その人達を迎えてくれるのは
有名な神社や仏閣や
古い伝統を大切に守る人だけではない。
黙々と裏方で働き続け
「ありがとう」と言われなくても
京都にやってくる人の疲れがとれるくらい
びしっときれいにシーツを張り
部屋を整えてくれる
ホテルのパートの女性達もだということも
忘れずにいたいと思う。

Posted by 諭吉セブン
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[diary
取扱説明書
 ~ちょっとお知らせ~
先日から雑誌クロワッサンのHP
クロワッサン倶楽部の『うちの子紹介します』コーナーに
1月に雑誌に載せてもらっていた諭吉の写真が
連絡もないまま掲載してもらっています。
こちらはカラーだけど写真の下が切れています。
見つけた時はびっくりでした!


兵庫県に住む友達が
写真教室の『無料体験講座』に行くと聞き
私も便乗することにした。
友達は通うことを真剣に考えているようだが
こちらはちょっと無料体験講座を
覗きに行きたかっただけで
他に目的があった。

海が近い写真教室のロケーションは
立地もギャラリーを併設する雰囲気も
どこを取っても申し分ない。
しかし先生との相性が合わないのか
最初の自己紹介ですでにカチンときた。
なぜ、今日来たのかを聞かれたので(参加者みんな)
「友達に誘われて」
「写真がうまくならなくても好きな街なので」
みたいな話をした。
「写真教室に通っていたけど通えなくなったし
一眼を持ってから三年になるけど
実は基本的なことがわかっていない。
カメラの取扱説明書が読めない」ということも
正直に話したが
それがいけなかったのかも知れない。
「(取説が読めないのは)文章が読めないんですか?」と聞かれ
日本人だし読めるんだけどなーと思いながら
「文章は読めますが説明書類は読むのが苦手で」と言った。
そんな女性はきっと沢山いると思った。
しかし、返ってきた言葉は
「性格を直したほうがいい。
ピアノを習いにきて違う楽器を弾いているのと一緒」

IMGP1012.jpg

先週、奈良の吉野山で丸2日過ごし
杉の木ばかりに囲まれてからなのか
現在、私はずーっとマスク着用の
花粉症か風邪ひきの人になっている。
マスクをしていると目しか出ていないので
こちらがいくら怒っていても
相手には伝わりにくい。
一人で参加していたらきっと
怒って帰っていたかも知れないが
友達と一緒だったので
何とか我慢することが出来た。

私にはそんな態度だったけど
先生は友達には優しかったし
他の参加者の写真には辛口のコメントもあった中
友達の写真はちゃんと誉めてくれていて
そこは素直に良かったと思えた。
控えめでいつも前には出ようとしなくても
センスと奥行きが感じられる友達の写真は
どうがんばっても私には撮れないものばかりだ。
すっかり見落としていたが
当日写真を持っていけば
講評をしてくれるとHPにはあった。

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去年の秋まで教わった先生といい
その前に2回だけ教えて下さった先生も
今思えば写真教室の先生は
それぞれ誉め上手で
優しかったなとしみじみ思い返した。
どちらの先生もどこかにいい所がないかと
必死で探して下さったし
写真教室に限らず大人になってから
学んだり通った場所では
いつも何処に行っても
それぞれの場所で
大切にしてもらっていたことを
今含めてしみじみと感じる。

体験教室でやったことは
知っていることばかりで
時間がやたら長く感じられた。
先生がデモに使っていた写真は
自分の子供の写真。
「プロだったら他人の子を可愛く撮れ」と
心の中で呟く。
私が自分家の諭吉(猫)やななちゃん(犬)を
撮っているのと変わらないやん。

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そんな気持ちが起こる度に
切り替えたように思いながらも
自分自身がかなり怒っていたことに気付く。
そしてそのたびに
気功の天野先生が以前言っていた
「感情的になると冷静な判断が出来ない。
怒るという感情からは何も生まれませんよ」
という言葉を何度も何度も体の中で
全身に行き届くように流す。

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その後、各駅停車にのんびり乗って
友達と垂水区まで行った。
すぐそこに明石大橋が広がる。
以前から友人のAちゃんが
「美味しいからぜひ行って」と
何度も猛烈に薦めてくれていたお店に
ランチに行く予定だった。
しかし、そのお店が
その日の天気予報が悪かったせいなのか??
あいにく臨時休業していた。
素晴らしいのはAちゃんが
その近くにある違うお店の情報まで
朝からメールで送ってくれていたことだ。
虫の知らせかな?
おかげで友達も私も土地勘がない街で
雨と強風の中を路頭に迷うことなく
お店を目指して歩き
素敵な空間に辿り着くことが出来た。
そうそう、私は写真教室でなく
友達に会いにやってきて
一緒にランチをするのが目的だったんだ。
落ち着いていく
自分の気持ちにほっとしながら
美味しいランチをいただく。
あーしあわせ。

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その夜、実に3年振りに
カメラの取扱説明書を開いた。
あの写真教室の先生に教わるくらいなら
これを読んだ方がいい。
初対面でロクに話していないのに
会って10分もしない間に
「性格を変えたほうがいい」と言われた今日。
それでも長年ずっと苦手としていた
取扱説明書を読めるようになれば
例え今日、不愉快な気分になったとしても
出会った意味はそこに
存在するのかも知れない。

*写真はすべてこの日立ち寄ったコッタポスさん
手打ち麺のパスタはもちもちで絶品。
前菜もパンも美味しく
デザートをつけてもかなりリーズナブルなランチ。
美味しいことはもちろん
2階建ての小さな空間はゆったりくつろげて
机や椅子もバラバラなのに
素敵な空間でした。
Posted by 諭吉セブン
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