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Posted by 諭吉セブン
 
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新しい服
「お洋服、出来上がりましたよ」
優しいメールが届いた。

IMGP0386.jpg

その人、Yさんに初めて会った時
同じような業界で働いてきて
同じ女性なのに
なぜこんなに違うのかと思った。
自転車で去っていくその後ろ姿も素敵で
二人の女の子のお母さんで
ふんわりと優しいのに凜とした美しさもあって
とても素敵な年齢を重ねている人だと思った。
(まだ若いです)
腕にかけられたリネンのバックも
裏地がリバティ柄のコートも
聞けば全部、Yさんがご自分で作られたとか。
その人が着ているから素敵なんだろうけど
初対面なのに思わず
「私も作って欲しい」とお願いした。
豚に真珠と言う言葉もあるが
馬子にも衣装と言う言葉もある。

この冬のバーゲンは我ながら我慢できた。
いつもなら安い安いと
何も考えずに着なくても衝動的に買い込む服もバックも
今年ばかりは諦めようと思っていた。
それでもちゃんと神様は
私に楽しみを残しておいてくれたのかなぁ。
手作りの洋服っていうと
お高いイメージだけど
生地代に毛が生えたくらいの値段で
(市販のリネンの服の半額か1/3以下)
丈夫そうなリネンのブラウスと
アルパカのベスト風の温かそうな服も
Yさんに作ってもらえた。
もう、着ているだけで所作が美しくなりそう。
裏地や胸の所の切り替え(何ていうのか知らない)
ドレープもきれいにかがってあって
添えられたタグまでいちいちかわいい。
服以外にも雑貨も作られていて
手作り市などにちょこちょこ出店したり
スヌード(マフラーが輪になっている感じ)の指編みの
ワークショップを開催されたりしているらしい。

IMGP0395.jpg

家に持ち帰り何とか作っていただいた洋服を
上手く写真に撮ろうとするが
吊り下げても置いても
諭吉が邪魔をしてうまく撮れない。
壁に画鋲で貼って無理やり
“なんちゃって而今禾風”と思っていたが
やっぱりここにもやってくるのですぐ撤収。

それでも自分の好きな生地やデザインで
たった一つ、丁寧に作っていただいた服は
間違いなく私を幸せな気分にしてくれる。
何度も脱いでは着るを繰り返し
夫は何度も着替えては見せられうんざりし
テレビの“超イントロクイズに夢中なふり”をしている。
でも、私の方がこういうのは得意で
横から答えを早く当てるから
夫の機嫌は悪くなる。
こちらは当分、飽きそうになく
春物や夏物も作ってもらえそうで
又、楽しみが一つ増えた。

Yさんのブログはこちらから
トップページも素敵だけど
個人的な趣味で、去年の空の写真がきれい!!⇒カッカんち

*写真と文は無関係です。
関係ある写真は・・・こんな感じ。
作っていただいた服とよじ登ろうとした諭吉(猫)
爪が掛かる前にもちろんすぐ撤収しました。
Yさん、ごめんなさい。大切にします。
IMGP0451.jpg

Posted by 諭吉セブン
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[ステキなお店
偶然?それとも
先月、不思議なことが2つ。

クリスマス前後に友人のTちゃんと連日
出掛ける予定があった。
ところが体調不良でTちゃんが来れなくなり
私ともう一人の友達とで
翌日に渡そうと思って
ジャムをお土産に買った。
しかしTちゃんは回復していなかったので
結局、翌日も会えないのでジャムは渡せず。
なので一緒にジャムを買った友達には
持ち帰った私が
「送っとくわ」と軽く言った。
しかし、ジャム一つの値段と
クール宅急便の送料を考えると
中身よりも送料が高いと言うのが
ちょっと嫌やな。
(変なとこがケチなわたし)
かといって封を開けて自分で食べて
半分出してもらっている
ジャム代を払うのもどうだろう。
一緒に何か送れるものはないかなぁ。

IMGP0400.jpg

ジャムを我が家の冷蔵庫に置いたまま
翌日出掛けた先で
突然、降って湧いたように
ジンジャーシロップを頂いた。
そして帰り道でそのジンジャーシロップを
なぜだかTちゃんにジャムと一緒に
送りたくなってきた。
私が頂いたものを
友達にあげるなんてどうかな。
そもそもTちゃんは生姜が好きか知らないし。
家に帰ってPCを開き
月に一回、更新をしたらいいくらいのんびりした
Tちゃんのブログを、ふと開いた。
するとびっくり。
タイトルが「ジンジャーエール飲みたい」

すぐに送ったジャムとジンジャーシロップを
Tちゃんはとても喜んでくれた。
調子が悪くて出掛けられずに
寂しいクリスマスが
幸せなクリスマスに変わったと。
この話をジンジャーシロップをを下さった人に話し
いただいたものをあげてしまったお詫びと
お礼を伝えたが
一緒になって喜んで下さった。
Tちゃんはそのことを喜んで
年が明けての年賀状にまで
書いてくれていた。

そしてもう一つは二年程会っていなかった
Hさんと会った直後に起こった。
Hさんはアーツセラピーのボランティアさんとして
老人ホームに来て下さっていた方。
久々にお会いしてお互いに近況報告などもして
彼女がスピリチュアルな人だと思い出した。
久しぶりだし、ちょっと見てもらおう。
スピ系の人達や何かが見えるような人は
私に対して
「黒っぽい猫が傍にいて見守ってくれている」と
言ってくれることが多い。
私を見守ってくれそうな猫は皆
黒やらグレーやらキジトラやらと
一様に“黒い”。

ところがHさんは
「白っぽい猫、グレーかな。幸せそう」と言う。
携帯に入っていた写真をHさんに見せると
どうやら猫の諭吉らしい。
前出の“黒っぽい猫達”はもう皆
傍にはいるかも知れないけど
天国にいるはずだ。
諭吉は元気に生きている。
Hさんは納得が行かない感じの私に
他の猫ではなく、諭吉で間違いないことと
「何でももっと素直に受け取りなさい!!」と
さすがに学校の先生らしく諭してくれた。
Hさんに嘘はなくて
わからないことは言わない。
映像として「こういうものが見えた」とは言うけど
その意味はわからないらしい。
私がしつこく「何で諭吉が出てくるの?」と聞くが
「知らない、星空でも見て自分で考えて(笑)」と言われた。

その数日後、12月の新月の日に
突然、雑誌の編集者からメールがきた。
「諭吉君、いい味出してますね。
 ぜひ写真を載せたいのですが」

そういえばすっかり忘れていたが
夏頃に何枚か写真を送ったことがあった。
どの写真を送ったのか
コメントに何て書いたのかさえ
すっかり忘れてしまった。
雑誌はペット雑誌ではなく
私が初めて佐藤初女さんを知った雑誌で
料理教室の森田久美先生も載るし
気功の天野先生も載ったことがあるもの。
そんな雑誌の片隅に諭吉が載るということに
すっかり舞い上がる。
友達に電話やメールをしまくり
その週の石井ゆかりさんの占いを思い出した。
“今週貴方が見つけるものは、
 ささやかで小さくて
 本当に身近にあるものかもしれませんが
 それが貴方に与えてくれる「力」は
 心の中の空気を完全に入れ換えるような
 威力を持っています。
 火花のようにきらめくその発見は
 貴方の生活のカラーを、けっこう、
 変えてしまうかもしれません。
 ~石井ゆかり筋トレより抜粋~”とあったっけ。

写真教室の継さんや皆さんには
さんざん迷ったあげく連絡するのを思い留まった。
きっと真正面から諭吉を撮った
構図もセンスの欠片もない
猫バカ親バカ写真だろう。
読者のコーナーみたいな所かも知れない。
写真教室も止めたんだし
こんな時だけしっかり連絡するのもどうかなぁ。

ゆきち1
↑ブログに以前載せた、この写真のモノクロでした!

友達の中にはまだ発売されていないのに
連絡した翌日にはもう
慌てて雑誌を買ってしまった人もいた。
「買ったよ、何ページ??」と連絡が入り
笑いながらも本当に申し訳ないと思った。
諭吉は今週発売のクロワッサンの
100ページというとってもキリのいい場所に
モノクロ写真で載っている。
添えられたコメントのダラダラ文章はきっと
私が書いたまんまのノーカットだろう。
記念すべき、諭吉の雑誌デビューの話は
次回も少し・・・    <続く>




Posted by 諭吉セブン
comment:6  
[諭吉
すてきなひと
友達のMちゃんが
地元の“あるお店”を手伝っていることは
数年前から知っていた。
「行きたい」と言っても
いつも話をはぐらかされたし
お店の名前も教えてくれなかった。

IMGP0269.jpg

今年も残り一ヶ月を切った十二月のある日
突然、そのお店に行くことになった。
Mちゃんと面識のない
私の地元の友達三人と
五才になる娘ちゃんも一緒に車に乗り
高速を飛ばす。

到着した瞬間から
突然現れた素敵なお店に
写真が撮れない。
大人は皆それぞれブログをやっているし
一眼も持っていたり
インスタをやっていたりなのに
どの空間も素敵過ぎて
どこを選んで切り取っていいのかが
ファインダーを覗いてもわからなくなる。
なので、写真の枚数が
私だけでなく皆、少なくなってしまった。

IMGP0296.jpg

こういう場に小さな五歳の娘ちゃんは
お母さんに連れてこられて
退屈かと心配もしたが
到着したとたんに
子供からいい大人まで
はしゃぐことしきり。
娘ちゃんは私を誘い
小さな小屋でままごとをする。

「朝ごはんはホットケーキを作りましょう。
 大根とにんじんを切ってるから
 ここで勉強していてね。
 (中略)
 ちょっと私は出掛けてくるけど
 変な人がきたら扉を開けてはダメよ。
 私はすぐに帰ってくるからね。
 寝る所はここ。
 着替えはここでどうぞ」

※ここは娘ちゃんのお家で
 娘ちゃんが“お母さんかもてなしてくれる人”で
 私は“娘ちゃんの子供かお客さん”という設定みたい。

IMGP0293_20130103201052.jpgIMGP0294.jpg

娘ちゃんはとても楽しそうに
貸切状態の小さなお家の扉を
開けては閉め、開けては閉めて
出たり入ったりと忙しい。

小さなベンチ式の白いブランコや
ピンクのべンチも小さな子の心を鷲掴みし
大人達は雑貨や料理などの
一つ一つに反応する。
オーナーさんはこの何処からどう見ても素敵なお店を
誉めても照れて素直に喜んで下さるし
そんなお店に相応しい
笑顔の素敵なスタッフさんばっかりだった。
友達のMちゃんは笑顔で私達を迎えてくれて
お料理も一つ一つキレイで
とても美味しかった。

ランチを食べて少ししてから
ちょっとした事件が起きた。
娘ちゃんがママに内緒で家から持ってきた
サンタのかわいいスノーボールが
落下して修復可能に壊れてしまった。
ご機嫌ではしゃいでいた娘ちゃんは
項垂れてしょんぼり。
誰もケガもないし良かったと思わないと。

IMGP0283.jpg

その時、ランチが一段落したMちゃんが
私達がいた庭に出てきた。
サンタのスノーボールが壊れてしまい
娘ちゃんがしょんぼりしていることを知ったMちゃんは
突然娘ちゃんに「おいで」と言って
しっかり娘ちゃんの手をつなぎ
皆の前を横切って行った。
いったい、Mちゃんは
娘ちゃんをどこに連れて行くのか。
私達は呆然と見ている。

そして・・・数分後には
娘ちゃんには笑顔が戻り
私達にも笑声が戻った。

一瞬にして落ち込んでしまった
小さい女の子のテンションを
今日会ったばかりのMちゃんが
上げてくれたこと。
(上げようとしてくれたこと)
いつもなら不安そうに
「ママ~」と叫んだり
振り返ってしまうであろう小さな子が
Mちゃんに手をつながれて連れて行かれる時
振り向かずに安心してついて行っていたこと。
子供はきっと直感で何かを感じているはず。
Mちゃんの優しさだけでなく
強さやその決断の速さに
皆、揃って感動したらしく
「会った瞬間に好きになった」とか
「素敵な人」と絶賛。
その余韻は数日経っても続いたと
娘ちゃんのママは
私に後日、しみじみ語ってくれた。

そんなMちゃんだけど
その一週間後に喫茶大力に行くと
谷口真由美さんのイラストに負けないかわいさと
日な菓子さんのお菓子に見事にやられてしまった。
「だめ、だめよ。さらわれちゃう。」
*谷口さんがあまりにかわいい人だから
誘拐というか、さらわれるという意味

谷口さんは確かにとてもかわいい人だけど
中肉中背で
そんなことを言っているMちゃんの方が
小柄で“さらいやすそう”だと思う。
その話が落ち着けば今度は
谷口さんの着ているセーターが気に入ったらしい。
Mちゃんは次にこう言った。
「その服、素敵。脱がされちゃうよ」

今日会ったばかりの谷口さんに
さらわれるとか脱がされるとか
思ったことをそのまま言うMちゃん。
谷口さんはそんなことを言われても
戸惑いながら優しく笑ってくれている。
日な菓子さんのロールケーキの美味しさも
「何、これ。美味しい」と大騒ぎ。
そして私はこのMちゃんからもらった
ちびななとちび諭吉の人形で
さっきまでゲラゲラ笑っていたのに
喜んで泣き出したので
完全に二人とも変な客になっていた。

IMGP0309.jpg
喫茶大力にて:サンタのイラストは谷口真由美さん

「私、一人でここへ来たら完全に変な人だね。」
Mちゃんがそう言うので
「私の友達み~んなに一週間前
 素敵な人って言われてるんやから」と言うと
「だって私、素敵じゃないもん。
 普通のおばさんだもん」とゲラゲラ笑い
日な菓子さんのお菓子を
買い占める勢いで次々と買物するMちゃん。

ゆっくり話していたら
電車の時間が迫ってきた。
「田舎だから、この電車に絶対乗って帰らなきゃ」
今日会った時にそう言っていたMちゃん。
電車の時間を再確認した時は
発車時間の三分前だった。
地下を歩いていた私達は改札がどこかもわからず
切符も買っていなかったので
全力でおかしいくらい必死に走った。
ドラマのように漫画のように電車に間に合って
Mちゃんは飛び乗った電車の中で
私は電車を見送って
それぞれが別々の場所でどんどん離れて行きながら
一人で笑いを堪えていたことがおかしい。









Posted by 諭吉セブン
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[diary
謹賀新年
十二月のうちにいくつも書きたいことがあったのに
あっという間に終わってしまった。
*今の状況を書こうと思っている間に
 これまた二ヵ月過ぎたので端折ります。

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この年末年始は
約十年振りに仕事でなく
自宅で迎えた。

IMGP0367.jpg
*なおちゃんからの年賀状
 蛇でも何でも彼女が描くと温かくてかわいい。
 今年も手帳に挟んで持ち歩こうっと。


去年は何かを失うのと同時に
何かを得るというのを
何度も何度も体験した。
一日の間に起こる
「天国」と「地獄」
そんな日が何度もあって
ついていくのに必死なこともあった。
想定外のことも沢山起こる。
どんどん変わっていくことが多いけど
変化を恐れない自分でいたい。
半年後や一年後の私なんて
全く想像できないと思いながら
何があっても
毎日を過ごしていきたい。

IMGP0363.jpg
初詣で大神神社でいただいた“三輪の神杉”を狙っている。
猫でなく、体はサバにしか見えないけど


このブログをうっかり読んでしまった皆さん
一年を通して全国あちこちで
私と何かの縁で出逢って下さった方も
昔から変わらず傍にいてくれる友達も
今年もどうぞよろしくお願いします。
皆さんにとって、素敵な一年になりますように。

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*諭吉トピックス
もうすぐこの子が
ちょっと活躍してくれます。
(今月中には書く予定)
元旦もダラダラと寝てばかりで
常に温かい場所を探していた諭吉。
起きてくると鏡餅を落としたり
ミニ門松を倒すことが年末からのブームらしい。



Posted by 諭吉セブン
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[diary
なかよし
「犬と猫は仲良く出来るの?」
これは私がよく聞かれる質問だけど
家によって全く違う、と思う。
我が家は皆、犬も猫も焼きもちが酷くて気まぐれで
一緒にいると喧嘩ばかりしている。
時間差で諭吉とななちゃんと遊ぶのは
なかなか大変で
諭吉と遊んでいるとななちゃんが
ななちゃんと遊んでいると諭吉が
少し離れてじーっと睨んでいる。

IMGP0328.jpg

先日、友達から
意味もなく突然もらったプレゼント。
誕生日でも何かのお祝いでもない。
袋から出して、見た瞬間に涙が溢れた。
いつもけんかばかりしている
諭吉とななちゃんが
やわらかく小さくなって出てきた。

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諭吉は左肩だけシマ柄があったり
ななちゃんのしっぽの白と茶色の配分も
作家さんが私のブログを見て
ちゃんと特徴を掴んで下さったらしい。
諭吉の片側の柄など
ブログをかなり遡らないと出てこない。

IMGP0340.jpg

この素敵な二匹を
家に持ち帰ってもきっと夫は反応しない。
おまけに彼は今、絶不調である。
自宅に戻って夫に
もらったばかりの“ちび諭吉”と“ちびなな”を見せると
案の定、「俺には関係ないから」と一言。
作家さんのブログを覗いてみると⇒☆
いきなり登場した二匹に
キャーキャーと大興奮する私に
「あほくさ」
「ななのしっぽは全部茶色や」と冷たい。
結局、間違っているのは夫で
ななちゃんの尻尾の色はちゃんと合っていた。
生きている二匹は仲良くなくても
作家さんのブログで仲良く並んでいる
後姿に感動する。

失くさないように、忘れてこないように
いただいたちび諭吉とちびななは
嬉しいので数日持ち歩き
袋に入れたまま神棚に飾ってある。

今年最後にいただいたプレゼントは
今年、起こった嫌な出来事や悔しかったことの
一つ一つ数えて一年分掛け合わせても
太刀打ちできないほど
嬉しくて幸せな気持ちになる。
本当にありがとう。

そんな友達が手伝っているお店のことを
次回は書こうと思うけど
お店の場所も店名も絶対に書かないようにと
きつくきつく言われている。
さて、どう書きましょうか。





Posted by 諭吉セブン
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[diary
非常階段
最近なかなか更新できないのに
見て下さっている皆さん
本当にごめんなさい。
私はすこぶる元気なのですが
思いのほか忙しくしており
パソコンの調子も悪いので
気長に待っていて下さい。
この子達も元気です。

_IGP0211.jpg

先月(11月)に展示会というか
イベントに続けて行ってきた。
一つは四国の香川まで日帰りで“瀬戸内工芸祭”
こちらは長くなりそうな予定なので
まだ少し先にすることにして
先にこちらから。

大阪の心斎橋で開催された菩提樹エキスポ。
ホテルの一室一室を
百人の作家さんが
それぞれ自由に表現する。
百人の作家さんは
写真をやっている人は
一室丸ごと写真を展示し
油絵やら人形制作だったり
小物だったったりとさまざま。
私の様な素人が見てもわかるほど
個性的でレベルが違う。
何カ月を要すであろう力作から
学園祭みたいな勢いのものまで。
ホテルのシングルルームには
一室一室、所狭しと作品が並べられ
狭いユニットバスまで
ぎっしり並んでいる所もあった。
それぞれの部屋への通路が狭いので
廊下から扉を開けて
部屋の中までが入りにくくて出にくい。
入った瞬間に
「怖い、早く出たい」
という部屋もあれば
「楽しい」「キャー」「かわいい」というものまで
個性的で楽しめた。

そしてお目当てはもちろんこの人はしもとみおさん
この夏、名古屋までみおさんの作品を見に行き
みおさんの絵本を買って連日読んで
すっかり浮かれてこの日を楽しみにしていた。

_IGP0168.jpg

会場に着くと廊下にいきなり
“はしもとみおさん”がいた。
ちょっと作品を見させてもらってから
話し掛けようと思っていたら
どこかへ行ってしまわれ
ひととおり作品を見てから
みおさんが戻ってくるのを待った。
一緒に行った友達はみおさんの彫刻だけでなく
イラストやその場に置いてあった
みおさんが友達のためだけに作った
出版されていない本にはまり
みおさんの部屋(みおさんの作品が展示されている部屋)を
動かず出ようとしない。
私はみおさんと話したいので
もちろん部屋から出ない。
次々と各部屋に人が入ってきては出ていくという
形式の展示会なので
私を含む友達4人は
かなり邪魔な感じだったと思う。

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結局、みおさんとは非常階段でバッタリ会って
階段の途中で話し掛けた。
名古屋まで作品を見にいったこと
絵本も買わせてもらった
このブログで書いたら⇒
友達からもとても反響があったことなど
すごい勢いで話し掛けた。
みおさんは笑いながら聞いてくれて
みおさんからも話してくれた。
今回、持ってきた作品の
半分以上を持ち帰ったこと
(展示スペースが狭いので)
来年には大きな展示会をすることなど。
しかし、目はほとんど合わせてくれなかった。
確か極度の人見知りと
どこかに書いてあったと記憶にあるし
ぐいぐい押してくる
人見知りしない興奮したファン(私)は
正直、ちょっと怖かっただろうなぁ。
優しい友達が
「きっと(みおさんに)話し掛けた場所が悪かったのかも」
「今日は最初やったから、次に会った時は大丈夫かも」とか
隣で励ましてくれていた。

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興奮したまま私は他の作家さんの部屋を回り
一枚の写真に目を留めた。
ポストカードサイズのその写真を
自分の為に一枚買ってトイレに飾り
友達の〇ちゃんにも一枚あげよう。

会場を後にして友達と皆でお茶をする。
私はみおさんと会えた興奮でか
冷静になれば、何てことのないさっきの写真を
買った意味そのものがわからなくなってきていた。
友達がすかさず
「何で〇ちゃんに、その写真をあげようと思ったの?」
と聞いてくる。
すると話は思わぬ方向に発展し
〇ちゃんにとっても
他の大切な友達にとっても
夢が広がるような展開に変わってきた。
これは又、来春にでも
このブログで書けそうなので
どうぞお楽しみに。

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そしてこの日、友達もはしもとみおさんの
彫刻やイラストに興奮し
「はしもとみおさんの本を出版して欲しい」と
何度も何度も訴えていた。
訴える先は、みおさんご本人でもなく
主催者でもなく、もちろん出版社でもない。
はしもとみおさんの部屋にいた
当番をしていたボランティアさん?
友達や知り合いでもなさそうな、
ただそこにいた人に
「本を出して」と繰り返し訴え続ける友達。
形もルールもそこにはない。
当番のボランティアさんが
ちょっと困って見えるくらい
友達はただ感動して、
それを伝えたかったんだと思う。
私はそれがとても嬉しかった。
非常階段の7階か8階の落ち着かない場所で
(地上1階まで見えるのでちょっと怖い上、人が多い)
一方的に話し掛けた私より
友達が“感動した!!”という気持ちは
みおさんご本人にも
冷静にきちんと届いたに違いない。



Posted by 諭吉セブン
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[diary
最後のロケ
今年は大好きな場所を手放してしまう
一年なのかも知れない。
まずは森田料理教室。
(こちらは一応、卒業なので)
そして職場である老人ホーム
11月は悩みに悩んで
奈良まで月に一回通っていた
写真教室をやめることにした。

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これからのことを考えると
いたしかない理由なのだけど
一年半の在籍の中で
半年以上仕事などで休んでも
皆さんに優しくしてもらったし
私の写真のいい所を一生懸命探してくれた
写真教室の先生である、継さん。
本当にお世話になりました。

_IGP0006.jpg

写真教室の人達はそれぞれに
撮りたいテーマなどもちゃんと持っていて
上手いけど更に更に上を目指している。
私と言えば取説を読むのが苦手で
カメラの基本的な操作もわからず
テーマも特になく
その癖、うまくなりたいとは欲張っている。
なのに撮る枚数のムラときたら酷くて
撮り過ぎて一緒に出掛けた友達が
うんざりすることもあれば
カメラを何日も持ち歩かないこともある。

最後の写真教室の日は有難いことに
京都でのロケ(撮影会)だった。
洛西の竹林公園などに加えて
一度、継さんを連れて行きたかった
QUIQUIさんでのランチも予定に入っていた。
継さんにQUIQUIさんでの料理写真の撮り方を
教えてもらいたかったので
決まった時は嬉しかったのに
これを最後に写真教室をやめるという
複雑な気持ちでもあった。

当日の最初のロケ地、洛西竹林公園では
先にトイレに行っておくはずが
忘れていて竹林の中で行きたくなり
我慢し続けたら意識がぶっ飛んだ。
だんだん倒れそうになってきて
竹林を散歩している見知らぬ人にすがるように
公衆便所の場所を聞いた。
しかし又、そこまでが遠くて寒くてフラフラして
やっとのことでトイレに着いた。
ひっそり立てて置いてあったトイレットペーパーを
入る人がそれぞれ譲り合って
少しずつ遠慮して使っている感じが
見ただけで伝わってくる。
おかしくてやっと、正気に戻った。
そんなわけでで写真は竹林を撮っていて
何となく誰かがシャッターを押すのにつられ撮っていたけど
頭のことはトイレのこと以外になかった。

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その後、光明寺に行くと
人工的かと思うほどの紅葉の鮮やかさと
どこを見てもの人の多さに又、フラッとする。
QUIQUIさんの美味しいランチも
今日で皆さんと会うのも終わりだなと思うと寂しくて
いつもなら写真を見るとすぐに思い出せる美味しさも
なかなか思い出せずに
店主のちかさんに申し訳ないくらい。
なのでこちらは当日でなく
その10日ほど前に行った時の11月の写真になる。
(同じメニューですが野菜が少し違う)

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継さんに教わったことはたくさんある。
でも技術的なことは少しかも知れない。
カメラを持って二年半経った今も
「ホワイトバランスって何ですか?」という
そんなレベルの私である。
そもそも先生の継さんに
何を聞いていいのかがわからないのだ。
そんな私でも
一瞬一瞬の風景の片隅から
この世界はどんどん広がっていくということ。
誰かと一緒に写真を撮ることで
視界がぐんと広がったり
視点が変わることも
同じ教室の人、皆に教わった。
好きなもの、興味を持ったものに
とことん貪欲で真っ直ぐに
カメラにおさめようとする人達の中で
私はいつも安心して
のびのびと呼吸することが出来た。

写真を楽しむということは
人生を楽しむということ。
そんなことがきっと
継さんから教えてもらったシンプルで
大切なメッセ-ジは
そんなことかも知れない。

初対面の時に継さんが言ってくれた言葉を
私はきっとこれからも忘れない。
「写真を楽しみや。
 自分の文章も写真も、否定しんと肯定したらいい」
そして今年の初めに
作家さんに文章を認めてもらったと喜んでいた時は
「もし、今後本でも出すようなことがあったら
継さん、写真お願いしますね」と冗談で言ったら
「自分の写真で自分の文章を補えるようにしいや
 その為に勉強してるんやで」

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こんなお別れの文章を書いているけど
すぐにどこかで
ばったり会えるだろうし
数か月後に写真教室に戻っていたら
その時は笑って下さいね。
皆さんに出逢えたことに
心からの感謝を込めて、ありがとうございました。
















Posted by 諭吉セブン
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[カメラ
“のんちゃん”と“よっちゃん” ~祝 figさん2周年~
自分を大きく見せようとする人は多い。
テレビで見る政治家だったり
どこの会社にでもいる
本当は弱いくせに
強く見せたい上司だったり。
そして自信を持っていいのにと思う
私の友達は案外多い。

この春、知り合った“のんちゃん”は
何かあるとすぐにこう言う。
「自信ない」
「私、不器用やから」
「どうしよう~」
私は何度もその言葉を聞いたけど
本当は何でも出来る人で
そしてかなり器用でもあるので
もう騙されないぞ、と思ったりする。

向日市にある小さなパン屋さんとカフェのお店
“figさん”が
この11月に2周年を迎えた。
のんちゃんはこの日に合わせて
以前一緒に行ったお店にあったような
お店のオープンから営業終了までの
写真集を作るらしい。

figさんの2周年記念のランチは
QUIQUIさんがデザートを担当して
常連のてつおさん(あだ名)の野菜を使って
一品一品がどれも美味しく
見ても食べても幸せな気持ちになれた。
ランチは前半と後半の部に分かれていて
私が後半の時間に行った時には
前半に来ていたのんちゃんは
もう帰った後だった。
のんちゃんの写真集は完成していて
素敵な写真がいっぱい。
写真ももちろんだけど
どれだけこのfigさんが好きか
figさんの店主、よっちゃんに感謝しているか
その愛情が一枚一枚の写真や短い言葉から
ダイレクトに伝わってくるような
たまらない仕上がりになっていた。
これを作る時にはきっと
夢中で楽しくてやっていて
不安も何もなかっただろうな。

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店内にいた、いつもの常連さん達が
「その写真、見たら泣くよ」と言う通り
やっぱり見たら泣けてきた。
少し前にのんちゃんと一緒に遠出した時に
未来の不安や心配なことを
口にしていたのんちゃん。
その時すぐに、言葉を掛けられなかったので
私は後日、手紙を書いてみた。
私の友達でのんちゃんにとっては
面識のない人のことでも
その人が心ない風評被害で傷ついたと聞けば
ポロポロと目の前で
きれいな涙を流してくれたっけ。
「どうしよう、何も出来ひんけど」と言いながらも
小さな子猫達だったり
誰かを必死で助けようとしたり
ふわふわと見えても芯は強くて
そこにいるだけで
何だか周りが安心するような人なのだ。

そんなのんちゃんだから
この先、何があっても
必要な時にはきっと
誰かが支えたり、助けたりしてくれるだろう。
蒔いた種しか育たないっていうもの。
それを伝える為に
ひさびさに熱い変な手紙を書いた。
もし誰もいなくてもとりあえず、
私がまず行くからと。
自分のことには自信が持てなくても
のんちゃんのように誰かの為にがんばれるって
とても素敵だと思うよと思いながら
写真集をもう一度見た。

京都の向日市という小さな町の
小さなカフェとパン屋さんfigさん
その店の店主“よっちゃん”
こちらの店はよっちゃんより
ちょっと年上の常連さんも多い。
体調を崩したと聞けば心配し
何かあったと聞けば飛んでくる
笑顔の素敵な人達ばかりだ。
「いつも皆に支えられていて、本当にありがたい」
よっちゃんはいつもそう思うらしい。

figさんのお店の扉はガラスになっている。
私はお店が空いている時に
よっちゃんと二人でのんびり話しながら
ガラス越しにいつも一緒に外を見る。
そして何度も何度も見る景色はいつも同じだ。
パンを買いに、コーヒーを飲みに
笑顔で扉を開けようと
やってくるお客さん達。
新聞配達のおじさんはいつも変わらずに
満面の笑みで夕刊を配達してくれる。
それを負けない笑顔で受け取るよっちゃんの姿は
この世のいい所を全部かき集めたような
温かい空気になる。
今年はよっちゃんにとって
ケガをしたりいろんなことが重なって
苦しい日も多かったらしい。
それでもお客さん一人一人を
大切な家族のように思って
細々とした連絡も小さな約束も
守ろうとがんばっている。

よっちゃんはのんちゃんの写真集を
「仕事中に見たら泣いて仕事にならないかも
 知れないから後でゆっくり見せてもらおう」と言って
黙々と二周年のランチの準備をしていた。
そして合間に友達が持ってきた
結婚式のアルバムを見て
可愛すぎて感動したらしく、涙ぐんでいた。
「結局泣いてるやん」と
私は心の中で思いながら
その横でのんちゃんの写真集を見ながら
涙をこらえる。

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私はよっちゃんに今まで二度ほど
仕事とは又、別のことで
「もっと自信を持ったらいいのに」と言ったことがある。
助けてもらっているようでも
心配ばかり掛けているようでも
よっちゃんも皆を支えていて
自分では気づいてないけど
誰かの背中をそっと押している。
だから皆、この店にやって来る人は
笑顔で扉を開けて
やってくるんだと思う。
美味しいパン屋さんは
京都にもあちこちあるかも知れないけど
扉を開ける前から
お客さんが笑顔になって入ってくるお店なんて
なかなか探しても見つからない。
そんなお店をやっているんだから
もっともっと何に対しても
自信を持ってもいい。

この日、私と終日過ごしてくれた友達も
今が一番幸せなはずなのに
ニコニコ笑顔の中に見え隠れする
不安もいっぱい、心配もいっぱい。
それでも私はいつも思う。
絶対に皆、大丈夫だって。
その揺るがない自信は
いったいどこからくるのか全くわからず
考えると私まで不安になるので
やっぱり何も心配しないことにしておこう。













 


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食べログと幻のラムネ
今年の春から
何度も車を飛ばして行っている
喫茶店がある。
今日、Sさんに聞いてびっくりしたのだが
その店の“食べロク(口コミのお店の評判サイト)”に
何と喫茶店のコーヒーなどの評価と一緒に
私とななちゃん(芝犬)のことが載っているらしいのだ。

この夏、その店に行った時に
車の中だと暑いので
ななちゃんを店先の日陰に繋がせてもらった。
ななちゃんは静かな時は何時間も静かだけど
鳴く時はよく吠える。
その日は通りを人や犬が歩くたびに鳴くので
お店やくつろいでいるお客さんにも悪いと思い
コーヒーを飲んで早々に帰ろうとした。
それでも店主さんが
「せっかく来たのにゆっくりしてって」と
言ってくれたので
その言葉に甘えてゆっくりしていた。

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その時、店内にいらっしゃったご夫婦は
静かにコーヒーを飲み
ゆったり過ごされていた。
そしてそのご夫婦が
大阪から京都と奈良の県境にある
こちらのお店まで来られているらしいと
店主さんから聞いた。
わざわざ遠くから来てくれたのに
ななちゃんが鳴くのに私はくつろいで帰らないし
ゆったり出来ないのではないかな、とか
この店の評判が悪くなるのも嫌だなぁと
そう思っていた。
そしてご夫婦が帰ろうと車に向かわれた時に
ご夫婦にラムネを渡した。

奈良には有名な“幻のラムネ”がある。
抽選なのか、くじをひくのか
とにかくなかなか入手困難らしい。
(私は何も知らずにMさんからいただき
 何も知らずに食べていたことがある)
たまたま車で奈良を走っている時に
私は友達とこのラムネを見つけた。
お婆ちゃんが一人で店番をしているような
小さな小さな和菓子屋さんで
友達が後部座席からガラス越しにラムネを見つけて
大騒ぎしたのが今年の夏だ。
以来、そのお店で幻のラムネが
簡単に買えるようになった。

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その日、奈良からの帰りで
私の車には買ったばかりのラムネがたくさんあったので
そのご夫婦に一つ渡した。
ななちゃんが鳴いたのに
私が帰らないお詫び?と
奈良のお土産として良ければどうぞ、という感じで。

ご夫婦はそのラムネの存在をご存じで
「これは!!」と驚きながら喜ばれたので
「ここをずーっと南へ行って~」と
和菓子屋さんの場所を教えた。
「写真を撮らせて下さい」とおっしゃるので
今日はちゃんと化粧をしていないので
困ったなと思ったけど、あかんあかん。
きっと私ではなく
ななちゃんをかわいいと言ってくれたから
「ななちゃんの写真ならどうぞ」と言い掛けたが
言わなくて良かった。
和菓子屋さんの住所と電話番号が書いてある
袋を写真に撮って記録したかったらしい。
自分だと思ったのも恥しいが
ななちゃんだと思ったのも恥しい。

そんなことがこの夏にあったことは覚えている。
そしてまさか、その件が
食べログに載っているとは思いもしなかった。
もちろん、写真を撮ってもいいですか?という件はない。

お店の前にはかわいい犬がつながれています。
お店の犬だと思っていたら、お客さんの犬でした。
よく鳴くので、誰か来たのかと思ったら
お店に向かって泣いています
(どうも、飼い主を呼んでいたようです)。
僕が「よく鳴く犬なんや」とつぶやいたものだから、
帰り際に、京都からの常連さんという
飼い主のお客様から奈良名物のお菓子の
おすそ分けをいただいちゃいました。
気を遣わせてしまいました。
犬が鳴くので誰か来たのかと
駐車した車が気になっただけなのですが…。
こんな出来事もアットホームな
このお店らしいと勝手に納得しています。
≪食べログより抜粋≫


もちろんこの文章の前後には
お店の印象やコーヒーなどが美味しいことが
たっぷりと書いてある。
私とななちゃんのエピソードも
食べログの高評価に繋がる書き方になっているので
あぁ、良かったと安心し、笑えた。
『感じの悪い常連客とうるさい犬
(私とななちゃん)』とでも書かれたら嫌だった。
大好きなお店の評判が落ちるのは嫌だしな。

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どこでだれが何を書くか
本当にわからない時代だなと思う。
あの時、ラムネを持っていて良かった。
そして人にはいつも親切にしようと思ったし
あの時、初対面の年上のご夫婦に
ラムネを渡すのはちょっと恥しかったが
やっぱり、渡して良かったんだなと思った。
それよりもさっさと帰りなさいと言われたら
それまでだけれど。

*写真は記事と全く無関係です。
ホットカーペットを楽しむななちゃんと諭吉。
なので珍しく二匹でフレームに納まっています。
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月の光のこと
先日、奈良市内で行われている
小さな言葉のお芝居
「月の光」に行ってきた。
その少し前に倍音声明や
耳の聞こえない写真家の齋藤さんの写真を見て
「聞こえること、聞こえないこと」
「見えること、見えないこと」などが
私の中の一つのテーマのようになっていた。

月の光は近鉄奈良駅からすぐの
個人のお宅で行われているらしい。
案内にはその人個人の
携帯のアドレスとそのお家のおおまかな場所だけ。
パソコンで探してもほとんど情報はない。
行った人の感想では
その朗読会は千円で“おもてなし”が付くけど
もうその“おもてなし”のお菓子と飲物だけで
十分満足できるのに
更に本の朗読までたっぷりあるらしい、ということ。
誰にでも来てもらいたいというのではなくて
あまり宣伝せずに口コミで広がり
一人の人が朗読されて
友人が何人かボランティアみたいな形で手伝い
多分、ケーキなども手作りではないか?
もう何年も続いていて
開催日は毎月不定期らしい。

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とても楽しみにしていて
すっかり行く気だったけど
当日の朝、冷静に考えると
お菓子や飲物などの準備もあるので
予約が必要なのではと案内を見ると
「要予約」と書いてあり
出掛ける寸前にななちゃん(柴犬)の散歩をしながら
慌ててメールを送る。

大雨に降られ車が思うように進まず
開催時間に10分ほど遅れて奈良に到着した。
そのお家はすぐに見つけられて
照明を薄暗く灯して
正に、今始まるという感じだった。
(多分、私を待って下さっていたのだと思います)
薄暗い所に10人ほどの人が集まっていることに
「びっくりしませんか?」と聞いて下さったが
いろんな所に行っているので
薄暗い所に知らない人が集まっていても
何も驚かず怪しさも感じない自分に
ちょっとびっくりする感じかな。

席に着くと同時に美味しいコーヒーと
今まで食べたことがないほど
美味しいモンブランが目の前に出てきた。
これが噂のおもてなしかな?
モンブランの写真が撮りたいけど
そんな時間ももちろんなく
トイレもぐっと我慢していると
ほどなく朗読は始まった。

川添さんと言う女性がお一人で
約一時間半、休憩もせずに朗読される。
朗読は萩原浩の
「さようなら、そしてこんにちは」
この話ももちろん良かったのだが
何より感動したのはその表現力だった。
抑え過ぎず、激し過ぎず
こちらの想像力はどんどん膨らみ伸びる。
薦めて下さった方が川添さんのことを
「本がとても好きで
言葉やその文章の中の想いを
 とても大切にしている人」といっていたのが
本当にぴったりだ。
確かに上手いのだが技術だけではなくて
この本というかお話を
何度も何度も読まれて
今、私達に語ってくれているのだろうという
そんな感じがした。
登場人物が頭の中で動き
言葉を発していく。
この朗読に心を打たれるのはきっと
表現が真っ直ぐだったからだ。

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一時間半ほどの朗読が終わって
私は感動して泣いた。
周りの人も皆、泣いておられた。
薄暗い中で知っている人もいないので
何も気にせずに泣けて
何だか肩や首のつかえがとれた感じだった。
でもゆっくり泣いている場合ではない。
トイレを我慢していたことを急に思い出した私は
大急ぎでトイレに駆け込み
もとの部屋に戻ってくると
さっきまで泣いていた人達は
もう帰ってしまわれた後で
何だか夢を見ているようだった。
なので誰ともその感動を分かち合わずに
帰るしかなかった。

帰り道で車を走らせながら考えるが
やっぱり分かち合わなくて
良かったのかも知れない。
その時私が感じたことは
誰かに聞いてもらうものでもなく
話し合うべきことでもない気がした。

後日聞いた話によると
私が京都から行ったことを
朗読された川添さんは
とても喜んで下さっていたらしい。
そして当日の朝に急にキャンセルした人がいたので
私の分のお菓子があったらしい。
(次回からは事前に予約します、すいません)

見えることは判りやすいし
聞こえることは理解しやすい。
形としてすぐに伝わるのは有難いと思う反面
見たくないことも聞きたくないこともあって
それでも覗いてしまったり
聞いてしまういらない情報は多い。
見えないことを感じようとしたり
聞こえない声を拾おうとすると
想像力が働くだけでなく
その人やそのものの本質が見えたり
心の奥の声が聞こえるのかも知れない。

月の光が大切にしている
キャッチコピーはこれ。

ほんとうに
たいせつなものは
めには
みえない
そう、
しんじています


見えることと
見えないことは実はあまり違ってなくて
生まれることと死ぬこと
嘘と本当や
光と影
そして出逢いと別れなど
真逆のように思えることの全部が
実は表裏一体で
同じなんだと思えた。

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昨年の秋に東京で山田ズーニーさんの
講座に出逢ってから
もうこの秋で丸一年になる。
この一年で私はかなり
物事を“ちゃんと考えられるように”なった。
直感だけに頼って生きてきたし
楽しそうなことや興味のあるものに魅かれて
走ってきただけだった。
そんな気の向くままにやってきたことを
整理して考えていくことのおもしろさを知った。
東京で一緒に学んだ仲間の文章と私の文章が
今、離れて暮らしていても共存して
ズーニーさんのコラムで
何度も目にする楽しさを超えた感動に
心が震えることも知った。

今の私にはまだ何も見えないけど
半年後、そして一年後
思っていなかった世界が
私の前にもきっと周りの人の前にも
広がっているんだろうと思う。
去年の秋に決まっていたことと言えば
「来年は仕事を辞める」ことだけだった。

11月からは知らなかった世界に
運よく飛び込んだばかりだが
これが予想に反し、妙に楽しい。
それでも新しいものを手に入れることは
同時に何かを手放すということだと
しみじみ感じながら日々を過ごしている。
又、その話は近いうちに~

*写真は記事と無関係です。
大好きななづなさんにて
いつも見守って下さっているヒロさん
本当にありがとうございます














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怒りの行方
徳島から戻った日
ポストにメール便が届いていた。
数週間前にアマゾンで頼んだおいた
来年のスケジュール帳だった。

毎年買う西洋占星術のYさんの占いが
たっぷり載ったそのスケジュール帳は
今年はかなりバージョンアップして
私のテンションは上がりっぱなしだった。
ところがその2日後に
出版ミスが発覚したらしい。
芸能人のブログやツイッターが炎上というのは聞くが
初めてブログの“炎上”というものを見た。
出版社より先にYさんが自分のブログに
謝罪の文を載せると
コメント欄がそこから2,3日で
100件を超える書き込みになった。
多分、コメント欄だけでなく
本人への直メールも行っているだろう。
内容は“怒り”だけではない。
「大丈夫ですよ、気にしないで」
「出版関係の仕事をしていて他人事とは思えない」
などの励ましや同情の言葉から
「買わなきゃ良かった」だの
「誠意が感じられない」
「だから、あなた自身はどうしたいの」
「最近、調子に乗っているんじゃないの」など
匿名で好きなことが書いてある。
そしてそのコメントに対してご本人でなく
又、他の人がクレームをつけ
怒ったり、ばかにしたりしている。
まるでうっかり
「2ちゃんねる」を覗いてしまった時のような
後味の悪い感じがした。
誰が誰に失望したのか
何に対して怒っているのか
怒りそのものが変わっていたりする。

怒っているうちに怒り過ぎて
誰に対して、何に対して怒っているのかさえ
わからなくなったり
争う相手でない人と
もめることもあるだろう。

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老人ホームの仕事の時に
とても理不尽なことで怒られたことは
何度も何度もあったなぁ。
「俺の人生を返せ!」と頭痛がするほど
怒鳴られたことは今でも
簡単に思い出せる。

体調が悪くなった
老人ホームに入居中の高齢者さんが
緊急搬送してそのまま入院となった。
その家族、息子さんは入院ということで
お金がかかると言って怒って
私に当たり怒鳴り散らした。

「なぜ、病院に連れていったのか。
 いったいお金がいくらかかり
 どれくらいの入院になるのか」

どれだけ怒られたとしても
命に関わることだし
苦しんでいる人を
放置しておくことは出来ない。
するとおまえ(私)が病院代を払えと怒られ
老人ホームの保証人を降りると怒り
どれだけ親のせいで
自分の人生が大変だったかを語られた。

あの親のせいで希望の大学に行けず
あの親のせいで希望の会社で就職できず
あの親のせいで好きな人と結婚できず
あの親のせいで離婚することになった。
俺の苦しみがどれだけわかるのかと。

そしてその後、又怒りはこちらに向いて
私は怒鳴られ、叫ばれた。
「俺の人生を返せ」

もうここまでくるとどうしようもない。
私はこの息子さんの人生を
破滅させた覚えはない。
それでも理不尽に怒られると言うのは
精神的には持ちこたえられても
頑張って平静を装い続けたおかげで
体はぐったり疲れた。

結局、その入居者さんは
翌日には病院を退院された。
本当は入院が必要だったけど
認知症や精神疾患もあって
病院で一晩中騒いだので
追い出されたというのが正確な理由だ。
なので翌日にはもう息子さんも
お金の心配がなくなってケロッとされ
私に「俺の人生を返せ」と言ったことも
忘れておられるような気がしたくらいだった。
そもそも何に対して怒り
怒りがどこまで行き
なぜ理不尽に怒鳴られたのかはわからない。

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Yさんの炎上したブログのコメントを読んでいると
その内容の“幼なさ”にちょっと悲しくなった。
でもなぜ、そう思いながらも
私はそのコメント一つ一つを読んだのだろう。
きっとそれはあほらしいとか
幼稚だなと思いながらも
私自身が持っている気持ちを
写した鏡なのかも知れないとも思う。
誰かや何かに期待したり
自分で動いているようで
他力本願だったり
思うようにうまくいかなかったら
その責任をどこかに求めたり
目先のことで怒ったり悲しんだり。

これからもきっと私は
怒った所で何も始まらないことがわかっていても
現実を全部受け入れ許せるほど
“出来た人”にはなれないかも知れない。
それでも何に怒っていたのか
何に悲しんでいたのかを見失わないように
誰かや何かのせいにせずに
目の前のことにいつも
向き合っていきたいと思った。

Yさんはきっと出版社から謝罪のコメントが出る前に
制作者側の責任として
とりあえず早く
どこかで謝りたかったのだろう。
占いをネットで発表することで
今の位置を築き本を何冊も出した人だから
誹謗中傷も覚悟の上だと思う。
この件に対して更に数日後
出版社の窓口が案内され
ブログはしばらくして落ち着きを取り戻した。
今年のYさんの手帳がきっかけはどうあれ
例年より多く売れますように。
















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藍のマクロビフレンチレストラン
9月の月末に徳島に行ってきた。
QUIQUIのちかさんが
藍のマクロビフレンチレストラン”を徳島でやるので
ちょっと遊びにというかお手伝いに。
そもそもなぜそういうことになったかと言えば
友達とランチをしに行った時にちかさんが
「徳島、がんばらないと。勝負所のような気がする」
と言ってたのを聞いた。
大人というかお母さんが必死にがんばるならば
一緒に行くHちゃん(5歳、ちかさんの娘ちゃん)が
長時間、ほっとかれて可哀そうかなと思って
ふと「手伝いに行こうかな」と言ったのがきっかけ。
私の役目はHちゃんと遊ぶことと
時間があれば写真も撮ることになっていた。

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会場は天井、壁、床も杉を使った素敵なスペース

一人で高速バスで徳島に到着し会場に向かったが
場所が全くわからなかった。
お昼前の準備で大変な時に
土地勘のないちかさんに電話して聞くのもどうかと
あちこちのお店や庭の手入れをしている人に聞くが
皆声を揃えて「知らない」と言う。
それでも何とか勘なども頼って見つけて
会場になっている場所に入ると
そこにはお客さんがたくさん来ていて
別世界が広がっていた。
皆、どうやってこの場所に辿りついたのだろう。
ランチもディナーも
車を止める所を聞かれることはあっても
お客さんは迷わずに来ているみたい。
おまけにこのお客さん達は
face bookで徳島の主催者さんが呼び掛けて
集まってくれた人らしい。

徳島の野菜は生産量は日本一なのに
消費量はとても低いとか。
確かに私も高速バスで四国に到着した時から
うどんが食べたいと思ってしまったし
“徳島ラーメン”なども有名だ。

厨房に到着するとちかさんが必死で一人、食事を作り
主催者側である山本さん西本さんがサポートしている。
隣の部屋でHちゃんはトトロを見て落ち着いていた。
「配膳とか手伝ってもらわなくても大丈夫」と聞いていたが
スペースも広く、忙しそうなので
私はがっつりと配膳やらテーブルセットなどを手伝う。
いいお客さんばかりでびっくり!!
一品一品出す度に「ありがとう」と言われ
お皿をひくたびに「ありがとう」と言われ
デザートのプリン用のスプーンを
早めに置きにいっただけでも
「ありがとうございます」と言われてびっくりした。

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  本田麺を使った藍のジェノベーゼ

徳島ではオーガニックや食べ物に関心があっても
「食べる場所そのものがない」らしい。
配膳するたびに
「このトマトソースには何が入っているんですか」と
調味料や食材を細かく聞かれ
こんなことならちゃんと準備してくれば良かったと
バタバタと厨房に戻っては
ちかさんに聞いて
もう一度テーブル席に戻って説明する。
そんな感じだったけど
ランチもディナーも無事に終わって
お客さんは皆笑顔で帰っていった。

前日の夕方から立ちっぱなしで仕込みをし
寝ていないらしいちかさんは
それでも集中力を切らさずに
最後まで料理をし続けた。
私はこの場所にちょうど12時間いたけど
その間、ちかさんは30分だけ横になっていたけど
それ以外はずーっと立ちっぱなし。
作って置いとけばいいのにと思うくらい
お客さんごとに少量のソースを温め
お客さんごとに少量のパスタも茹でる。
そして一品一品、味見もしていた。
「もういいや」という妥協がまるでなくて
ただ集中して急いでいるけど
丁寧に手を抜かずに作っていく。
主催者の山本さんや西本さんは
そんなちかさんを徹底的にサポートしていた。
料理はパンを温めるくらいしか手伝わず
ちかさんが料理しやすいように
料理に集中できるように。

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  ハンバーグやソースにも藍の葉が入っている

私は配膳を手伝いながら
Hちゃんと遊んだり
写真も少し撮ったけど
こんな時になってからもっと手軽なデジカメでも
持って来れば(買ってくれば)良かったなとか
常からもっとパパッと撮る練習なども
しておけば良かったと後悔した。
いつも料理の写真を撮る時は
角度を変えたり場所を変えたり
自分が客だったり、料理教室の生徒だから、
そこはのんびり出来るけど
厨房で作られた料理を
のんびり何枚も撮リ直す時間はなく
待っているお客さんに
さっさと出さなくてはいけない。
そんな状況でロクな写真は撮れなかったけど
それでも久々のサービス業はとても楽しくて
私はずーっと笑顔でお客さんと接することが出来た。
「美味しそう」と言われ「美味しかった」と言われ
自分が作ったわけでもないのに
とても嬉しかった。

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藍のプリンにそば粉のガレットと柚子ゼリー

深夜12時を過ぎてようやく片付けも終わって
くたくたになったちかさんや
眠っていたHちゃんは
次の場所へと向かう。
私は二人のことが気になりつつも
翌日、帰らないといけなかったので
ビジネスホテルに向かった。
最後に見たちかさんは
やり切った充実感と共に
とても疲れた顔をしていた。
ま、あれだけがんばったんだから
あたりまえかと言い聞かせる。

数日後にちかさんのブログを見て⇒
私が帰った日に
台風の後でパッと虹が出て
虹をバックに笑う彼女の写真が出ていた。
あの日、最後まで一言の弱音も吐かずに
がんばっていたちかさんの姿を思い出して
私は写真を見て涙が溢れて止まらなかった。
「ブログを読んで感動して泣いた」と私が言うと
京都でいつもの生活に戻った彼女は
「えっ?」と不思議そうだった。
確かに仕事だと言えば仕事だけど
「だって、私がおいしいものを作らなければ
 始まらないから」と淡々と
いつものように答える。

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徳島での時間は
ただ楽しかった、行けて良かったとか
いい人ばっかりだったとか
ちかさんががんばっていたっていう
単純なものではない。
あれから一ヶ月近くたったけど
それが何なのかは未だにわからず
言葉や写真では表現出来ない。

「徳島が呼んでるんちゃう?」と
私に言ってくれた人が後日掛けてくれた言葉が
胸に沁みる。
「ずーっと働いてきて、そして又働くなら
前の仕事と次の仕事の間にある
今のこの時間の中で
どれだけのものを掴めるかやね」

その言葉の深さはまだまだ掴めない。
今の時間が本当にかけがえのないことは
私自身が一番良くわかっている気もする。
とても濃い一日だった徳島は
高速バスなら往復5000円~7000円ほどで
京都や大阪から行けるらしい。
又、今度は天気のいい日に行きたいな。

徳島で出逢った皆さんに、又会えますように。
そしてちかさん、お疲れ様でした。
私を徳島に呼んでくれたことに
心から感謝します。ありがとう!
一緒に遊んで
たくさん笑ってくれたHちゃんも
本当にありがとう。

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[diary
聞こえる、聞こえない ~倍音声明と齋藤さんの写真~
私に大きく欠けているものの一つが
“集中力”だと自覚している。
何かをしていても違うことを考えたり
すぐに飽きてしまったり。
皆を誘って遊びに行ったはずなのに
友達は皆、楽しんでいるのに
一人、さっさと飽きて
帰りたくなったことも何度もある。
以前、仕事でミーティングしている途中で
少し離れた場所でナース同士の会話が
聞こえたので少し口を出した。
その時、会議に出ていた東京本社の人が
「あなたは頭の回転が他人より速すぎる。
 いろんな所に気が行き過ぎて
 あちこちの声を拾うから
 頭の中が常にくるくる回っているのね」と言われた。
これは誉め言葉のようにも聞こえなくないが
昔でいう“くるくるパー”と言われている気がした。

集中力を鈍らせる原因の一つが
以前、少し書いたが
私が“絶対音感”であることや
同時にいくつかの声を聞いてしまうことだ。
音楽を仕事にも趣味にもしていない今
絶対音感はあまり役に立たないし
何かの音がドレミに聞こえたり
まわりの音が全部耳に入ってくるせいで
目の前の人と話しているのに
隣の席や後ろの人の会話も同時に聞こえ
人の声以外の音も全部拾ってしまう。
私が集中するためには
とことん静かな神社仏閣か山の中。
又は、ガンガンにうるさい大音量で
音楽がかかっている場所など
極端な所しかないのかも知れない。

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気功仲間の金沢のしずえさん
今年の春“倍音声明”を体験された。
倍音声明は母音の
ウ⇒オ⇒ア⇒イ⇒エ⇒沈黙 を繰り返す
チベット密教の修行の一つらしい。
ホーミーとは又違う感じで
もともとは一人でやる修行というか瞑想で
ダイナミックに大勢で声を合わせれば
「そこにないはずの声」が聞こえやすくなるらしい。
修行であるけど浄化作用もあるので
終わった後は体が軽くなったり
感覚が鋭くなる人もいるみたい。
私がこれを体験すると
どんなふうに感じるのか、聞こえるのか
次に関西で行われる時は
絶対参加したいと思っていた。

先日、念願だったこの倍音声明に
大阪で参加することが出来た。
私も周りの人も皆
「ウ~オ~ア~イ~エ」しか言っていないのに
その声の間には
確かに歌が聞こえてきたり
いろんな楽器の音が聞こえたりしていた。
最初は練習で一重の輪になって
次は二重の輪になって内側の人は外向きに座り
音のシャワーを全身で浴びる感じ。
最後は歩きながらも行った。
いろんな音が聞こえるけど
耳鳴りでも幻聴でもなくて
これは体に響き、
人と声を合わせることで自分が耳で拾っている
音らしい。

講師の成瀬先生がヨガの先生なので
参加者はヨガや太極拳などをやっている
独特の雰囲気の人ばかりかと思った。
会場に着くと服装もきっちりされている
カルチャースクールに参加している感じの
年配の上品な人が多く
体を動かすことに
あまり縁がないような方も(失礼)いらっしゃった。
年齢層も高めで
(50~60代くらいの人が多い)
これは毎回違うみたいで
8割、9割が初参加らしい。
50人以上は集まったこの人たちは
皆、どこでどう聞いて
この場に来られているのだろう。
そして終わった後は口々に
「楽器の音が聞こえた」
「太鼓がドンドン鳴っていた」とか
「無性に泣きたくなった」
「眠くてしょうがなかった」と感想をおっしゃる。
私だけでなくその場にいた人がそれぞれ
いろんな声や音を聞いていた。

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私はあくびばかり出てしまい(気功の時と同じ)
最初はあくびだけでなく、
声を出し続けることで咳込んだ。
それでも声を出していると
続けるうちに咳は止まって
大きな太い声が出るようになった。
終わった後は約2時間、声を出しっぱなしなのに
不思議に疲れず体は軽くなった。
その場にないはずの声が探りたくて
歩きながら声を出している時などは
必死で周りの人の声を聴きながら歩いたけど
性別や年齢などの違いで声の高低差などあるものの
やっぱり歌を歌っている人もいないし
楽器のような声を出している人もいない。
とても貴重で不思議な体験をした。
怪しさも宗教っぽさもなく
又、参加したいなと思ったし
自分の耳に嫌でも入ってくるいろんな音を
雑音としてでなく
もっと上手につきあえて
もっと音を意識して暮らせるようにしよう。
街に出ると嫌でも音が聞こえるけど
自分に必要なものとそうでないものを
もっと自然に聞いたり聞き流せたりしたら
私の集中力は何とかなるかも知れない。

その翌日、ほぼ日で
写真家である齋藤さんの写真を見た。
それは今までみたことのある写真とは
又、違う質感に思えた。
特に障がいを持っている人の
写真から受ける“その人の持つ強さ”とか。
*もうこのページは整理されてしまったけど
以前はスライドショーで
かなりの枚数の写真が見られるようになっていた。

この人の言葉が素晴らしい。

  カメラマンから被写体への
  一方通行的なものでなく持ち上げるのでもなく
  こちらが耳が聞こえないから
  (齋藤さんは耳が聞こえない)
  相手にも何かしらのアクションで
  意思表示してもらわないといけない
  その中で見つける“接点”
            
聞こえるからどうとか
聞こえないからどうとかでなくて
写真を撮る時、人と接する時
相手から感じる温度やその人の心の中まで
私はどこまで感じて
どこまで気付いて
接点を見つけようとしているのだろう。
もちろんわかればいいものでもない。

_IGP9603.jpg

普通の人より耳が聞こえ過ぎるとか
聞こえ過ぎて集中出来ないと言ってたことが
ちょっと恥しくなった。
倍音声明を体験して
気のせいか感覚が少し鋭くなっている所に
抜群のタイミングで見た写真は
とても衝撃的だった。
私の中で何かが
崩れたのか、生まれたのか
少しずつ変わっていく気がした。
それが写真に出るか
文章に出るのか
それとも他人と接した時に
何時頃から変わるのかはわからないけど。

そんなことを考えていた数日後
又、別の新しい場所で味わった
不思議な体験がある。
それは又、次回にでも。

                                                                                                                                                                                                                                                                              




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秘密 ≪続き≫
10月6日が西洋占星術では
区切りの日だと知ったので
突然、日記をつけることにした。
それは最近読みだした
見知らぬ人のブログに載っていた
“手書きで書くアナログな日記”だ。
ノートの右ページに
その日あったことを箇条書きにして5行。
そして左ページにはその右の5行に対しての
感情や思いつきを
好きなように書く。
これを継続して発展させていくと
何と天才になれるとか?
天才になれなくても
おもしろい人になれるらしい。
この“おもしろい”はお笑いではなくて
話題が豊富で引出しが多くて~という意味の
魅力的でおもしろい人という感じらしい。
著者を調べ、久々にビジネス書を読んでみたら
なぜ天才になるのかに
妙に納得した私。
発想力と企画力と論理力を身につけることを
目標にするらしい。

つけ始めて5日経ち
3日坊主にならないようにと
日記は薄いノートで軽いので
持ち歩くことにした。
いいことばかり書く必要はなく
素直な怒りや悲しい気持ちも嘘のないように
書いていこうと思っていた。

_IGP9489.jpg

この5日間は穏やかで
自分にとって楽しいことが続いていた。
会いたいと思っていた友達と食事に行ったり
半年前から楽しみにしていた催しに出掛けたり
そしてこの夏に名古屋まで見に行ってきた
彫刻家の“はしもとみおさんの絵本”を
やっと手に入れて
何度も何度も読んでいた。
そんな私とは正反対に夫は
ベットから落ちて痛みがひいたら
今度は買ってきたお惣菜にあたったらしい。
ベットに落ちたことに続き
この食あたりは
私が夜、出掛けた日に夕食がなくて
お惣菜の牡蠣フライを仕方なく買ったからだと言う。
そんなわけで夫は私にあたるが
私も「うんうん」と適当に聞き流しながらも
相当怒っていたので
思いつく限りの悪口を
始めたばかりの日記に並べた。

日記を忘れて家に帰ったことがわかった時
「あれを人に見せてしまうなんて」と
思っただけで青ざめた。
それでも日記を忘れたお店は
私が大好きでちょっと遠いけど
わざわざ車を飛ばして出掛けているわけだし
もちろんお店も店主さんも好きなので
見られたとしても何の悪口も書いてない。
救いはまだページが進んでいないことだ。
忘れた場所が良かったと
何度も自分に言い聞かす。
お店の人もあれを一つ一つ読んで
笑ったり軽蔑するような人ではない
そう思って車を飛ばした。

そういえば7年ほど前
私は他人の日記を
うっかり読んでしまったことがある。
入ったばかりの会社で
最初は兵庫のホームまで
「遠いわ」とブツブツ言いながら
片道2時間かけて通っていた。

_IGP9495.jpg

その人はブロック長という役職で
以前は人事評価を
老人ホームの事務机の上に置いて帰ったことがあり
それはスタッフなど人の目に触れて問題になり
役員に酷く怒られたとか。
“あたり”はいいが皆に嫌われている人だった。
私も最初から嫌いだった。

事務所には誰のものでもない共同の事務机があったが
いろんな人がやってきて使うので
誰も責任がなく片付けない。
なので机も引出しの中も
何年分もの書類やノートで
ぐちゃぐちゃの山積みになっていた。
そのブロック長、O氏はそこに
日記を忘れて帰った。
そんなこととは知らずに
引出しから書類が溢れて
出し入れもしにくいので
誰に頼まれたわけでもないのに
「整理してあげよう」と手を出したばかりに
私はそのO氏の日記を見てしまうことになった。

その日記にはO氏の担当エリアの
ホーム長や総合職の評価が
個人の主観だけで書かれていた。
もちろん私の評価も書かれており
それと併せて延々と悪口が書いてあった。

人の日記を見ているという罪悪感が
自分の悪口を読んでいる途中から
消えてどうでもよくなっていく。
好きな人や尊敬する上司だったら
いろいろ悪口を書かれたらショックだと思う。
もともと私が嫌いな上司だったので
「嫌いだ」と書かれても
そんなに驚くこともなかった。

すっかり開き直り
次のページをぺらっとめくってしまった。
そこにはここ数カ月の間
O氏が福祉関連の資格を取る為に
他のことは一切考えられなかったとあった。
仕事などほとんどできないので
家に戻って朝から晩まで
こっそり試験勉強をしていたことや
仕事の中で出て来る問題点も
全く他人事でしか考えられなかったとあった。

私が彼を嫌いだった理由が
全部そこにあった。
彼は仕事をしないのだ。
当時、いろんな問題が起こって
スタッフや入居者さんも
悲しい思いをすることもあった。
考えて改善していかないといけない事実が
てんこもりの毎日。
私がO氏に何を話しても心ここにあらず。
それは私にだけでなく
誰に対してもそうだった。
真正面からその態度に文句をつけていたのが
入社したばかりの私だ。
全く彼が人の話を聞かない理由や
常に他のことを考えている目はこれか。

日記はそこで読むのを止めたが
その後、O氏と会うたびに
「日記を読んだ」とは言えずに
メラメラと火が燃えるように
腹が立ってきた。
私の口から出る言葉は
棘だらけになってしまい
いつでも戦闘態勢になれ
事務所で何度もO氏と口喧嘩をした。
他人の日記を読んだ私が
もちろん悪いことはわかっているけど
わざわざ嫌いな人を
輪をかけて更に嫌いになる必要など
どこにあったんだろう。

_IGP9511.jpg

数か月後、私は大阪に転勤となり
彼は岡山に転勤となった。

車を飛ばして一時間、
日記を忘れたお店に着く。
私の日記は
袋に入れて大切に保管されていた。
今回はたまたま
いいお店でいい店主さんだったけど
もう日記を持ち歩くのは止めよう。
日記と言う秘密は
見たり読んだ人の方が
つらいこともある。

家に戻ると食あたりで苦しんでいた夫は
「牡蠣にあたったから、宝くじに当たる」と
オータムジャンボを買いに行っていたらしい。
おかげで今日はとてもご機嫌で優しい。
今日はそれを日記の左ページに
「宝くじに当たりますように」と書いてあげることにした。
悪口を書いているようでは
どうあがいても天才にはなれっこない。

























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秘密 
ちょうど一年前、
私は夜行バスで東京まで通い
ズーニーさんの文章力講座に通っていた。
それまでたらたらと書いていた文章や言葉の
意味を持たせたり考え直したり
そして文章のおもしろさも
改めて感じた気がした。

自分が読む本だけでなくて
皆がいったい、どんな本を読んでいるのかも
とても気になった。
職場は女性が多かったが
皆、雑誌や漫画から単行本まで
いろんな本を持ってくる。
「どんな本?」「何読んでるの?」と聞くと
女性スタッフは皆揃って
「おもしろいですよ?」
「読んでみますか?」と見せてくれて
隠されたことなどまず、なかった。

_IGP9457.jpg

それに反して男性のスタッフは
まず、私に本の題名を教えてくれない。
本にはしっかりブックカバーが掛かっている。
男性スタッフといっても
老人ホームの職員さんでなく
本社などが管轄の
事務系の人だったり営業さんだったり上司だ。
「いや、ちょっと」と100%隠されるので
増々、題名が知りたくなってくいさがると
「マニアックな本だから」
「いや、運動の理論なんて好きではないでしょ」
「時代小説だから興味ないと思う」などなど。
一言も貸してと言ってないし
本の批評がしたいわけでもないのに
皆揃って題名すら見せてくれない。
何がそんなに嫌なんだろう。
隠されば隠されるほど気になるなぁ。

ある日、事務所で大きな荷物などがあり
机を動かしたりかなりバタバタした。
その時、何の本を読んでいるのか
以前から気になっていた男性の鞄が倒れて
大切にブックカバーがかけられた本が
鞄からポロッと出てきた。
頭のいい繊細なこの男性の読んでいる本は
いったい何だろう。
人の鞄から抜いてまで
何の本か見るのは人として問題があるだろうけど
鞄がひっくり返った拍子に
ブックカバーがハラっとめくれている。

_IGP9455.jpg

私はその時、ブックカバーをめくり
本の題名をちらっと見てしまった。
そして秒速の速さで
青ざめてブックカバーを戻した。

やっぱり秘密は秘密のままがいい。
自分のやったことを後悔した。
自分のやったことは棚に上げて
1人で持ちきれなくなった“この本の題名”を
私は職場で3人の人に話した。
「何??何??教えて~」とワクワクした笑顔で
それぞれ訪ねてきたけど
本の題名を告げるとそれぞれが
うつむいたり、絶句する。
やっぱり秘密は秘密で
探ってはいけないのだ。

その本の題名は確かこんな感じ。

「まわりの人に認められていないと思った時に読む本」

元気に仕事をしているように見えても
実はその人が今でも病んでいたことを
題名を見て確信した。
これがエロ小説などなら
明るく笑い飛ばせたのに。
これからは絶対に
人の秘密を探ろうとはしません。
本当に本当にごめんなさい。
直接本人に謝ることが出来ずに
私はその人の顔を見る度に
心の中で謝罪を繰り返し
今、彼が持ち歩いている本が
全く別の明るい本であることを
祈り続けた。

_IGP9451.jpg

なぜこんな話を書いたのかというと
実は昨日、日記を持って出掛け
自宅に戻って日も暮れてから
日記を忘れて帰ったことに気付いた。
家からその場所までは
軽く1時間以上はかかる。
恥しいけど明日にでも取りに行くしかない。
ブログと違うからいいかと思って
悪口や嫌いなものがいっぱい載っている
誰にも読まれたくない日記。
それを大好きなお店に置いてくるなんて。
恥し過ぎてもう行けなくなるかも知れない。

                ≪続く≫

*写真と記事は全く無関係です。
わら天神の SORAにて








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落ちる
隣の部屋で重い大きな音がして
その音は深夜家中に響いた。
いつかこんな日が
来ると思っていた。

その日の昼間は用事を済ませて
その後、小さなカフェ出掛けていた。
何でも店主さんの愛娘“Kちゃん”が
発砲スチロールに乗ったまま
急な階段を落ちてケガをしたらしい。
お店に着くと元気な笑顔で
Kちゃんが迎えてくれた。
Kちゃんは皆が自分のことを
とても心配してくれたのがわかり
終始ご機嫌だった。
ケガをした時は怖くて痛かっただろうし
顎の絆創膏が痛々しい。
それでもお母さんが
本気で心配して動揺してくれたことも
お客さんが来るたびに
声を掛けてくれたことも
“皆に愛されていた”という
小さい頃の嬉しかった思い出の一つに
なるかも知れない。

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Kちゃんはろこさんや私に
「ろこちゃーん」
「あゆみちゃーん」と
何度も何度も名前を呼んでくれて
ろこさんも私も大喜びでちょっと照れる。
まぁ何てかわいいんでしょう。
数カ月ぶりにろこさんとお会いしたが
彼女はなんとその間に
私の言葉を新聞紙面で見つけてくれたらしい。
ミシマ社さんの代表、三島邦弘さんの
インタビュー記事の隅っこに
以前、私が話した言葉が
たった一行だけ載っていた。
そう言えば随分前に新聞記者に
取材を受けたことがあった。
その時は調子に乗ってしゃべっていたけど
最後に名前と年齢を言ってくれと言われ
そこで取材は中断してしまった。
(私が嫌がったから)
あれから時間が経って新聞の活字の中に
私の言葉は残っていた。
我が家でも新聞を残しておいたが
諭吉(猫)がおしっこをかけたので
泣く泣く捨てた。
(三島さん、すいません)
どこにも名前や住所が載っていないのに
ろこさんはそれを読んで
それが誰かがわかったらしい。
そして新聞が入った当日でなく
古紙回収に出す日の整理で、らしい。

ろこさんは以前も私が書いたブログの
ターニングポイントを読んで
その店がどこかがわかった(当てた!)
お店の住所や店名など
一切書いていないのに
見事にお店の名前を言ってきた。
彼女は決していつもあらゆる所に
アンテナを貼ってガッツリ情報を集めたり
時間を持て余してパソコンをしている人でもない。
仕事もされているし
思春期の娘さんもいるので
忙しいに違いないのに
「見つける人は見つけるんだな」と思った。
Kちゃんが元気でほっとした気持ちと
例えば私が小さな懸賞にひっかかっても
ろこさんだけは見つけてくれそうな気がして
幸せな気持ちで家に帰った。

_IGP9328.jpg

その日の夜、深夜まで本を読んでいた。
深夜は静かなはずだけど我が家は夜中もうるさい。
突然始まる猫同士の運動会や
諭吉(猫)がいろんな場所から物を落としたり
最近、心配なほど食欲が出てきた桃ちゃん(猫)が
ターザンのように「ごはん、ごはん」と鳴く。
諭吉の最近のいたずらブームは
「カーテンをカーテンレールから外す」
おかげでいつもカーテンがびろんとぶら下がり
カーテンフックは部屋のあちこちに飛んでいて
一つ一つ探すのも大変。
カーテンがちゃんとぶら下がっていない部屋と言うのは
それだけで“荒れてすさんだ家”に見える。

深夜に大きな重い音がした。
それは夫がベットから床に落ちた音だった。
なぜか整理ダンスまでゆがみ
かなりひどい落ち方になっていた。

今までに何度も
ベットから落ちそうだからと
夫の体をベットの中央に押したことがあった。
その度に「俺は絶対に落ちひん」
「触ったら起きるやろ、起こすな」と
言っていた。
全身を打った痛みはどこにも向けられず
ちょっと恥しかったのか
夫はこういう時、いつも人のせいにする。
夜中になってもいつまでも寝ない嫁(私)が悪いとか
猫がうるさいから常に寝不足だとか。
それはいつものことなので
「誰もあんたの背中をわざと押してない。
人のせいにすんな、自分が悪いやろ」と怒ると
又、怒ったままベットに戻った。

翌日、普通に仕事に行ったが
あちこち体が痛かったらしくて
その夜は腰から足までしびれて
足をひきずっていた。
一夜明けて落ち着いた夫は
「何故落ちたのか」
「何故タンスまで歪んだのか」を聞くけど
私にわかるわけがない。
夫が落ちた時の私の第一声は
冷たくて落ち着いていて
「ほら、いつかこうなると思ってた」だった。
諭吉はその時、一瞬手が止まっただけで
カーテンフックを外すのに夢中だったし
桃ちゃんは「ごはん、ごはん」と引き続き鳴いていた。
ななちゃんは隣の部屋から「ワン」と一声だけ言って
そのまま寝ていた。

この日のことを思い出す度に
きっと夫は
「誰にも愛されてない」と思うかも知れない。

_IGP9444.jpg

2010年からてんびん座にいた土星が、
10月6日は蠍座に移っていく。
この日はひとつの終わりと、
新しい始まりがある区切りらしい。
そんな話を気功仲間の
金沢のしずえさんがブログに載せていたっけ。
そんな日にベットから落ちた夫もいるかと思えば
そんな日に晴れの日を迎えた友達もいる。
区切りの日に起こることは
人によって全く違う。

寝返りを打つたびに
夫のうめき声が聞こえる。
ヘルニアがあるので打撲すると更に
相当、痛いらしいけど病院には行かないらしい。
私に出来ることはただ一つ
どれだけ嫌がられてもやはり
夫がベットから落ちそうな時には
中央へ押し返すことくらい。
夫は頭も打っていて
「ベットを笑うやつはベットから落ちる」とか
「俺が落ちるスペースを空けといてくれ」とか
わけがわからないことを言っている。
大丈夫かな?

*写真と文は全く無関係です。
最後のは何だか我が家に増える静かな猫達。
猫は好きだけど猫グッズを集める趣味はないはずなんだけど
この子達はまだまだ増えそう。











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次の一冊
気の合う人や
自分の好きな人が薦めてくれる本は
多分、間違いなくおもしろい。
例えばこの本の「こういう所が良い」と聞けば
それはそれで判りやすい。
ただ「お薦め、おもしろかったよ」と言われるだけでも
どこを気に入ったのだろうと
考えながら読んでいると
途中で長くて退屈しても
他の本に浮気をしても
最後まで読めるようになっている。
そしてどこに惹かれたのかが判った時は
何だか喜びを私にまで分かち合ってくれたようで
とても嬉しい。

_IGP9257.jpg

東京に住む美穂さんが
以前、薦めてくれた本は5冊ほどあった。
彼女自身が文章を書き、勉強している人であり
相当な数の本を読んでいる。
おもしろい本しか薦めないだろうという
確信があるので
長編でも何冊でも最後まで読めた。
おかげでちょっと忘れそうになっていた
“読書”という時間が
私の生活に戻って来た気がした。
(美穂さんありがとう。
 やっと次は木内さんお薦めの本に挑戦です)

ブログで梨木香歩の“裏庭”を薦めてくれたHさんに
その本がとても良かった、とお礼を言った。
自分では気付いてないけど
こう見えて私は傷だらけで、
その場その場で
薬を塗ったり鎧をつけて
がんばってきただけだったと
この本を読んで気付いたと
そんな感想を伝えた。
するとHさんはとても喜んで下さって
「そう、この本いいでしょ。
 良かった!!わかってくれて。
 結局、私ら傷が痛いから
 痛み止めの頓服を飲んで生きてきただけやって
 この本を読んだらわかるでしょ」と言い

「次はこれがお薦め。
これを読んで私は
 これからの人生、何が起こっても
 全部、受け入れて生きていこうと
 腹をくくった、くくれた」

そう言ってお店に置いてあった
薄い単行本を一冊貸して下さった。

本の話ですっかり盛り上がってた後
この週末に私がひょんなことで
徳島に行く予定だと話をした。
Hさんから「徳島に呼ばれてるんやわ」と言われ
私もすっかり舞い上がっていた。

徳島に行く前日、
徳島南部は台風が直撃するようで
天気予報は大荒れだった。
四国と本州の間にはもちろん海があり
天候により、橋が閉鎖することもあるらしい。
夫は「徳島から呼ばれてないわ」と止めながらも
「まぁ、橋が渡れんかったとしても
 どうしてでも迎えにいったるわ」と
なかなか頼もしいなと思ったがその後、
「泳ぐの得意なんやから瀬戸内海くらい
 泳いで帰って来いや。
 俺は泳がれへんからな」と意地悪く笑っていた。
 これは事実で
 私は水泳が子供の頃から得意であり
 夫はサーフィンをしていたはずなのに
 ほとんど泳げないのだ。 

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徳島での時間はとても楽しく
あっと言う間に一日が過ぎた。
翌日は台風も来ていたので
早目に帰ってきたのがちょっと残念だったけど。
(この話は又、書きます)

自宅に戻って借りていた本を読んだ。
文体が読みにくく日本語の単語でも
辞書をひかないと意味が解らない所が多い。
それでもHさんが言う
「これから何が起こっても自分の人生を
 丸ごと受け入れて行こう」とまで
思えた所はどこなのか。
それが判りたくて読んでいたら
ページをめくるたびに文体にも慣れ
難しい言葉がわからなくても気にならず
最後の章まできてやっと
どこにHさんの感動かあったのかがわかった。
私もそこに感動したから。

週明けに本を返しに行く。
「これも良かった」と御礼を言いながら返すと
Hさんはとても喜んで下さった。
これからの生き方の覚悟まで出来るのなら
どれだけ怖い本なのかと思ってお借りしたけど
読後感の清々しさは何とも言えなかった。
さわやかでちょっと怪しくて
とてつもなく深い。
いい絵本のように
読む時の自分の捉え方によって
違う感じ方をしたり
感動する場面も変わってくるね、と話した。

そして、徳島に呼ばれているかと思ったけど
台風の影響で暴風雨だったことも話した。
Hさんは笑いながら
ご自分が徳島に行った時も
そういえば台風だったなと
思い出しながら話してくれた。

Hさんは瀬戸大橋がなかった昔、
仕事で徳島まで船で行った。
台風で雨風もすごいし波も大荒れで
船の揺れ方が半端ではなかったらしい。
Hさんは一緒に行った先輩に
船に酔って気分が悪くなり
「助けて」と言おうとしたら
先輩はすでに真横で青い顔をして
ビニール袋に吐いていた。
大きな布団がどんどん落ちてくると思ったら
お遍路さんの白装束を着たお婆さんが
ゴロゴロと船内を転がっていた。
若いHさん達でも酔うくらいだから
お婆さんたちはその何倍も酔っていて
体をどうすることも出来ずに
船の揺れに任せる感じで
ゴロゴロと船の中を転がるしかなかった。
周りの人も皆、酔っていたので
誰もどうすることも出来なかったらしい。

その光景を考えるだけでぞっとするけど
昔のことなので少しおかしくもある。
今はからっと本人が話せて笑えることでも
その時、その光景は悲惨で
さながら救いようのない“地獄絵図”。
それでも過ぎてしまえば
旅の思い出の一つだったりしてしまう。

_IGP9260.jpg

そう言えば旅先の苦い思い出も
仕事での失敗やいろんな問題も
その時は大変なことが起こり
惨劇のように思えても
過ぎてしまえばそれぞれが
懐かしい思い出の一つになる。
これも考えようによっては
「何が起こっても人生を受け入れている」と
いう事になるのかも知れない。

*写真と記事は全く無関係です。
ななちゃんの目線の先は
宝ヶ池の周りを走るジョギング中の人へ。
そう言えば来年の1月にマラソンに出ようと
随分前にあちこちに言ってしまったことを
最近とても後悔している私。
皆が忘れてくれますように。



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ファンタジー
この夏は写真集ばかり見ていて
本をあまり読まなかった。
9月になってからやっと
東京の友達が薦めてくれた長編の本を
一通り読み終えて
次は喫茶店の店主さんが以前ブログで薦めていた本を
図書館で借りて読む。

今日は朝から神戸に行くつもりだったのに
その本を前夜読みだしてから止まらなくなり
図書館で借りた分厚い本を持ち歩くのもどうかと
駅前で同じ本の文庫版を買って続きを読む。
友達と会うまでまだまだ時間がある。
いつもなら迷わず時間を惜しんで
あちこち回るのに
今日は本から目が離せなかった。

新開地の駅前で花壇に座り
集中して読んでいたらすぐ隣には
ホームレスっぽい人が座っていた。
まだまだ暑いのに大変だろうななどと考えると
集中できないのでそのあたりに停めてあった
誰かのバイクのシートに勝手に座る。
安定感がもう一つなので
結局直立したまま読書は続いた。

友達が到着してお店に入る
趣のあるお店、割烹喫茶大力さん
かわいい女性が月に2日だけ
カフェをやっているらしい。
お一人は大好きなイロハベーカリーさん
イラストを描いている
イラストレーターの“谷口真由美さん
そしてもう一人は“日な菓子さん
谷口真由美さんは毎月、このカフェの為に
包装紙やメニューに素敵なイラストを描いている。
今年の夏に“雑誌 オリーブ”の企画展のポスターやら
もうすぐHanakoにもイラストが載るらしい。
日な菓子さんは神戸、岡本にあるyuddyさんの店長をしながら
(ここのお菓子やランチも美味しい)
個人でお菓子作りもしていて
他のカフェにお菓子を置かせてもらったり
こちらもじわじわと広がっているみたい。
日な菓子さんの作るお菓子は
ホロホロととても美味しい。
この日はプリンをいただいたが
もう一つ食べれば良かったなと
家に帰ってからも写真を見ては思う。
持ち帰ったお菓子は写真も撮らずに
新快速の中で食べてしまった。

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お二人と以前お会いしてから
もう一年以上経っている。
キラキラした目で話してくれるその眼は
曇りがなくてきれいで
アニメなのか絵本なのか
物語から出てきそうな感じだった。
お二人ともお休みの日や仕事が終わってから
コツコツと目標に向かってがんばっている。
谷口真由美さんはカフェで終日立ちっぱなしで働き
イラストの仕事はいつも深夜に描いては
徹夜もよくあるらしい。
「かわいいだけで毒がない」と言われると
ご自分のブログには書かれていたけど
そんな状況で描く絵だからこそ
誰かの琴線に触れるのだと思う。
数年前の私が感じたみたいに。
あの時、この子猫達は
パンを持ちながら私に
動いて話してくれた気がしたんだから。

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この日、読み続けていた本は
小説でなく“ファンタジー”という部類に入るらしい。
物語に出て来るヒロインは
いくつもの苦難を乗り越えて
目的のものを掴みに行く。
最初は小さくて自分という存在がわからなくても
一つの山を乗り越える度に
どんどん強くなっていく。
自分の夢に向かって頑張っている人は
現実に苦しいことがあっても
みんなある意味ファンタジーの世界に住んでいて
最後はきっと掴みたいものが掴めると信じたい。
大好きな谷口真由美さんも
私の周りのがんばっている人もみんな。

新開地はおもしろそうな街だった。
昭和な感じのお店が残っているようだし
地下鉄の公衆トイレの入口が
ショッキングピンクの照明で
何だかモーテルと言われていた頃の
ラブホテルの入口みたい。
そう言う意味ではいくら美味しそうでも
プリンの写真ばかり撮らずに
あのトイレの入口を撮れば良かったな。
又、近いうちにきっと。
それにしてもプリンが食べたい。

*友達が薦めてくれた本は
武田百合子の“富士日記(上・中・下)”
前夜から止まらなかったのは
梨木香歩の“裏庭”
どちらもお薦めです。





























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扇風機争奪戦
毎年夏になるたびに
夫と扇風機を取り合う。
夫は暑がりで寒がりで
節電などどうやっても難しい。
体中に熱を籠らせているのかと思うほど
真夏は体中が熱くなって帰ってきて
お風呂に入っても体の熱はとれない。
私は冬には強く薄着で過ごせるけど
夏は弱いのでエアコンは欠かせないけど
それでも夫ほどではない。

我が家は以前も書いたが
夏に強いのは押入れで過ごす桃ちゃん(猫)くらい。
その桃ちゃんは猛暑も押入れの中で
平気で過ごしているけど
それというのも世間の流れを全く無視して
この夏もエアコンを24時間かけっぱなしにしているからだ。
鉄筋マンションの最上階の端部屋というのが
こんなに暑いとは知らなかった。
引っ越してすぐの頃に昼間寝ていて
タイマーが切れて1時間もしないうちに
部屋は急激に暑く戻ってしまい
外気の方がまだ涼しいくらい
部屋がサウナのようになって湯気が出そうに酷かった。
網戸にしておくと猫達が外に出ていき
下に落ちれば即死だと思う。
(桃ちゃんはたまたま助かっただけ)

_IGP9185.jpg

そんなわけで我が家はずーっとエアコンを入れているが
エアコンが一台しかなく、広い部屋用のやつなので
全部の部屋の扉を開けて凌いでいる。
そして扇風機も一台しかない。

以前、一緒に住んでいた龍之介と
部屋で遊んでいて扇風機が倒れ
扇風機の羽は折れた。
その時、カバーが外れてとても危なかった。
ネットをかぶせるのも嫌だし
なるべく新しいのを買いたくない。

夫は寝る時にエアコンの効いた部屋で
自分の体にだけに扇風機が当たるような
微妙な角度にして眠っている。
これは夫と私の体温が違うのを
夫なりに百歩譲って
エアコンの設定温度を上げてくれているので
その分の暑さを扇風機でとっているらしい。
ところが私がお風呂上りに暑くて
扇風機をこっそりリビングに持っていくものだから
夫は30分も経たないうちに汗だくで起きて来て
怒って扇風機を持っていってしまう。
あんまり怒るのでお風呂上りは
夫の寝るベットの片隅に座って涼んでいると
私についてくる
諭吉(猫)桃ちゃん(猫)ななちゃん(犬)も移動してくるため
人口密度が高くなり室温は一気に上がる。
おまけに私とななちゃんが壁になって
扇風機の風を遮断するので
結局夫は起きて怒る。
毎日そんなことばかりやっているけど
新しいのを買う気はしなかった。
今年になってから諭吉によって噛まれた線は
実に10本を超える。
Lanケーブル、電話線、マウス、携帯の充電器など
おまけに扇風機は留守の時も猫達がリモコンの上を歩いて
勝手に動いていることもあることが多いし

お盆明けに木津(京都と奈良の間にある街)にある
大好きで立ち寄る喫茶店で
900円代の扇風機が奈良の電気屋には
大量に積んであると聞いた。
その電気屋は京都にもいくつかあるので
わざわざ奈良に戻らずに
京都で探してもすぐに見つかるだろう。
「900円代ならお店の雰囲気に合わなくても
 一夏で壊れても悔いはないと思って」

店主さんと話していて
本当にそうだと思った私は
やっと新しいのを買うことを決意した。
ところが京都の電気屋に行くと
同じメーカーの同じ扇風機はあるのに
2000円以上の値札が貼られていた。
「これ、奈良店で1000円切ってましたよ」と言っても
こんな安い客は知らんとばかりに
「そうですが~」とやんわりかわされたケー〇電気
そこから意地になって急に扇風機を見に
京都、滋賀の電気店をあちこち回るが
どこもそんな安いのは売っていない。
エアコンを見に行くと声を掛けられても
扇風機だと店員はほとんど無視。
2,3種類しか置いていない店も数件あった。

この一年ほどで各電気店は
マッサージ器のコーナーに店員を置くようになったので
電気屋でマッサージをする楽しみもない。
もう私は扇風機を見ることにすっかり飽きた。
ところが夫はどうしても欲しいらしくて
一緒に出掛けるとホームセンターや
大型スーパーでもどこでも見に行く。
私はうんざりして車で寝ていた。
(いつもと逆になっている)
そしてとうとう少ない自分のこずかいで
夫は新しい扇風機を買ってしまった。
しかし、これが涼しくない。

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    人気のない新しい扇風機、諭吉は怪訝そう

去年発売されたダイソ〇の羽のない扇風機のバッタもの。
値段は1万円だったらしい。
本物は5万くらいしたかな。
自分はもともとあったものを使い
私に新しい扇風機を置いてくれるのだけど
これが涼しくない上に
とてもうるさくてデザインも偽物っぽい。
どれくらいうるさいかというと
この扇風機をつける時は
リモコンのボリュームボタンの+2くらい?
上げる必要がある。

夫はとても満足気で
「うちは犬猫が多いから安全を考えた」と豪語し
もともとあった扇風機を独占して
寝室に持っていって寝ている。
その扇風機は話していないけど
私が前の結婚の時から使っていたやつで
あんたが気に入るのはおかしいやん。
私はいつも深夜に一人
そう思って扇風機にあたっている。

しかし、やっぱりお風呂上りには
夫のベットの片隅に座る私と
ななちゃん、諭吉、桃ちゃんの姿があり
夫は起きてしまう。
「新しい扇風機が不満か。返品してこいや」と
その度に夫は怒っているが
「長年の癖やから」とか
「お風呂上りだけはこれでないと」と言っては
何とかごまかし
夫がいない時は従来の扇風機をリビングに運んで
帰ってくるころには寝室に戻しておく。
文句を言うときっとこれから
何もしないし何も買わなくなるだろうと
「うるさい」「涼しくない」とは
口が裂けても言わないようにした。

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      従来のもの、諭吉はこのリモコンの上もお気に入り

その扇風機達ともやっとお別れできる
涼しい季節がやってきた。
来年こそは本物のダイソンの扇風機でも買うぞ。
線を諭吉が齧ったと言っても
そんなものは簡単に直せる夫なので
この新しい扇風機を使わなくてもいい
何かいい言い訳を
来年の夏までの間に考えておこうと思う。

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ロシアンブルーの子猫
9月も下旬に入り
朝夕はすっかり涼しくなってきた。
今年の夏も犬猫病院に
何度も何度も通った。
我が家は人間も犬猫も暑さに弱い。

もう何年前になるんだろう。
我が家には“龍之介”というキジトラの猫がいて
その当時、10才を軽く超えていた。
当時の私の置かれていた状況から
その頃、通っていた犬猫病院の先生は
もう一匹、猫を迎えることを薦めた。
猫禁止のマンションで
猫と暮らしていたこともあって
二匹目となると更に苦情が来るかも知れない。
次に来る子は静かで穏やかな子がいい。
とにかくあんまり鳴かない子がいいなと思った。
(そのほうが近所にバレないから)

そしていろいろ調べた結果
「ロシアンブルー」という種類が候補にあがった。
穏やかな性格で大人しいのであまり鳴かないらしい。
全身がグレーのきれいな猫で
女性の一人暮らしでも
マンションでも飼いやすいというようなことが
何かに載っていた。
ペットショップだととても高価だし
売られていることそのものが
あまり多いわけでもない。
そんな時に地域のリビング(新聞)に
「ロシアンブルーの子猫差し上げます」
という文字が躍り
私は飛びついてそこへ電話をした。
無料でもらえるロシアンブルーの子猫など早々いない。
見るだけでもいいから見に行こうと
ワクワクして出掛けた。

先方に連絡して
そのお家に伺ったのは
日も暮れた頃だった。
大きなお屋敷の様な家は
門扉から玄関から
とてもきれいに磨かれていた。
玄関先には小さな段ボール箱が置いてあり
その中に子猫は既に蓋まで閉めて入れられていた。
段ボールを開けてみてびっくり。
ロシアンブルーでなく
どう見てもシマシマでグレーではない。
日本のトラ猫にしか見えない。
「あのロシアンブルーは?」
私は尋ねてみた。
「先に皆、もらわれてね。
 その子もロシアンブルーの兄弟ですよ」

段ボールの中から
声も出せずに私を見上げる小さな小さな子猫を
結局私は見捨てられずに連れて帰った。
帰りがけにその家の奥さんから
一言言葉を添えて
名刺を一枚渡された。

京都府 府会議員
 〇〇 △

「選挙の時はよろしくお願いします!」

私は無言でその名刺を受取り
放心状態で車に戻った。
何だか騙された上に
これは選挙運動の一環として
子猫を保護する
優しい議員を取り繕ってるつもりなのか。

名刺をもう一度見直して
腹が立ってびりびりに破り
道端に投げ捨てた。
その時、連れ帰った猫が
茶トラの桃ちゃんである。
桃ちゃんはとてもよく鳴く。
子猫の時から声が変わらず
「ヒャー」という高音の
お婆さんの悲鳴みたいな声だった。
ここ数年は声も変わり
「わー」とか「あ~あ~」とか
ターザンみたいな声になっている。
夫は桃ちゃんと仲良く出来ないので
今でも折に触れては
「どうせ騙されて連れて帰った猫やから」と言う。
それでももし、あの時本当に
ロシアンブルーの子が来ていたら
今頃どうなっていたのだろうと思う。

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あれから8年以上の歳月が流れ
この子は来るべくして
私の所に来てくれたと思える。
以前住んでいた所では
同じ階の人に拉致されて返してくれなかったり
(この件は又、いつか書きます)
今の場所に来てからは
7階から飛び降りても戻ってきたり
今年になってからは夫と喧嘩し
顎の骨を折る重傷も負った。
大変なことがある度に
不憫ささえも全部が愛情に変わる。
桃ちゃんの救出劇はそれぞれが武勇伝か
私の周りで最も身近に起こる
奇跡の連続でもある。
ブログにはあまり登場しないし
遊びに来た人の前にも一切姿を見せないけど
それでも写真に写すと
存在や影は大きい。

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*写真がピンボケですが
やってきたころの桃ちゃんと桃ちゃんの影が写った写真。

例年、夏はななちゃん(柴犬)の
犬猫病院通いばかりになる上に
今年は諭吉(猫)までもバテた。
そんな中、桃ちゃんだけは
いつも飲んでいる肝臓の薬だけでがんばって
しゃっきりしていた。

ようやく涼しくなり
やっと扇風機もしまえそう。
というわけで、次回は扇風機の話へと
つづく。 
            
 












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またきっと ~和歌山ショートトリップ~
和歌山で目覚めた日の朝、
台所からはトントンと野菜を切る音が聞こえた。
えーっとここはどこだったっけ?
隣を見ると布団しか見えない。
友達のAちゃんがいない。
長いトイレかと思ったら
フカフカの布団に埋もれていただけだった。
昨晩は日付が変わってから
Aちゃんと一緒に
Mちゃんの和歌山の家に泊まらせていただいた。

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昨日は木津~奈良~和歌山と
一日あちこちに立ち寄って
そして最後にちょっとした事件も起こった。
それでもきっとこの日のことは
強烈に鮮烈に心に刻まれて
私達3人にとって
いつまでも忘れられない日になるだろう。

深夜に奈良の南部から和歌山まで向かう車では
軽い興奮状態にあったようで
私が「お腹が空いた、ラーメンが食べたい」と
言い出したが
どうやらこのあたりでは
深夜までやっているラーメン屋さんはないらしい。

日付が変わって友達のMちゃん家に到着して
お腹が空いたとうるさい私とAちゃんは
明日の朝、食べる予定のパンを焼いてもらう。
ご両親はもう休まれているみたいで
深夜にオーブントースターの音が
「チーン」と家中に響いて申し訳なかった。
数時間話し込んだ後、
深夜にお風呂をお借りする。
お風呂の電気がどこにあるかわからず
(こういう所は変に気を使っている)
薄暗いお風呂も楽しいかなと
初めてのお家で真っ暗な中、お風呂に入ると
何だか特別な空気が流れた気がした。
ここは何て静かで
居心地のいいお家なんだろう。
ずーっと昔、遠い遠い親戚の
おばあちゃんが電気のない家で一人暮らしていて
そこに泊まりに行って楽しかったことや
夏休みにの夕方にお風呂に入ったことなどが
フラッシュバックのように思い出された。

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夜はとてもぐっすり眠れた。
朝ご飯を早朝から用意してくれていたのは
友達でなく、友達のお母さんだった。
娘の友達が遊びに来ているから
朝ご飯を用意してあげましょう、と作ってくれたのに
いざ、起きてきたその友達は
自分の娘よりだいぶ年をくっているなと
びっくりされたことだろう。
MちゃんよりもMちゃんのお母さんとの方が
明らかに年が近そうな私とAちゃん。
自分で作れと怒られそう。
それでもきっとお母さんは
私達の顔を見て安心されたように思った。
去年、京都から和歌山に戻った娘さんMちゃんを
色々とても心配されていただろうし
その割にはちょこちょこ京都に出掛けているなとか
私のことなども聞いておられたようだった。
少なくとも大切な一人娘に
壺でも売りつけたり
変な宗教に誘わない、怪しい奴ではないと
それだけでもわかってもらえたらいいかと思う。

「おはようございます
 初めまして、〇〇です
 いつもお世話になっています
 お邪魔しています
 いただきます  」と

簡単に自己紹介と泊まらせていただいたお礼を
Mちゃんのお母さんに伝えて
朝食をご馳走になる。
言うべきことは言おうとしているが
朝食を前にして寝ぼけているのもあって
何から言っていいのか
順番もバラバラでおかしい。

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丁寧に朝から作っていただいたポテトサラダやお味噌汁は
それぞれとても美味しくて
朝一番から笑顔で幸せな気分になれた。

今日は高野山に連れて行ってくれるらしい。
そして行きたかったkurariさんと
全国一を誇るJAにも。

Mちゃんはナビなしで
和歌山をびゅんびゅん走れるのに
自宅の駐車場から車を出し入れするのは
お母さんに見てもらってしか出れなかったり
バック駐車も出来なくてびっくり!!
(去年、二回信州までキャンプに行く時に
 高速を半分運転してくれていた人とは思えず)
そんなMちゃんが高野山に連れて行ってくれた。
一年ほど前に来た高野山では
いつものように夫が車から出てこなくて
一人で奥の院に行く途中で
見たことのない大きなお墓に囲まれて歩き
見事に気分が悪くなった。
やっぱりこういう所は
皆でくるほうがいいんだろう。
今回の高野山はおかげでとても楽しい。
残念だったのは金剛寺で
高野山のゆるキャラ、“高野くん”とせっかく会えたのに
小雨で降っていたので
カメラを車に置いてきてしまったこと。

美味しいランチの後にはJAめっけもん広場へ。
Aちゃんも私も初体験のその場所は
きっと楽しくて時間がなくなってしまうだろうと思い
40分後に入口で集合ということにした。
お店に入ったと同時に
Aちゃんはジャンボカートに籠を積み
全く目を合わせてくれなくなる。
集中して野菜や果物などを見ている。
どれも美味しそうだし生産者も見え
おまけに安い。
売り場面積だけで1300㎡を超えているらしい。
これは単なる直売店や道の駅とは規模が違うわ、と
車だしと調子に乗って
ボンボンと野菜などを籠に入れたり
果物やら保存食からパンや豆腐から豆乳まで
ガバガバと籠に入れる。
Mちゃんは何度も心配して
まだその果物は旬ではないとか
ここのは美味しいとか
色々教えたり、たくさん買い過ぎそうな
私に声を掛けてくれた。
ちょうど自宅に麺つゆがなかったと思い
1リットルの麺つゆを籠に入れた。
するとMちゃんが寄ってきて
「それはJAの麺つゆだから京都でも買えるから」と
言ってくれたけど
我が家の近くにはJAも生協もないので
「ここで買うから、車やからいいねん」と
Mちゃんの制止を振り切った。

私とAちゃんはそれぞれ買物を楽しんで
人が多くて皆、はぐれてしまい
集合場所と決めた入口ではなく
さっさと車の前まで行ってMちゃんを待っていた。
Mちゃんは入口でちゃんと待っていたらしく
「今、どこ?」と携帯に電話すると
慌てて車まで走ってきてくれて
本当に私とAちゃんは勝手で申し訳ないなと思う。

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以前から行きたかった
kurariさんへも初めて連れていってもらう。
この立地で満席ってすごいというような
山の中の一軒家のお店は
白い空間で噂通り“チーズケーキ”も美味しくて
又、行きたい素敵なお店だった。

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まだまだ行きたい所はたくさんあったけど
和歌山を出発する時間になった。
お母さんとMちゃんが見守ってくれて
何だかお土産までいただいた。
お母さんが「又、来てね」と言って下さったのを
私もAちゃんもお愛想だと
思えないというか全く思わない所が怖い。
帰りの車の中では二人で何度も
「又、行こうね」とどちらからともなく
何度も何度も言いながら
和歌山を後にした。
Mちゃん、お母さん
私達を気にしながらマラソン大会に
参加したお父さんも
皆さん本当に何から何までお世話になり
ありがとうございました。

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Mちゃんのお家には
8月から新しいかわいい家族が加わったらしく
これで犬2匹、猫一匹と
ますます賑やかになったらしい。
「涼しくなってきたので、和歌山に行かなきゃ」
そうAちゃんと話すのも楽しい。

和歌山のJAで買った
「麺つゆ 1リットル 3倍濃縮タイプ」は
この夏、我が家で大活躍した。
夏バテだからと言っては
食欲がないと言っては
冷蔵庫に何もないと言っては
素麺やうどんばかり食べていた私達夫婦にかかれば
いくら家族が二人とは言え
9月の声を聞く頃には
麺つゆはもうとっくに底をついていた。

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[diary
まずは一歩から
例えば、宝くじが当たったら
自分達でディーサービスを作ろうとか
高齢者用のドックカフェを作ろうかなど
高齢者と関わる仕事をしている人で
自分の理想の場所を作りたい人は多い。
それだけ夢があるというだけでもなく
それだけ現実と違っていたり
理想があったり。

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私もそんな一人だったけど
友達のNちゃんは自分の職場で
そんな夢を現実にしたいと思っていた。
高齢者さんが皆、お茶が好きで
ごはんが好きなわけではない。
コーヒーや紅茶を飲んでほっこりしたり
おいしいパンを食べたい人も多い。
*少し前にテレビでやっていたけど
 全国的に見ても京都は神戸に次いでパン好きが多いとか。

Nちゃんは大切な家族が闘病生活中に
最後に食べた大好きなパンを
「おいしい、おいしい」と喜んでくれて
ほどなく口からは何も食べられなくなった。
「あの時、最後にパンを食べてもらえて良かった」と
しみじみ思ったらしい。

そんな思い出もあって
Nちゃんは老人施設の中にある
“ポカンと空いたカフェスペース”で
カフェをさせてくれるなら
ここでナースとして働いてもいいですよ、と入社したのに
それから時間が経ってやっと
夏祭りの中の一部として
実現することになったとか。

「誰も手伝ってくれない、放置されている」
「予算がない」
「高齢者さんの写真を撮って飾りたい、時間がない」
と言っていたけど
その準備を一人で黙々とやっている時間は
きっとNちゃんにとって
充実して楽しかっただろう。

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私はちょっとだけ荷物を運んだり
当日手伝いに行った程度だった。
楽しい時間はあっという間に過ぎて
夏祭りの後は老人施設で働くスタッフさんが汗だくで
アイスコーヒーなどを飲みにきた。
大急ぎで追加を作って皆に振る舞うNちゃんは
とても楽しそう。
余った焼きそばやカレーを
私も一緒にスタッフさん達とごちそうになる。

什器やらサーバーやらを借りたのは
Nちゃんの大切な家族が
最後に食べたパンを焼いた
東向日にあるfigさん

figさんの店主の佳子さんは
このかわいいお店に似合う
自分と同じ年代の若いお母さん達だけでなく
納品にくる業者さん、新聞配達のおじさん
お客さんでない、ご近所さんにも
いつも優しい笑顔で応対している姿は清々しくて
パンやコーヒーのおいしさと
居心地の良さも伴って
私も大好きなお店の一つ。

ななちゃんと歩いていて毎日のように
顔を合わす高齢者さんがいる。
一人ぼっちでベンチや手押し車に
ぼーっと座っている姿は
かわいいというより
寂しく感じることもある。
おじいちゃんおばあちゃんが
夏は涼しい場所で
冬は温かい場所で
ほっこりできるような場所が
もっともっと増えればいいなと思う。

お金さえあればやれることは沢山あるけど
職場で自分の夢を実現させるのは
なかなか難しい。
まずはその職場で皆に認めてもらい
環境を整える所から。
そして始めるのは簡単だけど
続けることと終わらすことは難しくて
とてもパワーがいることだと思う。
Nちゃんの“まずは一歩目”を傍で見て
私も何だか元気をもらうと同時に
老人ホームで暮らす人や
一緒に働いてきたスタッフさんを思い出した。

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この夏の豪雨で
私のいたホームは新築なのに雨漏りなどして
大変だったと聞いた。
どうか皆が変わらず笑顔でいますように。
私はこの数か月、自分を追い込んでいて
もう少し安定するまでに時間がかかりそう。
皆といい形で再会できるまで
会いに行きたいけど、ここは我慢して
今はがんばろうと思う。
それでも雨が降るたびに
皆のことを想っている。

*一つ目の写真以外は、記事と無関係です。













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夏の夜
化けてでも会いたいと思う
天国に逝った犬や猫はいるけど
幽霊に会ったことは一度もないし
これからも会いたいと思わない。

見えなくても
「この場所は気持ちがいい」とわかるし
「ここは空気がよどんでいる」とか
「この場所はしんどい」などもわかる。
それを霊感と言えば霊感だし
そうではないといわれればそれまでだ。
しかし、何となく見えなくても感じられる事は
その時に必要なことが解りやすかったり
必要な人に出逢えるようになっていたり
勘が冴え渡っているかのように
偶然が続くことが多い。
今まで特に大きな事故やトラブルに
見舞われたことがないというか
何かが起こっても何とかなって
結果的にはうまくいっていることが多いから
自分は大丈夫なんだと
変に安心している所もある。
今のままで
“感じるけど怖いものは見えない状態”で
過ごしたいなと思っていた。

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大文字が過ぎて
朝夕は少し涼しくなったと言っても
京都の夏はまだまだ暑い。
7月に東京まで行った
石井ゆかりさんのメッセージが入った夜空の写真や
天川の空を思い出しながら
夜空を見上げるのが楽しく
最近はななちゃん(柴犬)の夜のお散歩時間が
どんどん時間が遅くなり
そして長くなっていく。
朝、夕は短めにして
夜、それも深夜にたっぷり歩く。

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その日、夜空を見ながら
ぼーっと歩いていると
突然、2メートルくらい先の下方に
幽霊らしき青白い顔が見えた。
「ギャー」と叫びたくても
怖すぎると声は出ず
逃げようとしても足は前に進まず
思わず、後ろずさりしようとして
よろけてこけた。
私がこけたことに驚いて
ななちゃんは「ワンワンワーン」と吠えた。
幽霊には足があって
おまけに親切で
「大丈夫ですか」と声を掛けてくれた。

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というか、幽霊でなく
スマホに没頭していた若い女性が
住宅街の暗闇でしゃがみこんでいたので
顔だけ浮き上がって見えただけだった。
小さな携帯だと電話が小さいので
青白い光が顔に当たっていても判断できたが
スマホの画面は一回り大きく
顔全体を青白く浮き上がらせて照らしていた。
おまけに私はひどい近眼である。
「あぁ、怖かった。
とうとう私も感じるだけでなく
見える体質になったんかと思った」と
家に戻ってぐっすり寝ている夫を
たたき起こしてまで伝えるのも気の毒なので
その夜は我慢して
静かに眠った。

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そしてあの時
「お化けに(幽霊)見えましたよ」とは言えず
「すいません、この子(なな)怖がりで」と言って
本当に怖かったのは私で
その私が怖がらせて泣かせておいて
とっさにななちゃんのせいにしたことを
悪かったなと反省する。
私に幽霊は見えないと確信を持って
これからは夜道を歩くことにしよう。
上ばっかり見ないで
周りもしっかり見て歩く習慣を
それからは心がけている。



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[diary
おいしく撮る
先日、行ったばかりだけど
お盆の真っ最中に
写真教室の仲間、MさんSさんが
奈良から京都に来てくれて
もう一度行ったQUIQUIさん
以前、ブログで写真を載せたので
行ってみたいと思って下さっていたらしい。
私はこの時とばかりに
料理の写真の撮り方を
いろいろ教えてもらいたいと思っていた。

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     つきだし じゃがいもサラダにんじん葉ソース

QUIQUIさんのお料理はとても美味しいし
見た目もきれいなのに
店主のちかさんの写真がどうも・・
これではせっかくの美味しい料理が伝わらない。
今はスマホがあれば
中途半端な一眼より
うまく撮れるほど進化しているのに
何でこうなるのか。
そんなわけで今後HPなど作る時に
おいしいものがおいしく写るように
私が写真を撮ることを引き受けた。
こんなことでもないと
頑張れない所もあるので
ちょうど良かったのかも知れない。

カメラを持って出掛けても
何も撮らないで帰ることもあれば
おかしいくらい撮ることもあって
その波というかムラは酷い。
いくらでも上手く撮れる人が
見渡せば傍にいるので
私よりバチバチ撮る人が横にいると
撮りたい気持ち自体が失せてしまうことも多い。
そしていつも
なんで写真を撮ってるんだろうと自問自答し
ブログに載せる為ではないなとか
じゃぁ自己満足かと嫌になったり
又、無性に撮りたくなることの繰り返しだ。

それでも一年と少し
QUIQUIのちかさんと出逢って
彼女がこの炎天下で
毎日一人で畑をやってバイトまでしながら
お店をやっている姿を見たら
私に出来ることが一つでもあるなら
力になりたいと素直に思った。
多分「誰かの為に」と思わないと
力は出てこないのかも知れないし
壁も越えられないのが私なのかも知れない。

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 冷菜 なすととうふチーズのミルフィーユ クスクスソース

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       温菜 バジルの厚揚げ包み焼き

MさんとSさんがQUIQUIさんにやってきて
お料理を食べながらいろんな話をした。
「このお店が奈良にあったら大変なことになる」
 *もちろん大繁盛という意味です。
「これで、この値段?」二人はお料理を誉め
次回は今日来れなかったYさんも一緒にと
とても喜んで下さった。
そして、ちかさんがスマホで撮った
キュウリのスープの写真を見せてもらい
三人で無言・‥の後
私の口から思わず出た言葉は
「青汁みたい」←ごめんね
*今の季節にぴったりの
 さっぱりした美味しい冷製スープです。

_IGP8983_20120820224824.jpg
         スープ キュウリの冷製

私が写真をもっともっと上手くなって
この料理を撮ってあげたいと思った理由が
すぐにお二人に伝わったようだった。
Sさんはこの日の為に
スケッチブックに丁寧にアルミホイルを貼って
わざわざ家から持ってきてくれた。
これで影が消えるらしい。
Sさんは以前
写真教室で“流し撮り”という宿題が出た時の
アイディアがすごかった。
私は車や電車の写真を撮って
どうやっても何度やってもうまくいかなくて
すっかり飽きてしまった。
Sさんは車や電車がうまくいかないからと
卵を溶くのにかき混ぜるお箸だったり
コーヒーを混ぜるスプーンだったりの
丸く“流れる写真”を撮ってきて
その柔軟さと発想に感動した。

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 メイン 車麸香草パン粉焼 ぶどう果汁の酸っぱいソース

Mさんは写真を撮りながら
「せっかく(ちかさんが)チャーミングな人やから
 料理のバックに入れて写真を撮ったら」とか
「人が集まりやすいお店の写真はね~」とか
構図を考え私に教えて
色々試して写真を撮ってくれた。
そしてその夜には我が家のパソコンに
撮ったばかりの写真を送ってくれたので
早速ちかさんに転送した(基本、何でも早い人で感心する)

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    デザート ココナッツプリンとレンズ豆のムース

何度もこのお店に来ていることや
ちかさんと仲良くなったことで
私自身が見えなくなっていたことがある。
お二人と一緒に過ごしたことで
思い出せたことのいろいろ
気付けたことのいろいろ。
それでも一番嬉しかったのは
私の好きなお店で
一緒に過ごせた楽しい時間だと思う。
皆さん本当にありがとうございました。

今月は普通に料理の写真だけど
来月以降は教えてもらった違うアングルに
挑戦しようかなと思っている。

Mさんのブログはこちらから⇒ぼくが犬の亀吉やねん

Mさんの写真、こんな感じです⇒









Posted by 諭吉セブン
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[カメラ
記憶
初めてそのお店に行った時
美味しかったからとか
雰囲気がいいからとか
そんな単純な理由でなくて
真っ先に「連れて行きたいな」と思った友達がいた。

_IGP9034 (2)

それから一年経って
この一年、何度も会っているのに
やっと彼女を連れて一緒に行けた“QUIQUIさん”
ところがその日は一日一緒にいたのに
何を話していたのかを
さっぱり覚えていなかった。
理由は連日のオリンピック観戦による寝不足と
カウンターにいた他のお客さんの話が
あまりにも面白くて
笑い過ぎていたことだった。
久々に聞くコテコテの『おやじギャグ』ぎゃくと
ダジャレの連続でずーっと笑い転げ
気付けば家に帰っていた。

介護業界に入った頃に
あるディサービスの所長さんが
話してくれたことを思い出した。
「認知症の人は昨日の記憶どころか
 5分前のことでも忘れるけど
 楽しかったということや
 笑った記憶だけは忘れないんよ」
この日の私の頭は失礼だけど
そんな感じだった。

私が大丈夫かということはさて置き
友達のなつみちゃんはあの日のことを
ブログで素敵にまとめてくれた⇒☆hati-meshi日記
綴られた言葉の中には
彼女を連れて行きたかった理由が
ちゃんと載っていて
私は横でただ笑っていたのだけど
感じてくれた沢山のことが
とても嬉しかった。

_IGP9014.jpg

もうすぐ結婚する彼女が
これからの長い人生で
どんな時でも夢を諦めないで
幸せに過ごせますように。
一日の終わりには笑顔の記憶が残るような
そんな毎日が続きますように。

*写真と記事は無関係です。
QUIQUIさんの料理は次回、アップします。
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[diary
天川の夜空
東京のズーニーさんの講座で出逢った友達
『美穂さん』が京都にやってくるのが
楽しみである反面、
前日はちょっとドキドキした。
半年ぶりに会うのは嬉しいが
いったい何を着てくるのだろう。
ズーニーさんの講座の日は
豪雨でも平気で着物だったり(コートは着用)
最後の日、皆の前で卒業制作を発表する時は
白装束で皆、驚いた。
*注:演劇などでなく文章の講座です

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「京都は暑い暑い」と
くどいほど言う私を
びっくりさせる為に着物とか
まさか、真夏に毛皮とか??
いろいろ妄想したが
普通の涼しそうな服で来てくれた
彼女を見てホッとした。

天川まで私が運転するのは
実に久しぶりだ。
途中で渋滞もなく道にも迷わず
あちこち寄り道を楽しみながらも
スムーズに到着した。
久々に泊まった民宿は
私と美穂さんの貸切だった。
例年、夏休み期間
天川村はキャンプ客で
道中の細い山道もすれ違うのが大変だったし
温泉では人が溢れて
裸で湯船に入るのを待ったり
体を洗うのも裸で待つ混雑ぶり。
「正に芋の子を洗う」という表現だったのに
昨年の水害でガランとしていて
平日でもあったからか
河川でテントを張っていた家族が
ほんの少しいた程度だった。
聞けば私が泊まった、天河神社近辺のキャンプ場は
昨年の水害の影響でまだ閉鎖中らしく
民宿の奥さんも心なしか寂しそうだった。
道が混むのも温泉が混むのも嫌だけど
この長閑な村が早く元気になりますように。

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川に入ると澄んだ水が冷たくて気持ちがいい。
かなり深い所まで行ったり
意味なく二人でウロウロと川の中を歩き回った後は
温泉へ行ってのんびり過ごす。
民宿に戻って久々にいただいた夕食は
普通のご飯で普通の和食だけど
味も絶妙でやっぱり美味しい。

「夜は神社の境内で話そうか」と言っていたのに
民宿が貸切で離れにある為
どれだけ話していてもいいわけだ。
民宿の奥さんがブドウを持ってきてくれたり
戸締りなどで覗きに来て下さった時は
女二人でくつろぎ過ぎて
すごい恰好で寝ころんベラベラ話していたので
びっくりされていただろう。

深夜に神社まで瞑想に行く時
美穂さんと民宿の玄関で眺めた
夜空の星や月はとてもきれいだった。
さすがに涼しい天川は
エアコンも不要で窓も閉めて
布団も被って寝られるほど涼しい。

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 民宿 天川村坪内にある『民宿 名迫』さんの夕食
 優しいご夫婦が経営されています。 

翌朝は6時に起きて
早朝から始まる天河神社の『朝会』に参列する。
*朝会なのか、呼び方がわかりません。
スムーズに起きて用意していたつもりだったのに
昨日、民宿の外の物干しに干しておいた
ジーンズは夜露に濡れて
じっとりヒンヤリしていた。
気温がこんなに違うのに
海水浴気分で干していたことを後悔した。
しかたなく冷たいジーンズを履いて
寒さでゾクゾクしながら神社に向かう。

私達以外にも数人が参加され
厳かに朝会は行われる。
これに参列するのは久々だけど
こんな感じだったっけ?
宮司さんはとても忙しそうで
一人で太鼓をたたき演奏をし
祝詞をあげてお祓いまで
何役もされていた。
後で聞くと今日は村の行事で
神社で働く他の若い衆がいない為
「老体に鞭打って一人でがんばった」らしい(ご本人談)
月末に行ったことが功を奏し
「特別にどうぞ」とお祓いをしていただけ
いつもは上がれない
本殿の神殿の上まで上がらせていただけた。

昨日今日と特に不思議な体験もしていないし
見えないものも見ていないけど
空気の粒が見えそうなほど透き通っていて
体もすっかり浄化された気がした。
最近、左側の手や左半身が
「パワースポット」と言われるような場所にくると
しびれる程ジンジンとするようになった。
天川ではその感覚が何度も繰り返される。

一度だけ怖かったことがあるとすれば
深夜、神社の境内で瞑想中に目を開けると
「生首が見えた」と思ったが
これは美穂さんが本殿への通路の鴨居に
首を置いて覗きこんで
顔だけ白く浮き上がって見え
私が一人で「ギクッ」となったことくらいだった。

帰りに観光でもと
鍾乳洞に立ち寄って写真を撮り
「見て、きれいに撮れた!!」とはしゃいでいたのに
焦点がブレて心霊写真のような
変な光を大量に放つものを撮ってしまった。

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天川村を発つ時は
車のフロントガラスや天井が
狙ったかのように
鳥の糞まみれになっていた。
「運がつく?」と前向きに考えるにもほどがある。
笑えるくらいに糞がついていた。
今年、5月に訪れた時に
天河神社では初めておみくじで『大吉』をひいた。
ここのおみくじは凶が多いことで知られていて
その時は飛び上がって喜んだが
漢文の様な古代みくじは
漢字が読めなくて意味がさっぱりわからなかったけど
きっといいことがあると信じて
帰路についた。
何せ「芸能の神様」である。

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美穂さんと京都駅で別れて自宅に戻り
民宿でいただいたソルダムに
天川の水でジャムを作る。
これだけで元気が出そうだなと
驚くほど美味しく出来たジャムを
友達にもあげようと瓶の煮沸消毒をして
もうちょっとだけと煮混んでいると
目を離したらすぐにジャムが焦げた。

焦げたジャムは美味しくても
天川のパワーがどれだけ詰まっていても
濁って不味そうで
人にあげられるものではない。
天川から戻って10日以上経つが
大きな鍋に大量に作ったジャムは
シャーベットとして冷凍室に入り
ジャムやヨーグルとしてトーストに乗せては
飽きるくらいに毎日食べている。

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日中の京都は暑過ぎるので
ななちゃんの散歩はすっかり夜型になった。
夜道で空を見ながら
天川の空を思い出す。
「もうちょっとで満月か」
そう言いながら二人で眺めた上弦の月。
とてもきれいだったなと思い出し
天川に行ったあの二日間
しゃべりまくっていたことを思うと笑える。
一年前には出逢っていなかった
東京に住む美穂さんと
奈良の山奥の村まで出掛けて
一緒に夜空を眺める時間。
星や月から見れば
米粒にもならない大きさの私達が
離れて暮らしていたのに
何かの縁で出逢って
そして又、違う場所で
一緒に並んで夜空を眺めることの不思議さ。
天川の空気のせいか
山上で空気が澄み渡ってるせいか
遠くにある大きいわけでもない月に
手を伸ばせば届きそうな気がした。
三日月だと光は弱いし
満月だと今から欠けていくと思うと
ちょっと寂しい。
もう数日で満月という月は
私が一番好きな月の形だった。

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今度美穂さんと一緒に月を見るのは
どこでどんな時だろう。
私や彼女にとって
「月が満ちた」って思えるほど
満ち足りる時っていうのは
いったいいつ、どんなことが起こった時かな。
私と彼女の思い描く『行きたい場所』は
遠いようでとても近い。
そんなことを考えて
天川の空を思い出しながら
蒸し暑い京都の夜を
今日もななちゃんと歩いている。





















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天川のこと
もう15年から20年以上は昔になるが
まだパワースポットという言葉が無かった頃から
奈良の天川村に通った。
始めて行った時はワンボックスカーで
当時、車の免許を持っていなかったので
前夫(その当時の夫)の友達に乗せてもらって
ぐねぐねと山の中を走り続ける車で
見事に車酔いした。

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「行くと元気がでる」
「疲れが取れる」
「天川に向かう途中で空気が変わる」
「芸術の神様だ」
色々聞きながら楽しみにいったのに
何も楽しくなかった。
天川神社(天河が正しい)の本殿に向かう
石段は這うように上がり
景色や空気を味わう余裕などない。
皆が食事をしている時も
「せっかくだから」とあちこち観光している時も
一人、車で転がるように寝て
何一つ食べられなかった。

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京都に戻るとすぐに調子が戻った私に
一緒に行った人が
「エネルギーに当たった」
「感覚が鋭い」
「霊感があるから」と言ってくれたので
調子に乗ってもう一度は行ってみる事にした。
誰かの運転では不安だったので
免許を取ったらすぐの遠出は天川で
その年が明けた元旦の初詣は天川神社へ。
雪で凍る道の中、
途中でスリップしながらも
深夜に家を出て天川村に向かった。
前夫は仕事で会社員として
イラストやデザインをしながら
売れないバンドもやっていて
変な小説なんかも書いていたから
何か世に出るきっかけを掴みたくて
神頼みを気に入って何度も「行こう」と言った。
免許を持っていない前夫は
車の中で寝てばかりで
話し相手にすらならなかったけど
私自身もあの場所が何だか好きだった。

天川で民宿に泊まると関東から来ている宿泊客が
「龍をみた」
「UFOを見た」とか
不思議は話をたくさん聞いた。
私も前夫もまるでそんなものとは縁がないが
話はぶっ飛んでいればいるほど面白い。
夜中に境内で何時間でも出来る瞑想や
朝のお神酒をもらえる祝詞の時間が
とても神聖で心地良かったり
深夜に瞑想をしていると
突然、宮司さんが声を掛けて下さって
淹れてもらったお茶を飲みながら
奥の部屋から聞こえてくる
当時、捕まったばかりの作家である
“角〇さんの話”などに
聞き耳を立てたりすることも
ワクワクして楽しかった。

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あれから年月は経って
世間ではパワースポットと言う言葉が
当たり前のように出回った。
奈良の山奥の神社に行くといっても
特に不思議がられないようになった。
私の横にいる今の夫は
神社仏閣などには全く興味がない。
二人で出掛ける時は私に運転をさせないので
往復6時間以上かかっても
いくらパワースポットで
温泉も気持ち良くて空気がキレイでも
彼にとっては何一つとして楽しいことがない。
何度か天川にも連れて行ってくれたが
神社にも参拝しないし
温泉にも入らないので
私が一人であちこち行っても
時間を潰す場所が全くないのだ。
さすがに夫とは行きにくいのと
しばらくは今の仕事を頑張ろうと思ったので
ここ数年は天川に足が向かなかった。

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今年の春、久々に夫と大急ぎで行ったが
天川は転機の年に行くといいと言われているので
もう一度ゆっくり泊りで行きたいと思っていた。
天川はすっかり
パワースポットとして世に知られているようで
「天川から呼ばれないと行けない所」と
友人や知人も口にし
ネットでもそんな風に書き込まれているみたい。
今度は泊まりで
夫抜きでのんびり行きたい。
そして誰でもいいから誘えるわけではなくて
「天川に行きたい」と熱望している人とでないと
助手席に座っているだけでも疲れるほど
天川は遠くて
温泉と神社のある長閑な村は
悪く言えば何もない、退屈な場所なのだ。

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そんなことを思っていた7月の月末
こちらの予定を全く聞かずに
新幹線の切符を取り
東京からズーニーさんの講座で知り合った友達が
突然私に会いにやってくる事になった。
こんな暑い時に観光も何もあったものではない。
観光客がガイドブックを片手に
京都の町を歩いているのを見掛けると
「こんな暑い時に来たら京都が嫌いになるで」と
気の毒に思い
知らない人でも車に乗せてあげたくなるくらい
暑いのが苦手で弱い。
(冬は強いのです)
「こんな暑い時に??」と言いながらも
友達にどこに行きたいかと聞くと
出てきた場所の一つが“天川神社”だった。
京都市内の暑さと天川の気温は
10度はあると言われ、避暑にもいい。
もうこれは友達の為にも
バテバテの私の為にも行くしかない。

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そんなわけで急遽、
一泊二日の天川行きは決定した。

               ≪続く≫   

*写真は記事とは無関係です。
どれだけ暑くても寒くても、
年中押入れで過ごす“桃ちゃん”はシャンとしていて
諭吉は暑くてだらだらと仰向けに寝ているので
生きているのか心配になっては触りに行ってしまいます。



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[diary
同じ目で
ただ「かわいい」と思っただけではない。
「リアルだな」と思っただけでもない。
私の心の深い所なのか隙間に
ある日、ポンと入ってくれた人がいる。
「入ってくれた」と勝手に言っているが
私は彼女に会ったこともなければ
話したこともない。
誰かに教えられたわけでもない。
ネットサーフィンでなのか
誰かのブログからかもわからないけど
私は彫刻家、“はしもとみおさん”のブログに出逢った。

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彫刻家である“みおさん”は
子供や大人に彫刻やデッサンを教えたり
個展で作品を発表したり
そして友人のミュージシャンとのコラボで
即興での彫刻もされるらしい。
丁寧に丁寧にスケッチをされているその姿は
(写真でしか見たことがないけど)
動物と対話しているみたいに見えた。
そしてただ黙々と動物を彫っていく。
(これも写真で見ただけ)
肉体的には疲れるし
精神的にも孤独で
ストイックにならないと出来ないだろう。

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完成した動物達は
命が宿るように凛々しく、光を放っていく。
今にも歩きそうで
何か話してくれそうな動物達。
アートとしての自己満足でなく
誰からも認められる素晴らしい芸術作品を
残したいというのとはちょっと違うのかな。
一緒に暮らしていたり
もう一緒に暮らせなくなった
かけがえのない大切な家族である動物達を
誰かにとっての宝物を
作れる彫刻家になりたいと
真っ直ぐに思っている人のようだった。
2010年はUAEに1ヶ月滞在し
砂漠の動物達と一緒に過ごして
帰国してからその動物達を作られているらしい。

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ブログには彫刻や芸術についての熱い思いが
長文で記されている。
大阪でもこの春作品展があったのに
うっかりしていたら終わっていた。
現在、名古屋で開催中なので
これは絶対行かなきゃ。
調べてみれば京都~名古屋は
高速バスだと片道2000円で行けるらしい。

名古屋に向かう日は朝からソワソワして
「第一印象が大切やからね」と
服を選んでは変えていたので夫に呆れられた。
会場では多分、狂ったように写真を撮るだろう。
ブログを読んで“はまって”しまって
勝手にその人を想像し
お会いする時は緊張しながらも
軽い興奮状態になっているかも知れない。
「変な人」と思われないように
なるべく自然に変人ぽくない印象を持ってもらい
気合を入れてきたように
見えない雰囲気を作ることが
今朝の私のテーマだった。
何だかそれは忘れていた「初デート」??の
ドキドキする気持ちにも似ているような気がする。

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名古屋の会場に着くと
午前中だったこともあってすいていた。
そしてご本人のみおさんはいらっしゃらず
毎日来られるわけではないとわかった。
がっくりとしながらも
「じゃぁ、変人でもいいわけか」と思え
肩の力はすーっと抜けた。
そして実に2時間も、
仕切られていない小さなギャラリーで
その世界にどっぷりと浸った。
置いてあったブログ日記、イラストや
デッサンから写真集まで
ほとんど全部読破し
絵本「神様のないた日」を読んでは
会場の隅で一人泣いた。
これは数年前にTullys cofeeで
賞を受賞されたものらしい。
*神戸の震災で心に傷を受けた時
庭にぶらさがってくれたミノムシを
「神さまかも」と思って
過ごした日のことが
みおさんの言葉と絵で綴ってある
とっても素敵な絵本です⇒神さまのないた日
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そして子供用のWSの椅子をお借りし
高い所に飾ってあった作品の写真を撮り
靴を脱いで絨毯を歩き
動物たちの並びを変えたり角度を変え
ひたすら写真を撮った。
会場にお一人、受付をしている女性がいたが
みおさんの友達という感じではなさそうなので
「変な人がきた」と告げ口もされないだろう。
私の自由な行動を
あまり見ないようにされていた気がする。
*作品は見て触って、写真を撮ってもよく
靴を脱いで絨毯にあがるのも
作品の場所を変えても元に戻せば
いいことになっていますのでご心配なく。
(子供用の注意書きだったら恥しいけど)

会場に置いてあったご本人のメッセージには
こんなことが書いてあった。
(うろ覚えなのでブログから引用させていただいた)


虫と同じ目で
犬と同じ目で、
鳥と同じ目で、
世界をみられたら、
しあわせですごいなと思うようになって、
そんな、みんなの美術、みたいなやわらかくてゆるい、
彫刻が作れたら


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以前、ブログの中で
こんな文章も書かれていたと思う。
柔らかいものをつくるには
内部に厳しさが必要だし
ゆるいものをつくるには、
緊張感を閉じ込めたものを作らないといけない。
命を持ったものを作るには
死を意識してでなければ生きてこない。
外と中がまったく逆でないと、
うわっつらだけでは、
なにも伝わらないものしか作れない。


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ここにいる動物達から漂う空気は
きっとそこから来ているのかも知れない。
「動物達と同じ目でみてつくろうとした作品」であり、
優しいだけやかわいいだけでない
内側に秘めた強さや
イキイキとしながらも
永遠の命ではないからこその輝き。

みおさんの作品は
犬や猫などの私の好きな動物だけでなく
見ているだけで目が回りそうで
苦手で怖いと思っていたカメレオンが
楽しそうで愉快な仲間のように見え
ラクダやロバの目は
どんな人間の気持ちでも受け止めてくれるくらい
優しく見えた。

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裸足で絨毯の上を歩き
動物たちに囲まれて
夢中で写真を撮っている時にふと動物達に
「ごめん、こんなとこまで入ってきて」と
言葉が出そうになった。

数日前に友人のNちゃんが言ってたこと
そして夫がテレビに向かって
前日、一人で怒鳴っていたことを
ふと、思い出した。

Nちゃん
 大きい顔して人間が暮らしているけど
 この世界は人間だけのものでないって
 屋久島に行って
 野生の鹿や猿とばったり出逢った時に
 「ここまで入ってきてごめんなさい」って思った。


“住宅地にクマが降りてきて
 木の上で休んでいる所を発見されたので
 クマを射殺しました”という短いニュースを見て
「何もしてへんのに、殺すことないやろ」と怒鳴っていた。

小さなものから大きなものまで
この地球上に生きる全ての動物と私達が
当たり前のように共存していくことはとても難しく
なかなかいい解決策も妙案も見つけられないかも知れない。
自然が好きだ、大切だとか言いながら
山を切り開き動物の生活を乱していく私達人間。

動物や虫と同じ目でみようとしている、みおさん。
ブログの中でそんなことは一切語らないけど
この動物達に囲まれていると
新しい価値観が湧いてくるような
何かの答えが導き出せるような気がした。
丸く円陣を組む猫達や
ブレーメンの音楽隊のように
縦に重なる動物達は
とても愛おしくて
何とも言えない穏やかで平和な気持ちになる。

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何度も涙ぐみ
自由に動いて写真を撮り
完全に変人として、その会場に存在してしまった私だが
とても感動して帰路についた。

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東海在住の方なので
関東などでも作品が紹介されることがあるみたい。
私の写真ではどれだけ撮っても
その魅力を伝えきれないので
どこかで名前を見かけられたらぜひ!!

今回、お邪魔したのは
名古屋の河合塾
アートスペースNAFにて開催中(~8/5まで)
住所:名古屋市千種今池2-1-10
ケモノタチのなつやすみ
はしもとみお 彫刻展
です。

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又きっとどこかで
あの優しい目をした動物達に会えたらいいな。
(砂漠の動物達は来年UAEに行くらしい)
そしてみおさんと会った時は
落ち着いて話し、写真もスマートに撮り
変人だと思われないようにしようと
そこは変わらずに思うのだった。

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はしもとみおさんのブログはこちらから⇒はしもとみおのナマケモノ日記
HPも楽しいのでぜひ⇒

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[diary
星を見上げる~都会の星展~
自分のことがあまり好きでなくても
誰かを信じられたり
何かを信じられたら
それで幸せだったりする。

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去年の秋に大好きな西洋占星術の
石井ゆかりさんにお会いした。
その時、占っていただいた私のホロスコープは
宝物であり
今でも引き出してきては
しまうの繰り返し。
この7月に銀座で開かれる写真展。都会の星の写真一枚一枚に
石井ゆかりさんが言葉を添えられることを知り
そして在廊される日程もブログでわかっていた

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本を持って行ったらその場所で買わなくても
サインももらえる。
以前ももらったけど
やっぱりサインが欲しいし
次に会える機会もいつかわからない。
それでも又、東京に行くのは贅沢な気がして
夫に何となく止めてもらいたくて言ってみたが
「どうせ自分の金やろ、
 夜ちゃんと帰ってくるんやったら行けや」
あまりにあっさり言われたその言葉に
反対に後ろめたくて足止めされて
ゆかりさんが在廊する最後の日の朝は
早朝から起きていたのに
お昼の12時にはまだ、
京都駅前の伊勢丹で
無意味にウロウロしてしまった。
結局、お昼を過ぎてから新幹線に乗ったけど
快く行けと言ってくれた夫のことを思うと
夕食の時間の前には帰りたい。
滞在時間は2時間ほどになるな。

銀座の駅の真上で
その写真展はやっていた。
ゆかりさんがサインしてくれる
ブースはちょっと混んでいたので
先に写真を観て回る。
東京と大阪の高層ビルや
誰もが知っているような有名な場所での
夜空の星が無数に映っていたその写真は
とてもきれいで
やっぱり、来て良かったと思えた。
*星の軌跡を撮る、比較明合成という手法らしい。

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一枚一枚の写真に添えられた
溢れるような“ゆかり節”の言葉が
写真を更に素敵に魅せる。

曇り空でも真っ暗な雨雲でも
私達が見えないだけで
星はいつもそこにあって
変わらずに見守り、照らしてくれているという
ゆかりさんのメッセージを
私はいつも信じていたけど
「実際に見えないだけ」で
こんなに星はあるんだ。
その事実をはっきりと見た。

写真を見終わって
石井ゆかりさんのサインの列に並んだ。
圧倒的に女性ばかりだったが
男性も数人並んでいた。
皆さんとてもマナーがいい方ばかりで
静かに待たれて
後ろにいる人に気を使いながら
サインをするゆかりさんと話されていた。

私の番が来たので
以前もお会いしたとはいえ、とても緊張した。
サインの為に名前をと聞かれたので
そこにフルネームを書く。
「あれ、私、とてもお世話になってますよね??」
と言って下さったので
「いいえ、お世話は何もしていませんが
 私が勝手に手紙を書いています。
 アマゾンのレビユーの乙女座も。
 ハンドルネームが諭吉セブンです」と
私が話している途中で
ゆかりさんの中で繋がったらしく
そこで笑顔で「あーっ」と笑顔が見えた。

去年の秋にホロスコープを観てもらい
今年の乙女座の運勢の勢いもあって
嬉しいことが続いていること。
いつもゆかりさんの言葉に
勇気や光をもらって
感謝していることをなどを伝えた。
しかし緊張していたので
握手をしてすぐに帰りかけてしまい
ゆかりさんに
「ちょっと、ちょっと」と呼び止められ
振り返るとサインしてもらった本が
そのまま積んで忘れてあった。
ゆかりさんも、
緊張の面持ちで列を作って待っていた人からも
笑いが起こって、あぁ恥しい。

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予定通り家に帰って
夫にこの話をしたら
「わざとやろ、確信犯か?」と言われた。
そうか、印象に残るからいいか。

本は二冊持っていったので
これで以前もらったものと合わせて
合計三冊がサイン入りになった。
もう、人に貸せない。
石井ゆかりスケジュール帳も持っていたけど
先日、田口ランディさんのサインが入っていたので
これはさすがに出せなかった。

ここ数日は嬉しいことが続いた。
ずーっと対人関係で悩んできたMちゃんが
私のブログを読んでパワーをもらい
保存したいくらいだと
嬉しいメールをいただいた。

一緒に遊びに行く予定のYちゃんが
前日と前々日寝込んでいた。
無理はしてほしくないし
そこは私の良く行く好きな場所ばかりなので
次の機会は多分すぐにやってくるだろう。
諦めかけた前夜に
「こんな時だけどどうしても行きたい」
とメールをもらった。
そんなに行きたいのならきっと
何かいいことがあるのだろう。
翌日は少し心配はしたものの
予定通り楽しく一日が終わった。
翌日、元気で働いている彼女の笑顔を見て
まるで背負っていた重い荷物を降ろしたように見えて
とても嬉しかった。

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私も友達もきっと
何かを信じたり
誰かを信じることが出来る。
そして見えない何かも
いつも感じている。
今晩は月がぼんやり見えるだけだけど
星は私達の上で
昼でも夜でも大雨でも
きっと誰の頭上でも
いつも照らしてくれている。
今度、ゆかりさんに会えるのはいつだろう。
その時、私は何を信じて
何を話すのだろう。

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[diary
光をみる~ランディさんのこと~
大人になってから身についてしまったことの一つに
「取り繕う」ことや「ごまかす」ことがある。
「知らない」のに知っている振りをしたり
やっていないのにやっていたように振る舞ったり
特に仕事では、そんなことが何度もあった。

先週末の夜に奈良市内まで
田口ランディさんの講演会(お話し会)に行った。
6月末に出逢った人が
私が去年、福島の子供たちのキャンプに
ボランティアとして参加したことを知って
ぜひに、と誘って下さった。
去年から今年と
いろんなワークショップに参加している。
“安全な食とは何か”
“マクロビ”
“安全な場所とは”がテーマではないはずなのに
その先々で話される講師役の人は
悪気もないけど専門分野でもないこと
そして何の責任もないけど
はっきりといろんなことを『だめ』と断言される。
「この食品は絶対にダメ」
「東の野菜は~」
「福島には近づかないで」とか。
そして今聞いたばかりの話を
必死でメモするそこに集まった人達。
その拒否の仕方や断言っぷりは
差別や風評被害を呼ぶ言葉でもあるし
とても嫌な気持ちになる。
もちらんそこに私は自分の意志で行っていて
誰かに連れて行かれたわけでもない。
それでも言いようのない
胸が締め付けるような気持ちになる。

田口ランディさんはどんな話をするのだろう。
少なくとも福島の子供たちのキャンプを応援し
今回のテーマもそれだし
主催されている側の人だから
変な心配はしなくてもいいだろう。
そんな気持ちで会場に向かった。

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奈良のゲストハウスの様な
小さなホテルの一角で
その会は行われた。
ランディさんは質疑応答も含めて
パワフルに2時間半話し続けた。
いくらでも話して下さりそうな饒舌ぶりだけど
どれだけ膨らんでも広がっても
ちゃんと話は戻ってくる。
「今、闘っている場合ではなくて
 困っている人を助けよう。
 今、福島でがんばっている子供達が
 明日の日本を支えてくれる」と言うのが
根底にあるらしい。
話は福島のことから始まり、
チェルノブイリのこと
そして水俣病や原爆の話にも触れ
最近始めたばかり『野菜作り』にも及んだ。

何より素敵だな、と思ったのは
知らないことを知ったかぶりしたり
「私が正しいです」とおっしゃらないことだった。
70前後くらいの男性が来られていて
(農家さんで、福島の子供たちのキャンプに
協力して下さったこともあるらしい)
ランディさんが最近楽しんでやっている
あの有名な“奇跡のリンゴの木村さん”に教わる
農業の話に対して
「最初にやったのは木村さんではない、他の人だ」
「トマトは今聞いた話より、
 違うやり方のほうが美味しく出来る」と言われた。
ランディさんに対する挑戦でも批判でもないけど
その場は一瞬、固まる。
しかしランディさんは落ち着いて
「どこの何ていう方か教えて下さい」と
メモをしてお礼を言ったり
「トマト、そのやり方でもいいんですね、
 私はまだやり始めたばかりだけど
 とっても楽しくて人に伝えたくて仕方がない。
 いろいろ教えて下さいね」と
その答え方がとても自然だった。
作家さんで有名な人だし、プライドもあるだろうに
知ったか振りもせず
知らないことは教えてと言える。
その農業をされている男性の顔も潰れず
その場にはとてもいい空気が流れた。
ランディさんは茶目っ気たっぷりに会話されたが
そこには年上であり、農家の人を敬いながらも
気さくな人柄がはっきり見えた。

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福島の子供達のキャンプについても
ご自身が見てきた福島の現状や
感じていること、
チェルノブイリの話は沢山されたが
子供たちのキャンプは
全面的に応援、支援しているけれど
参加はされていないらしい。
「名前がちょっとは知れて人も呼べるし
 話をするのも得意だから、私の役割はスポークスマン」
ときっぱり言い切る。
苦手なことや無理をして出来ることでなく
得意なことや出来ることで支援を続ける。
それこそがきっと長く続けられる
本当の意味での『支援』に繋がるのだと
ランディさんから教わった気がした。

そしてもう一ついいなと思ったのは
「この人の悲しみが深くて、必死に話を聞いても
 どうがんばっても自分には理解してあげられない」
そう思ったランディさんが
面識のない本の著者に
この人ならきっと話が出来ると信じて
自ら手紙を書いた。
そして九州の水俣に住む人を
福島まで呼んで
お二人を引き合わせたという話。
誰かの気持ちに寄り添いたくて
何とか理解しようとがんばるけど
相手の心があまりに悲しみに暮れ
自分には到底無理な時はある。
そんな時は自分が信頼できる(できそうな)人に
全身全霊で頼む方法も“あり”なんだと思えた。

お話が終わってから
少しランディさんと会話が出来た。
「今日の話にとても感動しました」と伝えた後
「ランディさんの本、これから読ませていただきます」
と正直に言って
石井ゆかりさんのスケジュール帳に
サインをいただいた。
*これしかなかったとは言え、
ゆかりさん、ランディさん
双方に失礼でごめんなさい。
(ご本人は気付かれていませんが)
するとランディさんは
「私の本、何冊かとってもエッチなのがあるので
 それに当たったら外れ!!って思ってね」
そう言って
笑顔で照れ臭そうに話して下さるその姿は
とても素敵で
この人が大好きだと思えた。

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帰りは深夜に一人で車を飛ばしたが
気功をした後のように
体がとても軽い。
知らないことは知らないんだし
やっていないことはやっていない。
良く知らないからと
語るのもおこがましいと思っていたことも
自分の目線で自分の言葉で語って
浅いので書けないと思っていたことも
まずは書いたり、興味を持つことから始めたら
少しずつ変わっていく世界があると
そう信じられた。

この場に誘って下さった方が
「ランディさん、とても素敵な人なので
 きっと光が見えると思うよ」
そう言って下さった言葉の意味が
解った気がした。

*記事と写真は無関係です。
体が床の冷たさや扇風機で冷えすぎると
ランプで暖をとり
その後、又だらだらとしている諭吉でした。

Posted by 諭吉セブン
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